早朝の処刑準備を考えれば、見舞いに来れるのはこの時間しかないからだ、
私はいまだピクリとも動かぬ愛しい人を抱擁する・・・術をかけるシャクナに気を使いながら。
何かにつけて愛しい人を触れておきたいと思っているだけかも知れぬな、自我を保つために。
「あぁ・・・私はそなたのためならば何でもするぞ・・・そなたを救うためならば・・・この身を全て捧げようぞ・・・」
もし私に償える事があればどんな事でもしよう、だから、せめてこのお方の命だけは・・・!!
「はい・・・準備が全て整ったそうです、処刑場に僧侶たちも次々入場しています」
「あいわかった、だがせめてあと10分、いや5分・・・・・やはり行こう」
「シャクナさん、後はお願いするよ、警備も厚めにしておくから」
ルルもぎりぎりまで待ってから呼びにきてくれたのであろう、もう行かねばならぬ。
「はい、まだ日も昇っていないのに国中の上級・特級僧侶がみんなきてるみたいです」
「私はあまり見せしめというものは好まぬが、国民を納得させるにはこれしかあるまい」
本来ならシャクナも昇級最初の仕事として立ちあわせてやりたい所だが、
何よりも最優先させるべき仕事があるからな、シャクナのためだけに処刑を延期する訳にもゆくまい。
首謀者を処刑するという1つのけじめによって、その先へ進むための通過儀礼・・・。
「あのお方が、もうすぐ人生最大の戦いに挑むのだ・・・私とて闘わなくてはならぬ」
正気に戻ってからも忙殺されていたからな・・闘う感覚だけでも倒れる以前の状態に近づけなくては。
闘技場が近づくと、新鮮なプレッシャーが私にのしかかってくる。
愛する人を守るために闘う・・・あのお方が私のためにしてくれた事を、今度は私がする番だ。
「自己満足にしかすぎぬかも知れぬが、私の今やれる事はこれしかないからな」
・・・一振りでまわりの空気を刃物に代えたような、稲妻の様な斬り・・・これだけ振れれば闘えるであろう。
「そうか、久々の実戦だからな、ルルがそう見えたのなら安心だ」
嫌な汗が滲む・・・やはりあの悪夢を思い出しそうになるからか、
足が震えそうになるのをぐっと下唇を噛み、こらえる・・・つくとすでに皆が揃っていた。
「・・・朝早くご苦労である、が、ララよ、お前はまだ強制休養の身であろう」
「はい、しかし私は望んで謀反の結末を見たく思いまして、休暇を利用して見せていただきます」
「そういう事か、なら何も言わぬ、終わったらすぐに自室へ戻るのだぞ」
「・・・・・・・・お姉さまぁ、お姉さま自身がぁ、この国と同じなんですぅ、だからー・・・」
闘技場は満員、とはゆかぬものの上級・特級僧侶たちが白い服・黒い服に身を包んで待っておる。
そして中央の特大ステージ、その中央にただ一機のみ用意されたギロチンがそびえ立っている。
あの悲劇以来、皆の前へ公式に姿を見せるのは初めてであるからな・・・ふらつく訳にはゆかぬ。
「・・・・・もう良いであろう、これで処刑が無事に済めば、全国民に私の健在が伝わるはずだ」
幼いレンにとって、この悲劇の舞台は思い出したくも無いトラウマになっているのだろう、
本来ならばこの闘技場へ近づける事すらさせてはいけないのかも知れぬが、レンが己の心に打ち勝つには、これしか無い。
「レン、あのお方が見る事ができない分、しっかり見ておくのだぞ」
空が明るくなってきた、もういつ日が地平線から出てもおかしくないであろう。
出てきたと同時に会場へ連れてこられるはずだが・・・来た、悲劇の首謀者・スロトだ。
「では参る・・・最後に何があるかわからぬゆえ、皆、油断するでないぞ」
天覧席から直接、闘技場のステージへと降りる・・・私を見て驚くスロト。
「残念だが私は健在だ、見ての通り多少やつれたがな、気はしっかりしておる」
「確かに、確かにハプニカは発狂したはず・・・なのに、なのになぜだっ!?」
「それはすなわち・・・あのお方が生きている、という事だからだ」
「それこそ馬鹿な!あのような怪我で生きていられる人間など、おる訳がなかろう!!」
まあ、処刑前という事で恐怖におののいておる部分もあるのかも知れぬがな。
「さてスロトよ、お主の処刑であるが・・・このままでは私の気が済まぬのだ」
私はその衛兵すら腕で人払いする、これでステージ上は私とスロトのみだ。
「スロトよ、そなたに最後の機会をやろう、それで私を斬れるものなら斬るが良い」
「ぬう?こ、これは・・・剣斬りの剣!ジャイラフ様のではないか!」
「そうだ、お主がジュビライに持たせた、我が父の形見・・・その剣ならば、うまくいけば私の剣もろとも敵討ちできるぞ」
「さあ、拾うが良い、私はまだ病み上がりだ、お主にまだ信念があれば、勝てる可能性はゼロでは無いであろう」
「さもなくば、その剣で自害するが良い・・・さあ選べ、お主の最後の技量を見せてもらうぞ!」
闘技場は予想外の展開に固唾を飲んで見入っている、無論、親衛隊も、そして妹のミルでさえも。
「ハプニカ、お前はワシにジャイラフ様の仇を討たせようとして、晒し者にする気だな?」
「そうではないぞ!ウッホン!こういう形でワシを剣で処刑する事により、民衆を納得させるつもりであろう!
「そのような政治的意図は・・・・・否定はせぬが、私はお主の意地が見たいのだ」
「フンッ!誰がお前の思い通りにしてやるものか!ワシがあがくのを皆に見せて、悪いのがワシだとはっきりさせたいのだろう!」
・・・やはり一筋縄ではゆかぬか。さすがはこやつも策士であるな。
「その手も食わぬぞハプニカ!自害すればワシが罪を認めた事になる!それもまたそなたの勝ちではないか!ウッホン!」
「ではどうするというのだ?私はせめてお主に敬意を払って介錯をするつもりで・・・」
「うるさいわ!さっさと処刑するが良い!ワシは無駄あがきせず、粛々と処刑されてやるわい!!」
そのままステージをゆっくり降りる・・・ふむ・・・何もせぬか・・・
戦いを拒むと見せ掛け、私を油断させ、スロトが剣斬りの剣を拾って斬りかかるなり投げるなりするかと思ったが・・・
どうやらおとなしくギロチンに装着されたようだ、最後まで私の神経を逆なでする奴であったな、
斬りかかってくれば返り討ちにできたのに・・・まあ、これこそがスロトの最後に見せた意地とプライドなのだろう。
ゴーーーン・・・ゴーーーン・・・・・ゴーーーーーン・・・・・・・
7回・・・8回・・・客席ではすでに目をそむけている者もいる、
祈り続ける者、冷たい目で見つめる者・・・・11回・・・12回・・・・・次だ。
張り詰めた空気の中、シュッ、と大きな刃が滑り落ちる音・・・・・
ガタン、と一番下まで落ちたのち、何とも言えぬ複雑な、言い表せない空気と声が漂う。やがて・・・
天覧席に戻ると皆が迎えてくれた・・・ララが心配そうに声をかける。
「あぁ・・・おかげで最低限の処刑しかできなかったが、けじめはついた」
「では後は、ハプニカ様と並ぶもう1人の主役様に目を覚ましていただく番ですわ」
あれは・・・スロトが捨てた、我が父ジャイラフの形見・剣斬りの剣だ。
折れた剣を見て呆然とする親衛隊・・・特にララは口を押さえて驚いておる。
「なぁに、力の入れ方と角度と素早さ、そして精神統一さえあればできる事だ」
引き続き僧侶の臨時大総会へ移行するミルを残し闘技場を後にする・・・
レンはまだ手が震えているようだ、私の斬った技で少々怯えさせてしまったのかも知れぬな。
「そうだな、あのお方を蘇らせる事が、この国の、そして私の存亡にかかっておる」
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めくる