ダルトギア山脈最高峰にそびえ立つ、おそらく世界最大であろう大木、スバランの木・・・
いつもは濃い雲がかかって見えぬが、この木のおかげでガルデスは高地であるにも関わらず空気の薄さが酷くならない。
それはスバランの木自身が大量の酸素を吐き、また生きている証として暖かい熱を放出しているからだ、だが国民は存在を知らぬ。
「さあ木の上を目指すぞ、角度がつくのでしっかりつかまっているのだぞ」
国民に知られたら登ろうとする者も現れるかも知れぬが、これは無理だな、
この木の秘密を知られぬためにも、このあたりは聖地として立ち入り禁止にしていた、
だが新しい国王がそれを解禁し、存在を知られたとしてもだ、白竜でなければ来られぬ場所だ、
マリーが変な気を起さぬ限り、もし木の根元から足場を組んだとしても100年たっても半分までは行けぬだろう。
「きっとお兄ちゃんもここへ来たら気持ちが暖かくなるとおもうのぉ」
スバランの木が出す酸素は、そういった不思議なものをもっている、
心が穏やかに、素直になり、何でも受け入れたくなるような、そんな気持ちになってしまう。
しかも幹から吸い上げた水分が血液のように廻っているため、青々と元気な色を保っている。
強い向かい風のような重圧がかかり手綱を緩めると飛ばされそうになる、
気を抜くと目を回りそうなため、もうまわりの景色を見る余裕が無い・・・
スバランの木、その上に隠されたダルトギア王家、秘密の隠れ家・・・
ガルデスシティの中心部をそのまま移転できる程の広大な土地があり、
その中心には3階建ての家がひとつ建てられている、王家の別荘だ。
飛竜は早く荷物を降ろしてくれと言わんばかりに翼もろとも伏し、
私とミルはそれに応えるように慌てて荷物を下へ降ろす、服や本の入った箱は多少投げても良いだろう。
「おっとミルは投げるでない、距離が足りず白竜の翼に落ちたら怒られるぞ」
こうして夕日が完全に沈んだあたりでようやく積荷は全て玄関の前に転がった、
それを感じてか白竜は何も言わずに舞い上がり、上へと伸びる枝の先へ・・・そこで待っていたのは・・・
私もあのように、早く幸せな家庭を築きたいものだ、あのお方と。
まだ薄暗いうちに屋敷の中もランプなどを灯していかなくてはなるまい。
「まあ、大戦が終わるまでここはマリーが1人で住んでおったからな、皇家の血筋を残すために」
「明日はあのお方をお連れする、失礼のないよう、屋上以外の掃除をしよう」
「お姉さまぁ、お腹空いてませんかぁ?今から作りましょうかぁ」
「掃除が終わったら頼む、食料なら外にいっぱい落ちているゆえ、たいまつを持って拾いに行こう」
ここは幹の頂上といえど、そのまわりから無数の枝が伸びている、
その上に白竜たちは住み、その先から種類豊富なスバランの実が落ちてくる、
種類も味も多種多様、油の多い肉のようなのもあれば、薬になるものも・・・毒に近い媚薬さえもある。
「私はお風呂場と台所を綺麗にしてからぁ、両方の準備をしますぅ」
「それ以外の場所はあのお方が来てからで良いだろう、では早速はじめるぞ」
埃を払う程度で済みそうだ、もちろんマリーがまったく使っていない部屋もあり、
そこは1日ではとても終わらぬが、今はそこまでする必要は無い・・・よし、リビングは終了だ。
「マリーはいつどこで洗脳されたのであろうか・・・スロトはここまでは来れはしないだろう」
兄が生きているうちに、マリーがここに隠れていた事を知り口説き落としたのかも知れぬな、
いかに心理的駆け引きに長けているマリーといえど、ここはスバランの木が出す特殊な空気により、
素直に何でもいう事を聞いてしまうようになる節がある、そこでうまく懐柔されてしまったのだろうか?
「兄者は5人の婚約者がいたうえにラーナンにまで手を出しておったからな・・・」
まあ兄者の床技がどんなものか知る術も、知る興味も無いが・・・
逆にマリーが洗脳されずに兄者をその性豪で犯してくれていれば今頃はまた違った歴史に・・・
3階へは・・・暗いな、階段が埃だらけで灯かりもついておらず暗い。
あった、この部屋だ、玄関の上に位置しているな、ベットが1つ窓際に置いてある。
「ここがマリーの寝室だったのであろう、掃除もあまり必要無いな、そのまま使うか・・・」
今は亡き父上や母上が、そして兄や私やミルが幼き頃に使っていたままであろう、
かなり暗い、2階の階段から持ってきた、たいまつを手にさらに進む・・・凄く懐かしい。
その中で良いものを・・・あのお方も寝るのだ、いっそ、同じベッドで・・・・・
「どれ・・・ふむ、丁度良い温度だな、これを造った技師は天才だ」
根元から吸い上げられた水が途中、木の中心部分、これも人に例えれば心臓と呼べる、
核のようなものがあり、そこは焼けるような熱さになっているらしい、そこを通るとお湯になる。
その熱い湯になった部分からバイパスを通し、この別荘の風呂場に流れ込む時には丁度の適温となっている、
言わば天然のボイラーだ、かなり昔にできた物なので壊れて湯が出なくなれば、よほどの技師を連れてこないと修理は無理であろう。
「よし、風呂に入る前に手伝って欲しい事がある、ついてきてくれ」
「ああもちろんだ、ここには今は私とミルだけだからな、何でも2人でせねばならぬ」
たいまつを近づけすぎて燃やしてしまわないか心配になる程に・・・
よって城のことなどすっかり忘れた、ごく普通の静かな一家でいられた。
「父上があの時、降参をしてくれれば・・・一生涯の拘束という名目で、ここで暮らせたのに」
「でももう、ここが私とお姉さまの、たったひとつのお家ですからぁ」
「そうだな、あとは夫となるあのお方を連れてきて、また新たな家族を作れば良い」
だが、あのお方が別の場所で暮らしたいと言うならば、付いて行くしかないな、
その時はここはもう、単なる思い出だけに残る地に・・・さあ、ミルには大変だが、ベットを運ぶのに手伝ってもらおう。
「2階の、玄関の上に位置する部屋だ、マリーが使っていたベッドがすでにある」
確かにいかに魔法専門といえど、大きい魔法はそれだけ体力、精神力、瞬発力がいる、
何よりあの大戦を最後までついてきたのだ、その移動距離は大変なものであったからな。
足元に気をつけながら2階の寝室へ・・・これで良し、とりあえず詰めよう。
「そうであったか?兄者のベッドは確か・・・あの隣であったな」
「あとは新しいシーツをかぶせるだけだ、マリーのベッドにしかまだないが・・・」
「明日、古いのをお洗濯してかぶせますぅ、あとしまってある綺麗なのも出してぇ」
「汗をかいたな、一緒に風呂にし、出たら食事を作ろう!今の時刻は・・・懐中時計はまだ荷物の中か」
しかし自分のペースでやれば良い、多忙を極めた城内とは大違いだ。
「・・・・・あのお方に逃げられたとしても、ここでゆっくり老いるのも良いな」
久しぶりのスバランの木フルコースは、それだけで最高のご馳走だ。
「いや、5・6年程前であったか?大戦までは毎年来ておったな」
「使用人としてララさんやリリさんも来てぇ、みんなで小川で、裸で泳いでぇ」
「そうだ思い出したぞ、母上と私とミルと、ララとリリ、女ばかり5人で来たのであったな」
いないのを良い事に悪の将・ザムドラー率いるスルギス王国と同盟を組んだのであった。
地上に帰ってしばらくして母上は父上と大喧嘩し、その数ヵ月後に母上は・・・思い出すと目頭が熱くなる。
・・・そういえば4姉妹はちゃんとあのお方を捕まえておるのだろうか?
あのお方が途中で思い直して城に戻っていたら、私はとんだ間抜けになってしまうな、
それならそれで良い、笑って許そう、だがそうはなっていまい、おそらく宿で4姉妹に迫られている頃合だ。
「一応、名目上は4姉妹からあのお方をお救いしてここへかくまう、という事にする」
うまくごまかしきれば1ヶ月は軟禁できるであろう、その期間こそが本当のラストチャンスだ。
「ミルよ、人の心は1週間や1ヶ月で、そう変えられるものか?」
「そうだな、愛し合っていたはずの母上が必死に説得したにもかかわらず、殺されてしまった」
「ララがそのような事を言っておったな、あのお方を恋した理由のひとつに・・・」
とにかく全力を尽くさぬ事には成功・失敗の分岐点にも到達できぬであろう、
すでに地上での失敗である程度は学んだ、ただ看病をして自己満足に、悦に浸るのではなく、
全ての行動、全ての愛情に、重要な意味を持たせる事だ、唇を重ねれば良い、舌を這わせれば良い、
精を出させれば気持ちよいはずだからそれで良い、その誤認の繰り返しがこういう結末、いやまだ終わってはおらぬ、
あのお方に捨てられた、逃げられた事となったのだ、後悔はしなければならぬ、そのうえで、やり直させていただくのだ、
今度は指先を舐める事から無理矢理に犯してしまう事まで、細かなこと1つ1つにも意味を確認し、情を込めていこう。
「ミルよ、あのお方の不安・疑念を全て取り除こう、できれば一週間でだ」
「はいぃ、そのためにも日記持ってきたのぉ、今度はもっときちんと読んであげたいのぉ」
「そうか、ミルも日記の読み方、聞かせ方を改めるのだな、あのお方の心に響くように」
恋の短期決戦、最終戦に挑むのだ、持つのは剣ではなく、愛で!!!