すでに牢がいっぱいであったためララやミルが「自主的な自宅軟禁」を言い渡した罪人も、
正式に自由にしていった・・・これで胸を張って表を出られるであろう、さて・・・私もそろそろ裁かれる時がきたようだ。
「はい、ミル様もシャクナさんも尽くせる手は全て尽くしました」
「どうすれば最善か、どういう方法ならあのお方が命ながらえる確率が上がるか・・・それが僅かでも良い、出来る事なら何でもした」
今度は正真正銘、本当に失ってしまうのだ、愛するあのお方を・・・
「木の頂上から長い長い時間を経て根まで流れた聖なる冷水・・・精神統一にはこれしかない」
と同時に体から内なる熱が湧き出し、全神経が研ぎ澄まされていく。
それを全身にかぶる事で、私に神木の力が宿っていくのがわかる。
ザババーーッ・・・ザバーーーーッ・・・・バシャバシャバシャ・・・・・
よもや、あきらめるような事態になれば、あきらめる事すらできぬ位に、
私は私でなくなるであろう・・・もしそうなってしまった時には・・・今度こそ、無駄に生かしてもらうつもりは無い。
「ああ・・・・・ララよ、万が一あのお方が駄目であった時は・・・私の首を刎ねてはもらえぬか」
「・・・・・ハプニカ様が狂ってしまわれれば、必然的にそうなると思います」
「そうであるな、もう、ぶざまな醜態をさらしたくは無い・・・」
その潔さを身に刻んでおいてこそ、あのお方を助けられるはずだ。
万が一と言ったが、あのお方を助けられぬ可能性の方が遥かに高い・・・
だからこそ、助ける可能性を0.1%でも上げるため、こうして精神を研ぎ澄ましたのだ。
「そのかわり、ハプニカ様の首を刎ねた私たち親衛隊も死刑になるでしょう」
「ですからー、自害してー、ハプニカ様の忠誠を守るためにー、一緒に黄泉の国へお供しますー」
「・・・・・ならぬ、と言ってもきくそなたたちでは無いな・・・わかった、共に覚悟を持とうぞ」
医療行為には邪魔になる、ならば機敏性と清潔性を重点に置いたこの服で闘うしかない。
全身をオーラがみなぎる・・・剣をララに返し、いよいよあのお方の戦場へと向かった。
「はい、時が来たら教えてくださるようミルちゃんにお願いしていましたから」
「ああ、愛するこの方の立場になれば結果はおのずと1つだ、私は命を懸けてでも、蘇らせてみせよう」
精神力を消耗する回復魔法を交互にずっとかけ続けていたのだから、
今日まで続けてもらった事でさえ本当に頭が下がる・・よってこれ以上続ける選択肢など元から無いのだ。そして・・・
頬にさわると死体としか思えぬその冷たさに胸が張り裂けそうだ。
待っておれ、今、そなたを黄泉の国から救い出してみせようぞ・・・
「もし遺言があれば、アバンス国王妃・リュームとして聞いておきますが」
「・・・いらぬ、大戦の前にも遺言は残さなかった、もし私の心が壊れても、私の意志はミルや国民がわかってくれておる」
遺言などいらぬのだ、なぜなら私はこのお方を必ず助け出すからな・・・
それに私が今日まで生きてきた、その生き方こそが語らぬとも遺言になるというもの。
今更書き残した所で、あのお方と生きて戻ったときの笑い話のネタにはならぬからな、不要だ。
「それでは行くぞ・・・ララ、リリ、ルル、レン、両腕両足を徐々に強くさするのであるぞ」
「・・・・・ミル・・シャクナ・・・・・徐々に魔法を弱くするのだ・・・ゆっくりであるぞ」
それに合わせ、私は両手を愛するお方の胸に重ね、少しずつ強く、自分の心音をなぞるように押していく。
親衛隊四姉妹も両手両足をさすり、体温を外から上げていく・・・徐々に徐々に、ゆっくりと魔法が消えていく、
回復魔法が消える分だけ、私の手で心臓マッサージを強くしていかねばならない、それも速過ぎず遅過ぎず、
魔法の強弱に合わせて強すぎず弱すぎず・・・調節がシビアなうえに段々強くせねばならない、強く押すとなると
つい心臓を押すスピードが上がってしまいがちになる、焦る気持ちを無理矢理押さえ込む・・・冷静に冷静に・・・
「いち・・・に・・・いち・・・に・・・いち・・・に・・・いち・・に・・いち・・に・いち・に」
鼓動のタイミングを深呼吸で整える・・・リュームの指摘も冷静かつ的確だ。
おかげで速すぎた、強すぎた腕の加減が調節されてきた、あまりの強いと脆くなった骨が折れて内臓に突き刺さってしまう。
ミルもシャクナも魔法をすでに首から上だけに集中してかけ、それを弱めていく・・・
しかしここで一気に魔法を無くしてしまう訳にはいかぬ、まだ胸の鼓動が自力で復活する気配が無いのだ。
少しでも魔法量を強く戻してしまうと細胞の自力再始動ができなくなってしまう、
それはまさに命取り・・・普通なら弱めすぎた場合、魔法を少し強く戻して挽回したくなるが、それは致命傷となる。
ミルにもシャクナにもかなり難しい事を要求しているのだが、こうするしか蘇らせる方法は無いのだ、
そして私にもそれと同様の難しい、無理難題といって良い高度なテクニックを強いられている・・・必ず乗り越えてみせるぞ!
「・・・いち!・・・に!・・・いち!・・・に!・・・いち!・・・に!」
「いちっ!・・・にいっ!・・・いちっ!・・・にいっ!・・・いちっ!!・・・にいっ!!・・・」
まずい・・・ただ夢中に想いを込め続ければ良いというものではない!
何か手を打たねば、もうじきミルとシャクナの回復魔法が終わってしまう!!
もう胸を両手で押さえていては力が入りすぎて骨を折ってしまう、
だから全身で抱き包んで、この体全体が心臓だと思って私の体で脈動させるのだ!
「いちっ・・・にっ・・・いっちっ・・・にぃっ・・・・い・いち・・・」
「うっく・・・うっ・・・ひっく・・・ひぃっ・・・んっ・・・んんっ・・・」
ますます私の精神が追い詰められていく・・・負けてなるものか・・・死神に・・そして・・・自分にも!!
微妙な強弱やタイミングを反応させる事ができる、そして何より・・・
「そなたよ・・・わかるか・・・私の・・・ぬくもりを・・・どうか・・・そなたに!!」
どうか応えて欲しい・・・私は産まれたままの姿で、そなたを迎えにきたのだ・・・!!
こうしてひとつに重なっているのに、抱きすぎぬよう力を抜いておらねばならぬ・・・
肌と肌が吸い付き合うこの感触、愛するお方にぬくもりがあれば、それはもう至高の快感が訪れたであろう・・・
いや・・・逝かせてはならぬ・・・私は・・・この世でこのお方と再会するのだ!!
ならば息を送り込んで、肺を呼吸と同じように膨らませて心臓を刺激するしかない、
もしこれで駄目ならば・・・私の首は・・・親衛隊によって・・・・・斬り落とされるであろう・・・・・
しかしそれはこのお方が蘇生してからじっくりすれば良い・・・今はとにかく・・・
このお方の両腕をさすっている親衛隊を払い、手のひらを左右とも握る・・・
押さえつけた格好で、愛の言葉を息のひと吹きひと吹きに込める・・・頼む・・・私の愛よ・・・届くのだ!!
気が遠くなる・・・いや・・・緊張が切れるとでも言った方が良いか・・・
緊張というより、私の大切な、心の神経が切れてしまいそう・・・あああぁぁ・・・ぁぁぁぁぁ・・・・・
と同時にミル、シャクナの手からかざされていた回復魔法も消えて無くなる・・・
私はすがるように愛するお方の胸に耳をあてる・・・これで駄目なら・・・・・私は・・・・・終わりだ。
・・・・・・・・・トクッ・・・・トクッ・・・・・トクッ・・・・・
幻聴か?・・・いや違う、鼓動が、確実に振動して私の耳に伝わっている!!
・・・・・スー・・・スー・・・スー・・・スー・・・スー・・・
「ミルよ、お前も確認するが良い!これは夢・幻では無いな!?」
「・・・・・すごぉい・・・お兄ちゃん・・・心臓も、息も、動いてるぅ!」
「ハプニカ様、抱きしめすぎですわ!抵抗力の無い体をそんなに強く・・・」
慌てて離れる・・・愛するお方の体にアザになってはおらぬか確認する、
みるみる紅みがかって生気を取り戻していく体・・・紛れもなく、己の力で生きている証拠だ!!
ぬくもりも徐々に・・・夢では無い、正真正銘、生きておられる!!
勝った・・・死神に勝ったのだ!愛するお方を、この世に連れ戻したのだ!!!
やっと・・・やっと、愛するお方を、この手で救う事ができたのだ!!!