朝・・・とはいえまだ夜は明けていない、

早朝の処刑準備を考えれば、見舞いに来れるのはこの時間しかないからだ、

私はいまだピクリとも動かぬ愛しい人を抱擁する・・・術をかけるシャクナに気を使いながら。

 

「そなたよ・・・もうすぐ、そなたの仇を討ってくるぞ・・・」

 

そう、どうしても先に報告しておきたかった、

それには私のとある決心があるからだが・・・それより今は、

何かにつけて愛しい人を触れておきたいと思っているだけかも知れぬな、自我を保つために。

 

「あぁ・・・私はそなたのためならば何でもするぞ・・・そなたを救うためならば・・・この身を全て捧げようぞ・・・」

 

いくら語りかけても一向に応えてはもらえない、

これが、私に与えられた試練なのか、罪の重さなのか・・・

もし私に償える事があればどんな事でもしよう、だから、せめてこのお方の命だけは・・・!!

 

コンコン

 

「失礼します」

「ルルか、入るが良い」

「はい・・・準備が全て整ったそうです、処刑場に僧侶たちも次々入場しています」

「あいわかった、だがせめてあと10分、いや5分・・・・・やはり行こう」

「シャクナさん、後はお願いするよ、警備も厚めにしておくから」

 

無言でコクリと頷いたのち、術を強くするシャクナ・・・

あまりこのお方への未練を引きずったままだときりがない、

ルルもぎりぎりまで待ってから呼びにきてくれたのであろう、もう行かねばならぬ。

 

「処刑場は中央闘技場であるな?」

「はい、まだ日も昇っていないのに国中の上級・特級僧侶がみんなきてるみたいです」

「私はあまり見せしめというものは好まぬが、国民を納得させるにはこれしかあるまい」

 

本来ならシャクナも昇級最初の仕事として立ちあわせてやりたい所だが、

何よりも最優先させるべき仕事があるからな、シャクナのためだけに処刑を延期する訳にもゆくまい。

 

「ではルルよ、私の剣を用意してくれ」

「護身用ですね、すぐに取ってきます」

「私は先に向かっておく、後から追いつくが良い」

 

・・・・・歩きながら精神統一をする、

これから闘技場で始まるのは、まさに決闘だ。

首謀者を処刑するという1つのけじめによって、その先へ進むための通過儀礼・・・。

 

「あのお方が、もうすぐ人生最大の戦いに挑むのだ・・・私とて闘わなくてはならぬ」

 

1歩1歩、精神を研ぎ澄ましつつ歩く・・・

倒れる前と今では私の体はかなり衰えているであろう、

正気に戻ってからも忙殺されていたからな・・闘う感覚だけでも倒れる以前の状態に近づけなくては。

 

「・・・・・・・」

 

城の外、涼しい外気を吸い込むと一気に神経が張り詰める。

闘技場が近づくと、新鮮なプレッシャーが私にのしかかってくる。

愛する人を守るために闘う・・・あのお方が私のためにしてくれた事を、今度は私がする番だ。

 

「自己満足にしかすぎぬかも知れぬが、私の今やれる事はこれしかないからな」

 

ぶわっ、と朝の風が私の髪を持ち上げる・・・

見えない力が私の体を徐々に熱くしていくようだ。

 

「ハプニカ様!持ってきました」

「ルル、ご苦労」

 

剣を持ち、構え、振り下ろす!

 

ブオッ!!!

 

・・・一振りでまわりの空気を刃物に代えたような、稲妻の様な斬り・・・これだけ振れれば闘えるであろう。

 

「ハプニカ様・・・今、何もないのに空気が切れて見えました」

「そうか、久々の実戦だからな、ルルがそう見えたのなら安心だ」

「実戦ってハプニカ様、まさか・・・!?」

 

闘技場に入り天覧席のある天覧室へ向かう、

嫌な汗が滲む・・・やはりあの悪夢を思い出しそうになるからか、

足が震えそうになるのをぐっと下唇を噛み、こらえる・・・つくとすでに皆が揃っていた。

 

「・・・朝早くご苦労である、が、ララよ、お前はまだ強制休養の身であろう」

「はい、しかし私は望んで謀反の結末を見たく思いまして、休暇を利用して見せていただきます」

「そういう事か、なら何も言わぬ、終わったらすぐに自室へ戻るのだぞ」

 

そっとララの肩をたたいたのち、

今度はレンと仲良さそうに座るミルの元へ歩む。

 

「ミルよ・・・私にもし、何かあった時・・・この国を頼むぞ」

「・・・・・・・・お姉さまぁ、お姉さま自身がぁ、この国と同じなんですぅ、だからー・・・」

「わかっておる・・・リリよ、頼んでいたものをこちらへ」

 

私の剣より、ひとまわり、いや、ふたまわり大きな剣・・・

闘技トーナメントで観た、あの剣だ・・・私はそれも忍ばせる。

 

「・・・そろそろであるな」

 

部屋から天覧席のあるバルコニーへ出る、

闘技場は満員、とはゆかぬものの上級・特級僧侶たちが白い服・黒い服に身を包んで待っておる。

そして中央の特大ステージ、その中央にただ一機のみ用意されたギロチンがそびえ立っている。

 

「リリ、警備にぬかりは無いな?」

「はいー、同じ失敗はもう2度といたしませんー」

「それは私とて同じだ・・・さて、皆に挨拶だ」

 

一番前へ出て全客席へ手をあげる・・・

超満員と見まごう程の歓声や拍手があがる、

あの悲劇以来、皆の前へ公式に姿を見せるのは初めてであるからな・・・ふらつく訳にはゆかぬ。

 

「・・・・・もう良いであろう、これで処刑が無事に済めば、全国民に私の健在が伝わるはずだ」

「実際はー、ほんの2日前にやっとー・・・」

「・・・レン、こちらへ来るのだ」

 

辛そうな表情をしておる・・・

幼いレンにとって、この悲劇の舞台は思い出したくも無いトラウマになっているのだろう、

本来ならばこの闘技場へ近づける事すらさせてはいけないのかも知れぬが、レンが己の心に打ち勝つには、これしか無い。

 

「レン、あのお方が見る事ができない分、しっかり見ておくのだぞ」

「・・・はぁい・・・」

 

空が明るくなってきた、もういつ日が地平線から出てもおかしくないであろう。

出てきたと同時に会場へ連れてこられるはずだが・・・来た、悲劇の首謀者・スロトだ。

 

「では参る・・・最後に何があるかわからぬゆえ、皆、油断するでないぞ」

「おねえさまぁ!?」

「ミル、私を信じておれ・・・私もミルを、そして皆を信じる」

 

そう、もしも私の身に何があろうともな・・・

私は悲劇の日に設置されたままであった階段を使い、

天覧席から直接、闘技場のステージへと降りる・・・私を見て驚くスロト。

 

「ば、ばかな!ムッホン!さては、偽者を連れてきたな!?」

「残念だが私は健在だ、見ての通り多少やつれたがな、気はしっかりしておる」

「確かに、確かにハプニカは発狂したはず・・・なのに、なのになぜだっ!?」

「それはすなわち・・・あのお方が生きている、という事だからだ」

「それこそ馬鹿な!あのような怪我で生きていられる人間など、おる訳がなかろう!!」

 

あきらかに取り乱しておる、

まあ、処刑前という事で恐怖におののいておる部分もあるのかも知れぬがな。

 

「さてスロトよ、お主の処刑であるが・・・このままでは私の気が済まぬのだ」

 

懐にしのばせてあった大きい剣を床に転がす。

 

「おい、スロトを放せ」

「は?よろしいのでしょうか」

「命令だ、放せといったら放すのだ!」

 

戸惑いながらもスロトの鎖を外す衛兵。

私はその衛兵すら腕で人払いする、これでステージ上は私とスロトのみだ。

 

「スロトよ、そなたに最後の機会をやろう、それで私を斬れるものなら斬るが良い」

「ぬう?こ、これは・・・剣斬りの剣!ジャイラフ様のではないか!」

「そうだ、お主がジュビライに持たせた、我が父の形見・・・その剣ならば、うまくいけば私の剣もろとも敵討ちできるぞ」

 

私も剣を抜き構える。

 

「さあ、拾うが良い、私はまだ病み上がりだ、お主にまだ信念があれば、勝てる可能性はゼロでは無いであろう」

「ぬぬぬ・・・」

「さもなくば、その剣で自害するが良い・・・さあ選べ、お主の最後の技量を見せてもらうぞ!」

 

考え込むスロト・・・

私はいつ斬りかかられても良いように隙を作らず構え続ける。

闘技場は予想外の展開に固唾を飲んで見入っている、無論、親衛隊も、そして妹のミルでさえも。

 

「・・・・・ハプニカよ・・・・あいわかった!」

「さあ、どうするのだ!」

「ムッホン!その手にはのらぬぞ!!」

 

力なく剣斬りの剣を落とすスロト・・・どういう事だ!?

 

「ハプニカ、お前はワシにジャイラフ様の仇を討たせようとして、晒し者にする気だな?」

「晒すも何も、それを言えば私も負ければ晒し者だ」

「そうではないぞ!ウッホン!こういう形でワシを剣で処刑する事により、民衆を納得させるつもりであろう!

「そのような政治的意図は・・・・・否定はせぬが、私はお主の意地が見たいのだ」

「フンッ!誰がお前の思い通りにしてやるものか!ワシがあがくのを皆に見せて、悪いのがワシだとはっきりさせたいのだろう!」

 

・・・やはり一筋縄ではゆかぬか。さすがはこやつも策士であるな。

 

「スロトがそう思うならば、潔くその剣で切腹を・・・」

「その手も食わぬぞハプニカ!自害すればワシが罪を認めた事になる!それもまたそなたの勝ちではないか!ウッホン!」

「ではどうするというのだ?私はせめてお主に敬意を払って介錯をするつもりで・・・」

「うるさいわ!さっさと処刑するが良い!ワシは無駄あがきせず、粛々と処刑されてやるわい!!」

「・・・・・・・好きにしろっ」

 

剣をしまい、背を向ける・・・

そのままステージをゆっくり降りる・・・ふむ・・・何もせぬか・・・

戦いを拒むと見せ掛け、私を油断させ、スロトが剣斬りの剣を拾って斬りかかるなり投げるなりするかと思ったが・・・

どうやらおとなしくギロチンに装着されたようだ、最後まで私の神経を逆なでする奴であったな、

斬りかかってくれば返り討ちにできたのに・・・まあ、これこそがスロトの最後に見せた意地とプライドなのだろう。

 

「・・・・・やれ」

 

手で合図をする・・・

闘技場が静寂に包まれたのち、

銅鑼の音が鳴り響く・・1回・・・2回・・・3回・・・・・

 

ゴーーーン・・・ゴーーーン・・・・・ゴーーーーーン・・・・・・・

 

7回・・・8回・・・客席ではすでに目をそむけている者もいる、

祈り続ける者、冷たい目で見つめる者・・・・11回・・・12回・・・・・次だ。

 

ゴィーーーーーーーーーーン・・・・・

 

最後の、13回目の銅鑼の音が静寂に包まれたのち、

張り詰めた空気の中、シュッ、と大きな刃が滑り落ちる音・・・・・

ガタン、と一番下まで落ちたのち、何とも言えぬ複雑な、言い表せない空気と声が漂う。やがて・・・

 

「・・・・・ハプニカ様ばんざーーーい!」

「ハプニカさまーーー!この国を頼みますぞーーー!!」

「ハップーニカ!ハップーニカ!ハップーニカ!!!」

 

火をつけたように燃え上がる観客席・・・

これで一応、国民も少しは気が晴れるであろう。

天覧席に戻ると皆が迎えてくれた・・・ララが心配そうに声をかける。

 

「ハプニカ様、スロトは最後まで曲者だったようですわね」

「あぁ・・・おかげで最低限の処刑しかできなかったが、けじめはついた」

「では後は、ハプニカ様と並ぶもう1人の主役様に目を覚ましていただく番ですわ」

 

・・・衛兵が何か持ってくる、

あれは・・・スロトが捨てた、我が父ジャイラフの形見・剣斬りの剣だ。

 

「レン、それを持って構えよ」

「えっ!?は、はいぃ〜」

「しっかり持っておるのだぞ」

 

私は己の剣を抜き、

 

「・・・・・ハァーーーッ!!!」

 

ガキィィンッッ!!!

 

・・・・・ポキッ、ガシャガシャンッ!!

 

「・・・・・これで良い」

 

折れた剣を見て呆然とする親衛隊・・・特にララは口を押さえて驚いておる。

 

「そんな!剣斬りの剣を、逆に、斬ってしまわれるなんて!?」

「なぁに、力の入れ方と角度と素早さ、そして精神統一さえあればできる事だ」

「・・・・・スロトに持たせて、攻撃させたかったですわね」

「その方が1度で済むので楽だったのだがな・・・では帰るぞ」

「はい、私は休養の続きをさせていただきます」

 

私は刃こぼれ1つない自分の剣をルルに渡し、

引き続き僧侶の臨時大総会へ移行するミルを残し闘技場を後にする・・・

レンはまだ手が震えているようだ、私の斬った技で少々怯えさせてしまったのかも知れぬな。

 

「レンよ、シャクナを助けてやってほしい」

「はぃ〜〜・・・もぅ、きりかえますぅ〜〜〜」

「そうだな、あのお方を蘇らせる事が、この国の、そして私の存亡にかかっておる」

 

スロトの事は、もう考えるまい・・・・・

 

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