愛するお方が呼吸を取り戻し半月が過ぎた、

あの悲劇から数えれば、もう1ヵ月半にもなる・・・

私の希望した「あのお方と同じ食事を」はすぐに断念せざるをえなかった、

直後に倒れてしまったせいもあるが、あのお方と同じ状況の人間を2人も作ってしまったのでは、

まわりのものの負担も倍になってしまう、何より私自身が愛するお方の看病をできなくては意味がない。

 

「私はこと愛する人の事となると突っ走ってしまう性格であったか・・・」

 

もっと恋愛という物に対しても、緻密で策略家でなくてはならぬのか・・・

しかしそれには、絶望的に「経験」というものが劣る、そんな私ができることといえば、

文献を読み続けるか、経験者の体験を聞き続けるか、あのお方を口説きながらそれを体感して学ぶか・・・

 

「しかし、冷静でならねばいかぬ時に冷静でいた私が冷静になれぬとは、これが恋というものなのか」

 

その愛するお方が眠ったままの今、

止まった「時の狭間」で私は自責の念に追い詰められている・・・

しかし、いくら悔いても悔い足りぬ時を過ごすより、愛するお方の時を進めるのが先だ、

そうせねば私の「時」も動き出さぬのだから・・・

さて、今日も皇務に向かいながらあのお方の目を覚ます方法を考えるとしよう。

 

「ハプニカ様」

「ララか、どうした」

「英雄の像が完成に近づいておりますわ」

 

窓の外を見る・・・

確かに闘技場の前に建てられた巨大な像が、

すでに首のあたりまで出来つつある。

 

「あれが完成するまでに目を覚ましてくださると良いが・・・」

「あと半月もあれば完成だそうです、それで今は首から上を別で製作し始めるそうでして」

「ふむ、頭部は別に作って最後に飛竜で運び、像に乗せてつなぎ合わせるのであるな」

「はい、それで・・・英雄の顔を掘るにあたって、是非、英雄様のご協力が欲しいとの申し出が」

「それは困ったな・・・まさか眠っている状態で、設計士に会わせる訳にもいくまい」

 

かといって、中途半端な資料では完成した像があのお方に似なくなってしまうか。

 

「おそらく民衆は、それを口実にあのお方の生存を確認したいのかも知れぬな」

「それもあるでしょう、集めた制作費はかなりの額でしょうからその方々への説明も必要でしょうし」

「わかった、では我々であのお方の顔の型を取るとしよう、ただし立会いはごく少数、若干名で良い」

「では立会いにいらっしゃる方には、英雄様を驚かせるために、寝ている間にこっそりと、と」

「うむ、部屋の隅で、あまりやつれた様子がわからない距離でな、型にも多少の細工は仕方あるまい」

 

生きている、という事さえ確認できれば、きっと納得してもらえるであろう。

 

「ハプニカさまぁー」

「今度はリリか、どうした」

「たったいまー、ツァンク将軍がいらっしゃいましたー」

「なに!?あのツァンク殿が、わざわざここまで!?」

「はいぃ、今は貴賓応接室でミル様がお相手しておりますー」

 

・・・大戦の時、重鎮として我が解放軍で豪傑を誇ったツァンク将軍、

あまりに我が強いため嫌われることもあったがその個の力は申し分なく、

決して自分を曲げずに突き進むその力は頼もしかった、が、特に私と親しい訳ではなかったが・・・?

 

「よし、会おう、ミルとの話が終わったら通してさしあげろ」

「かしこまりましたー」

「・・・何か感付いて来たのでなければ良いが・・・」

 

こんな山奥、ましてや催しも祭りもない日に、

何をしにいらしたのであろうか?ふと嫌な想像が頭を巡る。

ツァンク将軍が大戦の最中、あのお方を褒めて「戦が終わったら我が部下にならぬか」と言った事があった、

まさか私の愛するあのお方がここで眠っていることをどこかから漏れ聞いて、

このような状態にしてしまったハプニカには預けておけぬ、ワシが引き取る、と連れ去りに来たのでは・・・!?

 

「あのお方を欲しているのは私やセルフだけではなく、ツァンク将軍も、という事があってもおかしくはないか」

 

もしそうだとしたら・・・

こうなったのは私のせい、と問い詰められても反論はできぬ、

だからといって、ツァンク将軍が引き取る、と言われてもそれは決してさせられぬ。

 

「ララ・・・あのお方の警備は万全か」

「はい、何があってもお守りできます」

「そうか・・・これは、ひと戦あるかも知れぬな」

 

恋愛に疎い私がそういった事に強くなるには、

愛するお方を守り続けるというのもその手法のうち1つであろう。

たとえあのお方を私が監禁していると言われようが、私には私のやり方で我を貫かせていただく、

それがツァンク将軍がこれまで闘ってきた「我を貫く戦い」に対抗できる術なのだから・・・!

 

「ハプニカさまー、ツァンク将軍をお連れいたしましたー」

 

のっしのっしと遠慮なく入ってくる。

お付は1人か、青年剣士・・・並んで礼をする、私もそれに応えた。

 

「ハプニカよ、忙しいところ、邪魔して済まぬな」

「いや、戦友と生きて再会できる事は疲れを吹き飛ばす良い薬ゆえ、わざわざ足を運んでいただき感謝する」

「戦友か、大戦の時は色気の無い姫だと思ったが、今なら酒を酌み交わして良い話ができそうだな!ガハハッ!」

「それでここへは何をしにいらしたのであろうか、隠し事無く率直に話していただきたい」

「うむ、実はな・・・私はもう隠居する事に決めたのだ、大戦で20年は寿命が縮んだ、あとは酒浸りの余生で十分だ」

 

隠居・・・もったいない。

だが、それだけ大戦は激しいものであった、

あれだけ戦い抜けば、終わって全てから解放されたいと思う気持ちもわからないではない・・・が・・・・・!

 

「ツァンク殿、隠居となると、跡継ぎが必要であるな?」

「さすがはハプニカ、それでは私の来た目的は察しがついているという事かの!?」

「・・・・・うむ、そなたの目的はこの国秘蔵のワインであるな、好きなだけ持って帰るが良い」

 

これで、こちらからはあのお方を渡すつもりはないとわかってくれるはずだが・・・!?

 

「ワインはもちろんいただきたいが、もっと良い物を望んでおってな」

「では何が欲しいのか、はっきり言っていただきたい、こちらもそれにはっきり返答しよう」

「うむ・・・実はな、ここにいるのはただの部下ではない、我が息子なのだ」

 

お付の兵士が顔をあげる、

ほう、確かにこの顔はツァンクJrであるな。

 

「なかなかの好青年ではないか」

「実はなハプニカ、ワシが隠居したら全てを息子に継がせるつもりなのだ」

「そうであったか、偉大な父の跡を継ぐのは大変であるぞ」

「こやつには一応、跡を継げる全てを教えたつもりだが、それだけではまだ足りぬのだ」

「足りぬ事というと・・・経験、という事であるか?」

 

そういえば、大戦の時はどうしていたのであろうか!?

 

「確かに戦いの経験もあるが、ワシにはなかった協調性、信頼というものをこやつには身につけて欲しいのだ」

「しかしそれは無理に身に付かせるようなものではないと思うのだが・・・」

「そこで、ワシが戦で供にした若い者達に、ワシの跡を継ぐこやつを、我が息子を紹介して回っているのだ」

「挨拶回りという訳か、良い父を持ったものだな」

「そこで友ができるかどうかは全てこやつ次第・・・と同時に、こやつにワシ流の挨拶もさせたいのだ」

 

その言葉に、ツァンクJrはそっと剣を前に置いた。

 

「友になるにはまず剣を交える、そしてその後、酒を酌み交わす」

「・・・ツァンク殿らしいやり方であるな」

「それに、こやつには我が国以外の剣士との戦いも学ばせたいのだ」

「大戦の時はどうしておったのだ?」

「国に残り、我が妻と娘たち、そして孤児院を守ってくれていた、ワシの命令でな」

 

なるほど、用件はよくわかった、

息子のためにそこまで肌を脱ごうと言うのであれば、

供に闘った仲間としては協力しない訳にはゆかぬ。

 

「よし、リリよ、ではレンを・・・」

「ハプニカ様ー、レンはまだー・・・」

「そうか、では、ルルを呼んでまいれ」

 

レンはまだあのお方を瀕死に追いやった精神的ショックが残っている、

その状態でツァンクJrと剣を交えたのでは、無駄にトラウマを思い起こしてしまう危険があるゆえ・・・

 

「ツァンク殿、相手はルルで良いな?私が相手をするより年の近い相手のがよかろう」

「おお十分だ、まだハプニカの相手は勤まらぬとワシも思うからな、全てにおいてな!ガハハッ!」

「だが、酒を酌み交わす時間はおそらく無いであろう、まだまだ忙しくてな・・・国が落ち着けば私も相手ができる日も来よう」

 

しばらくしてルルだけがやってきた、

おそらくあのお方の看病を、呼びに行ったリリと交代したのであろう。

 

「ルルよ、ツァンク将軍がいらしてくれたぞ」

「お久しぶりです」

「うむ、忙しい所すまんが、我が息子に稽古をつけてやってくれ」

「・・・わかりました、着替えて練習場へ行きます」

「ルルよ、頼んだ、ついでに練習場も案内してやってくれ」

 

一緒に出て行くルルとツァンクJr・・・

そしてツァンク将軍は私に、あのお方の名前を出した。

 

「・・・が、こちらにお邪魔していると聞くが」

「ほう、それは誰から聞いたのであろうか?」

「ハプニカ、情報元は言いたくは無い、正直に答えてくれ」

「ツァンク殿は・・・もし、そのお方がここにおられると聞けば、どうしたいのだ?」

「どうしたいも何も、供に闘った仲間ではないか、挨拶くらいさせてもらおう」

 

やはりか・・・

ツァンク将軍は一度決めた事は曲げぬ人間、ごまかしはきかぬ。

だが、いくら私に非があり、ツァンク殿があのお方を連れて行きたいと言っても、私だって曲げられぬ。

 

「・・・あのお方は就寝中だ、伝言があれば承っておこう」

「あいや結構、もし眠ってても会って直接話すのが礼儀・・・ハプニカ、皆まで言うな、わかっておる」

「そうか・・・そう言うのであれば・・・会う事はかまわぬが・・・私も立ち合わせてもらう」

 

ララの先導で廊下を闊歩するツァンク将軍、

考えは曲げぬが曲がったことはしない性格であったと記憶しておる、

酒豪な事と我が強すぎることさえ目を瞑れば・・・いや、それに目を瞑るとツァンク将軍ではなくなる。

 

「こちらになります、どうかお静かに・・・」

 

と、ララがゆっくり扉をあけると、

中ではリリとレンとシャクナが看病をしている。

愛するお方は息をしているものの、とても安らかに眠っているとは言いづらく、

ただ呼吸をするだけの、それこそ植物のようにさえ見えてしまう。

これではツァンク将軍も納得できまい、まずは素直に侘びよう。

 

「すまない、これは全て、私が・・・」

「皆まで言うな・・・責めに来たのではない」

 

そう言うと、そっと、眠っているあのお方の腕を握り、

ただ息をしているというそれだけの表情に向かって語り始める・・・

 

「・・・まだ戦いは終わっておらぬぞ・・・そら・・・奴らめが攻めてきたぞ・・・

眠っている場合ではない・・起きるのだ・・・右だ・・・次は後ろだ・・よし、体を前に出せ・・・ 

息を整えるのだ・・・そうだ・・・槍が飛んできたぞ・・・ハプニカ達がもうすぐ助けにくる・・・もう少しの辛抱だ・・・」

 

その言葉に時折ピクッ、ピクッ、と反応がある・・・

やはり戦の最中であるとならば、肌が条件的に動くのであろうか、

癒すことしか考えていなかった我々に、ツァンク将軍はまさに目の覚めるような治療をほどこしてくれている。

 

「そら、魔法が来るぞ!うぬの腕前は確かだな、もう敵を殲滅させてしまった、

しかしまだ次の部隊が来ておる・・・そうだ・・・そこだ!よし、ここはワシに任せるのだ! 

お主は先にハプニカの所へ行け!そうだ、目を覚ますのだ!起きて、起きて、待っているハプニカ達のもとへ・・・!!」

 

その言葉を受け、愛するお方の血が早く巡っているような気配を感じる。

やはりツァンク将軍は我が解放軍の重鎮・・・そしてこれはツァンク将軍でしかできない方法であろう。

 

「よし、ワシの方は片付いたぞ、今度は大砲の軍隊だ、行くぞ・・・・・」

 

 

 

 

ようやくツァンク将軍が一息つくと、

あのお方の肌がより生気を取り戻したように見える、

呼吸もやや荒く、それがかえって生命の鼓動を感じさせてくれる。

 

「ハプニカよ、もうこのくらいで良いか?」

「素晴らしい・・・ツァンク殿、何と言って良いか・・・すまない」

「酒を飲む時の話し相手は多い方が良い、それだけだ、それ以上でも以下でもない」

 

ツァンク将軍らしい言い回しであるな・・・

 

「ララ、ツァンク殿のために最上級の酒を包んでほしい」

「おお悪いな・・・さて、我が息子もそろそろ終わった頃だな」

「では玉間へ戻るとしよう・・・リリ、レン、シャクナ、引き続き頼む」

 

廊下へ出てしばらく進むと、

キリッと立って待つルルと、

ボロボロになったツァンクJrが待っていた。

 

「ルル、ご苦労であった、感想は後で聞くとしよう」

「言わなくても見た通りです」

「・・・そうであるが、ツァンク殿への報告も必要であろう」

 

と、ツァンクJrに目をやると・・・

さっきまで何とか立っていたのが、膝から崩れ落ちた。

 

「・・・医務室に運んでさしあげろ」

「ハプニカ、それにはおよばぬ、息子は自分の足でワシについてくるはずだ」

「わかった、では、玉間へ案内してさしあげろ」

 

衛兵にふらふらついていくツァンクJr・・・

やはり力の差があったのであろう、だがやりすぎだとは思わぬ、

この「経験」はツァンク殿と、その息子が自ら望み、手に入れた物なのだからな。

 

 

 

玉座に座るとツァンク親子が並び、

私の横にはルルが立つ・・・ララはまだワインを集めている所だろう。

 

「ツァンク殿、私は勘違いをしていた、私の愚かな罪と勘ぐりを、許してもらいたい」

「安心しろハプニカ、もし例え少しでも嫌な気持ちになっていたとしてもだ、上等な酒を一杯飲めば、忘れる」

「じきに来る、もう少し待って欲しい・・・さてルルよ、稽古をつけて、どう感じたか率直に教えてさしあげろ」

 

少しばつが悪そうにしながらも、口を開くルル。

 

「はい・・・なんていうか・・・面白みがありませんでした」

「つまらないということか、具体的にはどういう事だ?」

「うーん・・・エリートというか、教えられた型だけを実行している、機械みたいでした」

「すなわちそれは、個性が無い・・・という事になるな」

「それです、ツァンク将軍は強引で圧倒的なパワーを武器に一転集中攻撃をしかけますが、さっきの稽古は・・・」

 

悩ましげな表情で考え込むツァンク将軍。

一方のツァンクJrはというと・・・ルルをぼーーーっと見つめておる。

 

「ツァンク殿、ルルの話を聞くと、どうやら牙の抜けた虎であったようだ」

「うぐぐ・・・何たる不覚、協調性を持たせようとして、個性というものが無くなってしまったのだな」

「ツァンク将軍の持つその強烈な個性をそのまま受け継いだ方が良かったと見える」

「しまった・・・ワシのように、孤立せぬようにと思っていたら、目立たない、個性の無い、他の戦士に埋もれるような・・・」

「ツァンク殿の気持ちはよくわかるが、教科書通りでは無い方が、そなたの血が活きると見受けた」

 

これは私も勉強になるな・・・

あのお方と結婚したら、子には個性を大事に育てるようにしよう。

 

「ハプニカ、すまなかった、これは大きな収穫を得た」

「・・・ここまで言える者はツァンク殿の国では、おらぬかも知れんな」

「きっとそうだな、このワシに気を使って・・・よし、帰ってすぐに特訓をするぞ!ハプニカ、また会おう!」

 

丁度、山ほどの酒を抱えたララから1本のウィスキーを奪い取り、

ゴクリと飲みながら一礼して出て行く、その息子も残った酒を受け取って、

ルルの方をじーーーと見ながら名残惜しそうに一礼し、ツァンク殿を追いかけ出ていった。

 

「・・・・ふぅ、ララ、ご苦労」

「おそらくツァンク将軍は、リューム様からお聞きになったのでしょうね」

「ああ、だから話が早かったのだろう・・・そしてルルもご苦労であった」

「軽い稽古でしたが、素材は良い物だと感じ取れました、もったいないです」

「暴走しないツァンク将軍など、ツァンク将軍ではない・・・それはあのツァンクJrなのであろうな」

 

・・・ルルの様子が少し変であるな?

 

「ルル、稽古で他に何かあったか?」

「いえ、その、あの・・・」

「もうツァンク将軍はおらぬ、言いにくい事でも申せ」

「その・・・稽古の後・・・つきあって欲しい、って」

「つきあう・・・交際を申し込まれたという事か」

 

黙って頷くルル、顔を少し紅くしている。

 

「ほう、惚れられたか、それでつきあってみるのか?」

「いいえ、正直言って、タイプじゃないです」

「好みではないか、それならば仕方ないな」

「一瞬嬉しかったけど、強い女性が好きみたいな事言われて、ちょっと違うなって」

「まあ、いくら私の親衛隊といえど恋愛に口出しはせぬ、付き合うも振るも自由にするが良い」

 

さて、気持ちを切り替えて皇務をするとしよう、

早く終わらせて、ツァンク将軍のためにもあのお方が目覚める方法を探らねば・・・・・

 

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