ダルトギア山脈最高峰にそびえ立つ、おそらく世界最大であろう大木、スバランの木・・・

いつもは濃い雲がかかって見えぬが、この木のおかげでガルデスは高地であるにも関わらず空気の薄さが酷くならない。

それはスバランの木自身が大量の酸素を吐き、また生きている証として暖かい熱を放出しているからだ、だが国民は存在を知らぬ。

 

「さあ木の上を目指すぞ、角度がつくのでしっかりつかまっているのだぞ」

「はいぃ、荷物が落ちないかちょっと心配ぃ」

「わかった、白竜も重いだろうから、幹を旋回しながら行こう」

 

いつ来ても見事な大木だ、まわりを1周しても全てが絶壁・・・

国民に知られたら登ろうとする者も現れるかも知れぬが、これは無理だな、

この木の秘密を知られぬためにも、このあたりは聖地として立ち入り禁止にしていた、

だが新しい国王がそれを解禁し、存在を知られたとしてもだ、白竜でなければ来られぬ場所だ、

マリーが変な気を起さぬ限り、もし木の根元から足場を組んだとしても100年たっても半分までは行けぬだろう。

 

「お姉さまぁ、春みたいに暖かぁい」

「ああ、空気も心が安らぐようだな」

「きっとお兄ちゃんもここへ来たら気持ちが暖かくなるとおもうのぉ」

 

そうだな、ここなら体だけではなく心の治療も早まるであろう、

スバランの木が出す酸素は、そういった不思議なものをもっている、

心が穏やかに、素直になり、何でも受け入れたくなるような、そんな気持ちになってしまう。

 

「・・・雲が濃くなる、ここから先は要注意だ」

 

視界が真っ白になる中を、

白竜はぐんぐんぐんぐん飛び続け・・・・そして・・・・・

 

「わぁお姉さまぁ、みてぇ」

「・・・雲を抜けたか、綺麗な夕日だ」

「スバランの木も枝がいっぱぁい」

 

雲の上から降り注ぐ日光をめいっぱい受け取ろうと、

このあたりからは枝が無尽蔵に広がっている、葉も厚く大きい。

しかも幹から吸い上げた水分が血液のように廻っているため、青々と元気な色を保っている。

 

「白竜よ、重いならば枝で休んでも良いぞ?」

「・・・・・」

「そうか平気か、では上へと急ごうぞ」

 

白竜のスピードが上がり、旋回も強い角度で行うため、

強い向かい風のような重圧がかかり手綱を緩めると飛ばされそうになる、

気を抜くと目を回りそうなため、もうまわりの景色を見る余裕が無い・・・

 

「ミルよ、もうすぐだ・・・もう少しの我慢だ」

「他の白竜の声も聞こえてきたぁ」

「そうか、ならば本当にもうすぐだな」

 

ぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐん上昇し、そして・・・・・

 

「グエーーーッ!!」

 

白竜が大きく鳴き、飛ぶ角度がふいに緩やかになる!

強い風圧もなくなり、まわりを見るとここは・・・幹の頂上だ。

 

「ついたか」

 

スバランの木、その上に隠されたダルトギア王家、秘密の隠れ家・・・

ガルデスシティの中心部をそのまま移転できる程の広大な土地があり、

その中心には3階建ての家がひとつ建てられている、王家の別荘だ。

 

「降りるぞ」

 

正門前の地面、といっても全て木の皮だが、そこへ着地する。

飛竜は早く荷物を降ろしてくれと言わんばかりに翼もろとも伏し、

私とミルはそれに応えるように慌てて荷物を下へ降ろす、服や本の入った箱は多少投げても良いだろう。

 

「おっとミルは投げるでない、距離が足りず白竜の翼に落ちたら怒られるぞ」

「はぁい・・・はやくしないと日が沈んじゃうぅ」

「運び入れるのは沈んでからでも構わぬ、とにかく降ろすのだ」

 

こうして夕日が完全に沈んだあたりでようやく積荷は全て玄関の前に転がった、

それを感じてか白竜は何も言わずに舞い上がり、上へと伸びる枝の先へ・・・そこで待っていたのは・・・

 

「グエッ!グエッ!!」

 

白竜の妻と子たちだ、

我が家に帰れて幸せそうだな、

私もあのように、早く幸せな家庭を築きたいものだ、あのお方と。

 

「んしょ・・・おねえさまぁ、明るくしましたぁ」

 

魔法で玄関のたいまつに明かりを灯したミル、

まだ薄暗いうちに屋敷の中もランプなどを灯していかなくてはなるまい。

 

「白竜よ、明日の朝、頼むぞ」

 

さあ、別荘へと運び込もう。

 

・・・

・・・

・・・

 

「・・・よし、これでようやく全部か」

「はいぃ、思ってたよりも物が揃ってて良かったぁ」

「まあ、大戦が終わるまでここはマリーが1人で住んでおったからな、皇家の血筋を残すために」

 

とはいえ半年以上も空き家だったのだ、掃除は必要だな。

 

「明日はあのお方をお連れする、失礼のないよう、屋上以外の掃除をしよう」

「お姉さまぁ、お腹空いてませんかぁ?今から作りましょうかぁ」

「掃除が終わったら頼む、食料なら外にいっぱい落ちているゆえ、たいまつを持って拾いに行こう」

 

ここは幹の頂上といえど、そのまわりから無数の枝が伸びている、

その上に白竜たちは住み、その先から種類豊富なスバランの実が落ちてくる、

種類も味も多種多様、油の多い肉のようなのもあれば、薬になるものも・・・毒に近い媚薬さえもある。

 

「では私はリビングと寝室からはじめよう、ミルは・・・」

「私はお風呂場と台所を綺麗にしてからぁ、両方の準備をしますぅ」

「それ以外の場所はあのお方が来てからで良いだろう、では早速はじめるぞ」

 

・・・幸いにもマリーがかなり綺麗に使っていたおかげで、

埃を払う程度で済みそうだ、もちろんマリーがまったく使っていない部屋もあり、

そこは1日ではとても終わらぬが、今はそこまでする必要は無い・・・よし、リビングは終了だ。

 

「マリーはいつどこで洗脳されたのであろうか・・・スロトはここまでは来れはしないだろう」

 

兄が生きているうちに、マリーがここに隠れていた事を知り口説き落としたのかも知れぬな、

いかに心理的駆け引きに長けているマリーといえど、ここはスバランの木が出す特殊な空気により、

素直に何でもいう事を聞いてしまうようになる節がある、そこでうまく懐柔されてしまったのだろうか?

 

「兄者は5人の婚約者がいたうえにラーナンにまで手を出しておったからな・・・」

 

ひょっとしたらマリーを懐柔ではなく籠絡したのかも知れぬ、

まあ兄者の床技がどんなものか知る術も、知る興味も無いが・・・

逆にマリーが洗脳されずに兄者をその性豪で犯してくれていれば今頃はまた違った歴史に・・・

いや、妄想はやめておこう、悶々とするだけだ。

 

「次は寝室か、確か3階であったな」

 

まずは2階へ・・・この階段はそれほど汚れてはおらぬ、

たいまつも灯っている、ミルがつけてくれたのであろう、

3階へは・・・暗いな、階段が埃だらけで灯かりもついておらず暗い。

 

「この先は、マリーも使っていなかったのではないか?」

 

そうなると寝室は2階を使っていたのかも知れぬ、

確かに生活感がまだ残っているようだ、どれどれ・・・

あった、この部屋だ、玄関の上に位置しているな、ベットが1つ窓際に置いてある。

 

「ここがマリーの寝室だったのであろう、掃除もあまり必要無いな、そのまま使うか・・・」

 

しかし少し小さいベッドだな、

ミルに使ってもらうのが良い、

ならば私は・・・3階か、まあ見てこよう。

 

「・・・上はまるで廃墟だな」

 

おそらくマリーが来る前の状態、

今は亡き父上や母上が、そして兄や私やミルが幼き頃に使っていたままであろう、

かなり暗い、2階の階段から持ってきた、たいまつを手にさらに進む・・・凄く懐かしい。

 

「確かこの部屋・・・やはりそうか」

 

ベッドが2つ並んでいる、

もう2度と帰ってくる事の無い父上と母上の・・・

かなり荒れた状態だ、ここで寝るのは今は無理であろう。

 

「ミルに手伝ってもらって、2階へ運ぶか」

 

ベット自体はまだ頑丈なようだ、

確か他の部屋にもベッドがあと2・3あったはず、

その中で良いものを・・・あのお方も寝るのだ、いっそ、同じベッドで・・・・・

 

「・・・そうだ、全て繋げてしまおう」

 

名案を浮かべた私はミルを探し1階へ降りた。

 

・・・・・・・・・・・

 

「風呂場か・・・ミルよ、どうだ?」

「最初から綺麗だったぁ、いまお湯流したのぉ」

「どれ・・・ふむ、丁度良い温度だな、これを造った技師は天才だ」

 

スバランの木は人の血液のように水が流れているが、

根元から吸い上げられた水が途中、木の中心部分、これも人に例えれば心臓と呼べる、

核のようなものがあり、そこは焼けるような熱さになっているらしい、そこを通るとお湯になる。

その熱い湯になった部分からバイパスを通し、この別荘の風呂場に流れ込む時には丁度の適温となっている、

言わば天然のボイラーだ、かなり昔にできた物なので壊れて湯が出なくなれば、よほどの技師を連れてこないと修理は無理であろう。

 

「よし、風呂に入る前に手伝って欲しい事がある、ついてきてくれ」

「はぁい、そのかわりお食事作るのも手伝ってくださいねぇ」

「ああもちろんだ、ここには今は私とミルだけだからな、何でも2人でせねばならぬ」

 

再び3階へあがる、

父と母の寝室、ミルは懐かしそうに壁を探る。

たいまつを近づけすぎて燃やしてしまわないか心配になる程に・・・

 

「あったぁ、この落書き、私のぉ」

「どれ・・・5人並んでいる家族だな」 

「お父様とお母様とお兄様とお姉さまと、私ぃ」

 

この頃はまだ幸せであった、

ここで過ごす時は家族以外はいても必要最低限だ、

よって城のことなどすっかり忘れた、ごく普通の静かな一家でいられた。

 

「父上があの時、降参をしてくれれば・・・一生涯の拘束という名目で、ここで暮らせたのに」

「でももう、ここが私とお姉さまの、たったひとつのお家ですからぁ」

「そうだな、あとは夫となるあのお方を連れてきて、また新たな家族を作れば良い」

 

だが、あのお方が別の場所で暮らしたいと言うならば、付いて行くしかないな、

その時はここはもう、単なる思い出だけに残る地に・・・さあ、ミルには大変だが、ベットを運ぶのに手伝ってもらおう。

 

「ではこちらのベッドから・・・端を持てるな?」

「はいぃ・・・んしょ・・・どこへ持って行くのぉ?」

「2階の、玄関の上に位置する部屋だ、マリーが使っていたベッドがすでにある」

 

・・・思っていたよりもミルは平気そうだ、

確かにいかに魔法専門といえど、大きい魔法はそれだけ体力、精神力、瞬発力がいる、

何よりあの大戦を最後までついてきたのだ、その移動距離は大変なものであったからな。

 

「階段だ、気をつけるのだぞ、私が下になる」

「このベッド、お母様のだぁ」

「なに?そこまで覚えておるのか?ミルはやはり賢いな」

 

休み休み行こうと思ったが一気に運べそうだ、

3階への階段にもたいまつのあかりを灯して良かった。

足元に気をつけながら2階の寝室へ・・・これで良し、とりあえず詰めよう。

 

「次は父上のベッドだ」

「その後はお兄様の部屋ぁ」

「そうであったか?兄者のベッドは確か・・・あの隣であったな」

 

さらに私たちの部屋、

あと使用人のベッドが1台か2台・・・

どれも壊れてなければ良いが・・・さっさと終わらせよう。

 

・・・・・

・・・・・

・・・・・

 

「これで終わりだ、ミル、ご苦労であった」

「すごぉい、部屋が全部、ベッドで埋まっちゃったぁ」

「あとは新しいシーツをかぶせるだけだ、マリーのベッドにしかまだないが・・・」

「明日、古いのをお洗濯してかぶせますぅ、あとしまってある綺麗なのも出してぇ」

「汗をかいたな、一緒に風呂にし、出たら食事を作ろう!今の時刻は・・・懐中時計はまだ荷物の中か」

 

部屋の時計も止まっておるゆえ、

まだまだ住むにはしなくてはならない事がいっぱいだな。

しかし自分のペースでやれば良い、多忙を極めた城内とは大違いだ。

 

「・・・・・あのお方に逃げられたとしても、ここでゆっくり老いるのも良いな」

「お姉さまぁ、お背中流しますぅ」

「私も久しぶりにミルを洗ってやるぞ」

 

こうして姉妹らしくするのも、懐かしくて良いな。

 

・・・・・・

 

風呂も食事も終わった、

今夜は時間も無く外もすでに真っ暗なため、

たいまつを持って庭に落ちている木の実だけで済ました、

明日からは魚や卵も取ってこなくてはならないが、

久しぶりのスバランの木フルコースは、それだけで最高のご馳走だ。

 

「美味であった・・・さあ共に後片付けだ」

「お姉さまぁ、前に来たときのこと覚えてますかぁ」

「いや、5・6年程前であったか?大戦までは毎年来ておったな」

「使用人としてララさんやリリさんも来てぇ、みんなで小川で、裸で泳いでぇ」

「そうだ思い出したぞ、母上と私とミルと、ララとリリ、女ばかり5人で来たのであったな」

 

確かそうやって父上が私たちを城から一時追い出し、

いないのを良い事に悪の将・ザムドラー率いるスルギス王国と同盟を組んだのであった。

地上に帰ってしばらくして母上は父上と大喧嘩し、その数ヵ月後に母上は・・・思い出すと目頭が熱くなる。

 

「またあそこで泳ぎたぁい」

「そうだな、ここには水着などというものは無いゆえ」

「レンちゃんも連れて来たかったなぁ」

 

・・・そういえば4姉妹はちゃんとあのお方を捕まえておるのだろうか?

あのお方が途中で思い直して城に戻っていたら、私はとんだ間抜けになってしまうな、

それならそれで良い、笑って許そう、だがそうはなっていまい、おそらく宿で4姉妹に迫られている頃合だ。

 

「明日の朝・・・必ずあのお方をここへ連れてくる」

「待ってるぅ、お姉さまを信じて準備して待ってますぅ」

「一応、名目上は4姉妹からあのお方をお救いしてここへかくまう、という事にする」

 

ならばここへは、引き止める事ができても1週間だろう。

いや、連れて来さえすれば白竜でなければここからは出られぬ、

うまくごまかしきれば1ヶ月は軟禁できるであろう、その期間こそが本当のラストチャンスだ。

 

「ミルよ、人の心は1週間や1ヶ月で、そう変えられるものか?」

「んー、お父様やお兄様はー、変えられませんでしたー」

「そうだな、愛し合っていたはずの母上が必死に説得したにもかかわらず、殺されてしまった」

「でもー、人の心は一瞬で恋に落ちたりもできますー」

「ララがそのような事を言っておったな、あのお方を恋した理由のひとつに・・・」

 

ケースバイケースとまでは言わぬが、

とにかく全力を尽くさぬ事には成功・失敗の分岐点にも到達できぬであろう、

すでに地上での失敗である程度は学んだ、ただ看病をして自己満足に、悦に浸るのではなく、

全ての行動、全ての愛情に、重要な意味を持たせる事だ、唇を重ねれば良い、舌を這わせれば良い、

精を出させれば気持ちよいはずだからそれで良い、その誤認の繰り返しがこういう結末、いやまだ終わってはおらぬ、

あのお方に捨てられた、逃げられた事となったのだ、後悔はしなければならぬ、そのうえで、やり直させていただくのだ、

今度は指先を舐める事から無理矢理に犯してしまう事まで、細かなこと1つ1つにも意味を確認し、情を込めていこう。

 

「ミルよ、あのお方の不安・疑念を全て取り除こう、できれば一週間でだ」

「はいぃ、そのためにも日記持ってきたのぉ、今度はもっときちんと読んであげたいのぉ」

「そうか、ミルも日記の読み方、聞かせ方を改めるのだな、あのお方の心に響くように」

 

おそらく私と同じような反省をしたのであろう、

ならば、もう大丈夫だ、あとはあのお方をここへさらい、

恋の短期決戦、最終戦に挑むのだ、持つのは剣ではなく、愛で!!!

 

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