「ハプニカ様」

「どうしたルル、表情が硬いが」

「ついさっき・・・・・ターレ公爵が戻ってきました」

 

・・・・・きたか。

 

「それで今、どこにいらしておる?」

「勝手に引越し作業をしています、荷物はとりあえず廊下に並べさせています」

「・・・わかった、すぐに呼んできて欲しい」

 

良き来客もあれば悪しき来客も訪れるか・・・

できればあのお方が目覚めるまでは来て欲しくなかったな、

もっと後であればあのお方との婚姻発表をもってターレ公爵への断りとなり、煩わしさが省けたのだが・・・

 

「まあ、避けては通れぬ道か」

 

窓の外から建設中の英雄像を眺める、

ふむ・・・そうか・・・おそらく・・・で、あるな・・・・・違いあるまい。

考えにふけいっていると、ドカドカとした品の無い足音が近づいてくる・・・扉を開けたのは・・・ターレ公爵だ。

 

「ハプニカ!待たせたな!私が恋しかったであろう」

「・・・・・まずは一礼するのが礼儀であろう」

「やや、すまない、まだ形式上はそうであったな・・・ハプニカが待ちわびていると思ってつい・・ガハハハハ」

「まあよい、それでターレ公爵、今日はどのような用件で参ったのであろうか?」

「おお、それだがな、ようやく身辺の整理がついたゆえ、こうして王の座をいただきに・・いや、ハプニカと婚姻を結びに来たのだ!」

 

すでに王様のように着飾っておる、

あれで冠をつければ、さぞかし立派なハリボテができるであろう。

 

「その事であるがなターレ公爵・・・・・正式に断る」

「なに?今、何と申した?」

「断る。以上だ、下がってよい」

 

耳に指を入れてほじくるターレ公爵、

表情がみるみるうちに怪訝に変わっていく。

 

「ハプニカ、冗談にしては面白くないな、それとも、このターレを試しておるのか?」

「・・・下がってよいと言ったはずだ、いや、下がれ、これは命令だ」

「引き下がれぬわ!ここれ下がれば男が廃る!ハプニカ、そなたとの婚姻は前国王・ジャイラフとの約束であるぞ!」

「そのようなものはすでに時効だ、父はすでに亡くなった、汚名と共にな」

「しかし、ハプニカ!ハプニカも了承していたではないか!約束は約束、それを今更、取り消すことなどできるものか!」

 

・・・ここはあくまで冷静に、冷淡に対処するのが良いであろう。

 

「ターレ公爵、私が了承したのはあくまで政略結婚であり、王の変わった今となってはその体を成してはおらぬのではないか?」

「政略結婚ならなおの事ではないか!すでに婚約済みだったゆえ、ジャイラフ王とその以下が亡くなったのならば、私に継承権があろう!」

「それを決めるのは現国王である私だ、その私が無効と申しておるのだ、あきらめてもらおう」

「あきらめるだと?すでに婚約はしたのだ!つまり私は現国王の婚約者だ!その事実を捻じ曲げるとは、国王にあるまじき行為であるぞ!」

「・・・言葉を慎むが良い、口が過ぎるぞ?・・ではターレ公爵、そなたは婚約者らしい事を、今までしてきたと胸を張れるか?」

 

その言葉に胸を張りふんぞり返る・・・単純な男だ。

 

「ハプニカよ、忘れたのか?私は、そなたとこの国を救ったのだぞ!?」

「・・・闘技場の件については感謝しておる、そういう意味では命の恩人ではあるな」

「そうであろう、そうであろう!その借りを返してもらわねばならぬな!」

「しかし公爵の立場にある者は、国王である私を守って当然ではないか?冷たい言い方ではあるがな」

「何を言っておる!私はハプニカを愛しておるからこそ、ああやって助けに・・・あれほど熱い抱擁をしたではないか!」

 

私の背筋に、虫唾と嫌悪感が走った。

 

「さて・・・何の事であったかな?ターレ公爵・・・」

「そなたを看病している間、何度も何度も熱い口付けを交わし、愛し合ったではないか!」

「すまぬな、倒れてしばらくの事は記憶に無いのだ、何をされたのか覚えておらぬ、自我を失っていたゆえに・・・」

「ならば今すぐ、今一度、同じ事をして思い出させ・・・」

「寄るでない、近づくな!!!・・・・・いやすまない、そのまま聞いて欲しい・・・」

 

熱くなった頭を冷やすように、呼吸音の無い深呼吸を繰り返し、気持ちを整える。

 

「ではターレ公爵に問うが・・・私が戦いに出た時、どうしてついてきてはくれなかったのだ?」

「それは・・・申したではないか!我がフロン家を守るためであると!」

「ならば、私自身より、そなたの家のほうが大事だったという訳であるな?」

「それは違うぞ!私はハプニカを、その強さを信頼してだな・・・それにあの時、そちらにつけば私の命も・・・!」

「わかった、私を命がけで守る気は無かった、という事であるな」

 

汗を拭くターレ、逆に私は冷静さを取り戻してきた。

 

「ターレ公爵、もし・・・もし本当に私を愛していたならば・・・全てを捨てて私についてきて欲しかった」

「私とて行きたかったぞ!だが、しかし、そのなんだ・・・足手まといには、なりたくなかったのだ」

「いや、ついてきてくれるほど愛していたなら、そばにいてくれただけで私はじゅうぶんであったぞ」

 

そうだ・・・あのお方が、私の愛するあのお方が、そばにいただけで・・・会話せずとも私には勇気を与えてくれたのだ。

 

「もしターレ公爵の実力が取るに足りないものであっても、やれた事はいくらでもあった・・・

 皆の食料調達、天馬や飛竜の世話、武器防具の整備、荷物運び、やれる事ならいくらでもあったぞ?」

「私にそのような使用人まがいの事をせよと申すのか!?」

「闘いたくないのであれば仕方あるまい、私とてこの身を捨てる覚悟であった、

 そなたにもそのような『覚悟』さえあれば何でもできよう、もし本当に私を愛していたならば、な」

 

歯軋りをするターレ公爵、

思い通りに事が運ばず、癇癪を起こす子供のような表情だ。

 

「うぬぬ・・・私は・・・ハプニカの『待っていて欲しい』という言葉を信じて!」

「ふっ、幼稚な事を・・・これ以上は話にならぬ、下がれ、下がれ」

「いや引かぬ!どう考えてもこちらに非が無き以上、納得する訳にはいかんぞ!」

 

往生際が悪いな・・・さて、どうしてくれようか・・・

 

「あ〜ら勝手なこと言っちゃって、アンタの魂胆、全部ばらしてアゲルわ」

 

この声は・・・マリーだ、いつからか知らぬが入口に腕を組みながら立っている。

 

「うぐっ!マ、マリー、き、きさま・・・」

「ハプニカ様、このターレって男、本当に欲しいのはその玉座だけよ」

「何を言う!ハ、ハプニカ!このような裏切り者の罪人の言葉、信じはしまいな!?」

 

私は無言でマリーの方を向き耳を傾ける。

 

「このターレって男はね、ハプニカ様のこと、便利な道具でおまけだって言ってたわよ」

「嘘をつけ!誰がそんな事を・・・」

「あ〜ら、四つんばいで泣きながら言ったじゃないの、射精し・な・が・ら!」

「う、うううう、う、うる、うるさいだまれ!!!」

「ほんっと、私を監視に来ておいて、あっけなく色仕掛けに乗っちゃうんだから」

 

真っ赤になって怒るターレ公爵だが、ほとんどは恥ずかしくて顔を紅くしておるのであろう。

私を愛していると言いながらマリーの誘惑にはまったターレを軽蔑する、と言いたい所だが、

愛するあのお方も闘技場の控え室でマリーに骨抜きにされたのだから、マリーの色仕掛けのテクニックを褒めておこう。

・・・・・・・・・すっきりはせぬがな。

 

「ターレ公爵は半狂乱で快感に溺れながら、ぜ〜んぶ地下牢で話してくれたわよぉ?

 この国を手に入れたい、でも命は惜しい、だから全部ハプニカに押し付けて、美味しいところは後から全部貰うって」

「聞くな聞くな!ハプニカ!こいつの嘘八百など、聞く必要はない!」

「ハプニカと婚約している以上、戦争の間は隠れてて、もしハプニカが死ねば代わりの嫁を要求し、

 ハプニカがジャイラフを倒し生きて国王になれば、ハプニカが国を落ち着かせた所でゆっくりと美味しい所を・・・」

 

怒りと恥ずかしさに耐え切れなくなり、マリーに跳びかかるターレ!

 

「あらら・・ふふっ」

 

しかし、闘牛をいなすようにサッと交わしてしまった。

 

「うがーーー!!」

「おばかさんね・・・ハプニカ様も何か言ってあげてよ」

「うむ・・・せめて闘技トーナメントに出れば、まだ少しは誠意を感じたものを」

 

それでも断ったがな・・・

断るも何も、ターレがあのお方に敵うはずはないのだが、

少なくとも最後の最後で男としての意地がある事は証明できたであろうに。

 

「ハプニカ様が国を復興させるためにどれだけ大変だったか、ターレ、あなた公爵なら聞いてたでしょー?」

「だ、だからこそだな、邪魔をせぬために・・・なあハプニカよ、そなたならわかってくれよう!」

「そうだな・・・ならば、これから先、ずっと私の邪魔をしないでもらいたいものだ、永遠にな」

 

さらにマリーを捕まえようと跳びかかるターレ、

口を押さえようとしているようだが、それをサッとよけると、

ターレの耳元にマリーが口を近づけ、息を・・・

 

「ふぅ〜〜〜〜・・・♪」

「あうっ!!!」

 

前屈みにしゃがむターレ、

股間を押さえておるようだ・・・

耳に息を吹きかけられ、マリーからされた事を思い出してしまったのであろう・・・哀れな。

 

「念のため、調べさせていただきましたわ」

 

この声は・・・今度はララか、

書類を片手に入ってきて私とマリーに軽く一礼する。

 

「ターレ公爵の身辺を調べさせていただいた結果、マリーさんの発言を裏付ける証拠が揃っております、

 最近ではハプニカ様が正気を取り戻して皇務を寝ないでやってらしてる間、ターレ公爵は将来の王位内定を言いふらし、

 鉱山の入札に関わる業者を相手に接待させ、便宜を計ると約束したり、他の公爵家の娘を第二・第三夫人にしてやると無理矢理・・・」

「知らん!私はそのような事は知らぬぞ!」

「それだけではなく、すでに英雄と言われた男は死んでおり、代わりの英雄、代わりに王になるのは己であると・・・

 このお城へ戻ってきたタイミングも、丁度、英雄の像が首まで完成した所です、そこで颯爽とやってきて、

 国王の座について首から上を自分に合わせて作らせるためのタイミングを見計らっていたのでしょう」

 

うむ、私もそう推測した、いかにもターレ公爵が考えそうな事であるな。

 

「うぬぬぬ・・・マリーもララも嘘八百を並べおって!」

「あ〜ら、なら、またお口とお尻の穴で自白させましょうか?今度はハプニカ様の目の前で!」

「ええい、ハプニカ!どうせあの英雄きどりの男は、もう国王になどはなれまい!ならば私が・・・」

「見苦しいぞターレ・・・シャクナを救い、国を救った功労者である事は認めよう、だが一番の功労者は・・・あのお方だ」

「よし、ならば決闘だ!フロン家公爵・ターレの銘で宣言する!あの男に決闘を申し込む!!」

 

な・・・何を言い出すのだ、この男は!

 

「フロン家の名誉に賭けて、ここに決闘を申し込む!決闘については国王は立会人になれても、阻むことはできぬはずだ!」

「・・・・・ターレよ、それは、本気で言っているのか?」

「ああ!そうとも!もしそれが嫌なら当初の約束通り、私と結婚するがよい!」

「・・・・・・・・・もう1度だけ聞こう、本気で決闘を・・・殺し合いをするつもりなのであるな!?」

「なあに、殺しはせん、ただ勝敗を決めれば良いのだ!では早速、そやつの病室に・・・」

 

私は左手の手袋を脱ぎ、ターレに投げつける!

ぺしっ、とターレの頬にあたると同時に玉座の後ろに装備した剣を抜き、

疾風のごとくターレ公爵の胸元に入り、その刃を首筋に向けた!

 

「・・・残念だなターレ、決闘は正式な申し込みの儀式を先にした方が優先される」

「ハ・・・ハプニカ・・・な、なにをふざけた・・・と、とにかく、その剣を・・・下ろせ!」

「私はすでに決闘の申し込みを済ませたのだ、私と殺し合いをするか、この国を去るか、選んでもらおう」

「こっ・・・国王が、決闘の申し込みを公爵になどと、き、聞いたこともない・・・ぞ・・・」

「そうか?国王の権利は国内では全ての権利に勝っておる、決闘の権利とて当然・・・そなたも剣を抜くがよい」

 

ガクガク両足を震わせ、涙を流し始めるターレ・・・

その瞳に国王となりうる威厳も、輝きも無い・・・下半身ではぽたぽたと尿の漏れる音・・・

情けない男だ、このまま首を刎ねられれば、どれだけ気が晴れる事か。

 

「こっ、降参する・・・だ、だから、それを、は、はやくっ!」

「では・・・決闘は私の勝ちで、良いな?」

「良い!良いから、は、はやくっ!しまってくれっ!!」

 

・・・・・汚い血で剣を汚さずに済んだようだ。

ゆっくり玉座に座るとターレ公爵は挨拶もせず、

逃げるように去っていった・・・これで奴も大人しくなるだろう。

 

「マリー、すまなかった、ご苦労であったな」

「まぁ、まだまだ叩けば埃が出るでしょうね、叩いてみましょうか?」

「いや、このままでも自然淘汰されるであろう・・ララ、ターレに大公爵の位を与えておけ」

「かしこまりましたわ、でも決闘で負けてこの国を去るのであれば、意味は無いですわね」

「ああ、だが国を救った礼が欲しいという希望には応えねばならぬからな」

 

もし出て行かず国に残ったとしても、

名ばかりの大公爵で何の信頼も得られぬ事であろう。

じきに色んな話が広まり、遅かれ早かれ、いられなくなるはず・・・

だが同情すべき点など無い、まだ起きることが許されぬあのお方と、

決闘をしようとなどほざくのだからな・・・あのお方の状態はどこからか聞きつけたのであろう、まったく許せぬ。

 

「ハプニカ様」

「ルルどうした」

「もしターレがハプニカ様の決闘を受けると言っていたら・・・どうしましたか」

「うむ・・・その時は中央闘技場で正式に剣を交えるつもりであった、皆の前でな」

「それは残酷ですね、でもターレ公爵に意地と力がほんの少しでもあれば、受けるべきだったと思います」

 

その通りだ・・・私に勝てる可能性は限りなくゼロに近いであろうが、ゼロではない。

それができれば、まだ処遇も少しは考えてやる余地があったのに・・・つくづく、あのお方の勇気が心に響く。

 

「神経が高ぶりすぎた・・・湯を浴びる、戻る前にあのお方の所へ寄らせてもらおう」

 

疲れたら、あのお方の胸にすがれば良い・・・眠っていてもだ。

それだけで、あのお方は「私の」国王陛下になるに相応しい、唯一のお方なのだ。

ひとときでも甘えさせていただこう、そうでもしないと、私の体も心も持ちはしないのだからな。

 

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