あのお方の治療室ではシャクナとミルが揃って回復術をかけている。
「どうした?一人が術をかけている間はもう一人が休まぬとまずいであろう」
「お姉さまぁ、リュームさまにかわっていただいていたからぁ、平気ですぅ」
「はい、わたくしもリュームさまからいただいた回復薬をいただいて、すっかり楽になりました」
「そうか・・・だからといって体力をセーブしておかぬと、後で響いてくるであろう」
「お姉さまの心配していることはぁ、ちゃんと考えてますぅ、それよりもぉ、もうすぐ決めることがぁ・・・」
「リュームさまとも相談したんだけどぉ、この回復魔法はぁ、もうすぐやめなきゃいけないかもぉ」
「どういうことだ?蘇生の見込みはもう、ないとでもいうのか!?」
「違うのぉ、生き返らせるためにぃ、魔法を止める方法もあるのぉー」
「・・・・・ミル様は治療に専念ください、ハプニカ様、このわたくし・シャクナに説明させていただけますでしょうか?」
「うむ、遠慮せず話すが良い、一体どういう事だ?治療を止めるとは、どういう事だ!?」
おずおずしていたシャクナが、キリッとした表情を引き締め、私に語りはじめる・・・
「このまま魔法での治療をし続ければ、確かにトレオ様・・・このお方の命は永らえ続ける事はできます、
しかしそれでは、このままの治療法では、生命維持でしかないので、意識を取り戻す可能性は非常に低くなってしまいます、
つまり、眠っている人をずっと起こさない状態になってしまっているのです、トレオ様は自分の力で何もしなくとも
生きていられる訳ですから、目を覚ます事はないでしょう、それは死ぬことはなくても、起きる事はなくなってしまう・・・!」
・・・なるほど、魔法で無理矢理生かしておる以上、自らの力で目覚める力が無くなってしまうという訳か。
「ですから、トレオ様・・・このお方に目を覚ましていただくには、良きところで蘇生魔法・回復魔法を止めて、
自らの力で呼吸をしていただき、徐々に自然治癒していただかなくては、目を覚ます事はできなくなってしまうでしょう。
しかし、もし回復魔法を止めても、自発的に呼吸ができなかったり、自発的に胸の鼓動ができなくなった場合は・・・」
大きすぎるリスクだが、このお方を本当の意味で蘇らせるには、それしかない訳であるな。
「そこでハプニカ様に決断していただきたいのです、このまま、トレオ様の寿命尽きるまで回復魔法をし続け、
眠りながらも生き続けていただくか、それとも、魔法を止めて、トレオ様の生命力に賭けて結果を待つか・・・!!」
「はいっ、リューム様とも相談した結果、あと1週間までに決断しなければ・・・」
「もう目を覚まさなくなっちゃうのぉ、おねぁさまぁ、どうしましょうー」
「は、はいっ!私は、ハプニカ様の指示に従うまでです、生涯、魔法を続ける覚悟はできておりますっ!」
「私はぁ、おねぇさまと一緒ですぅ、おにぃちゃんのぉ、笑顔がみたいのぉ、声がききたいのぉ!!」
「・・・そうであるな・・・だが今、決断するのは容易いが、もう少し待って欲しい・・・準備が必要だ」
やるからには、こちらも万全を期せねばならぬ・・・このお方も最後の戦いをする事になるのだからな。
「・・・・う・・・うぅ・・・うぁぁあああああああああ!!!」
「・・・ハプニカ様、こんな遅くまでの皇務はお体に差し障ります」
「今更なにを言っておる、心配するな、あのお方に比べればこれくらい何ともないぞ」
「ですが・・・体が玉座に張り付いて、離れなくなってしまいます」
「心配するな、この玉座はあのお方のもの・・・私は暖めておいているだけだ」
「わかりました・・・それでハプニカ様、リリ姉さんから言われた通り、マリーを連れてきました」
「・・・おお、そうであったな、すっかり忘れておったが・・・明日ではいかぬか?」
「はい、明日、スロトの処刑があるし・・・ついさっき、マリーに任せていた今日の尋問が終わったみたいなので」
「今日とな・・・もう日付が変わっておるではないか?まあ良い、連れてまいれ」
「ハプニカ様!数々のご無礼、ほんっとうに申し訳ございません!私どもの悪事、万死に値します!この償いは・・・」
「・・・・・マリーよ、久しぶりだな、上辺だけの儀礼はもう良い、そなたの話しやすいように話せ」
「・・・あらそう・・・じゃあ、もうかしこまらない事にするわ」
そもそも継承順位は相当開いているものの、同じ皇室の血筋であったからな、
昔から会ったときもこのような口調であった・・・ん?マリーの顔が汚れておる・・・
ペロリと舐め取る・・・さて、マリーには聞きたいことが山ほどあるのだが・・・
「で、どうするの?ハプニカが元気になった以上、私は処刑されるでしょうね」
「覚悟はとっくにできているわ、で、火あぶり?ギロチン?恨んでるんだったらそれだけ苦しい殺し方にしていいわよ」
「あいかわらずサバサバしておるな、マリーは・・・こんな時でも変わらないと見える」
「死ぬまで私は私でいたいの、私は玉座が欲しくて勝負に出て負けた、負けた以上、罪は背負うわ・・・スロトに唆(そそのか)されたとしてもね」
・・・・・こうした度胸が私と血が繋がっている所かもしれぬな。
「・・・そりゃあ怖いわよ、実際、処刑場に行くとなったら足が震えるでしょうね、直前には命乞いもするでしょう、でも・・・」
「もう私には何もないからね、謀反の謀略で負け、トーナメントの戦いでも負け、私の一番の武器である性の技でもミルに負け・・・」
「何もかも全部負けて、もうなーんにも残ってないから、あきらめたのよ」
「もちろんしてるわ、こんな事になるなら女王の座になんて目が眩むんじゃなかった、やらなきゃよかった、って」
「やらなきゃよかった、の中には当然、ハプニカ様やハプニカ様が夢中なあの子への申し訳ない気持ちも含まれてるわよ」
やはり憎めぬな、私と違うようでどこか似ておる、このマリーという人物は・・・。
「許すと申しておる、そもそも皇室の一族を裁けるのは皇室の者のみ、その私が許すと・・・」
「ちょちょ、ちょっと、正気?私なんか生かしておいてどうするのよ?」
「後悔しておるのならそれで良い、皆に甘いと言われようと、私はそう決めたのだ、たった今な」
あきらかに動揺しておるマリー、命が助かったというのにこの慌てよう、信じられぬようだ。
「そうは言っても神輿として担がれただけであろう、立場を利用されただけだ」
「たとえ筋書き通りに行ったとしても、私はそなたを返り討ちにしていたであろう」
「あのボウヤを私の性の技で、体中傷だらけにしたっていうのに!?」
それは確かに許せぬな・・・罰としてその時の様子を事細かく説明させようぞ。
「こうなったのは私にも責任がある、マリーを戦争の前にスバランの木へかくまった時、もっとケアしておくべきであった」
「まあ、無罪放免とはいくまい、この国の復興のために手伝ってもらう」
「でもまた私が裏切るかも知れないわよ?前国王と前王子を倒したとき、みんな内心恨んだわ、それを繰り返すつもり?」
「マリーは今でも私を恨んでおるのか?スロトが処刑になって私を恨むか?もしやマリー、そなたスロトとできておるのか?」
あきらかに嫌そうな表情・・・スロトとは恋仲ではなかったようだ。
「お人よしね、こんな形で生かせてもらっても、生きた心地がしないわ」
「それは私とて同じだ、あのお方が意識を取戻すまで、私の命は保留になっていると言ってよい」
「そっちも大変みたいね・・・で、どう償えば良いのかしら?とりあえず謀反者の尋問は続けさせてもらうけど」
「うむ頼む、それに関する権限はそなたに与えよう、もうこうなったらそなたを信用させてもらう」
「・・・・・言葉でも私の負けだわ、ハプニカ様を言いくるめてあっけなく死んでやろうと思ったけど、また私の負け」
・・・本当に信用して良さそうであるな、油断はせぬが、もう大丈夫であろう。
「尋問の全権をくれる訳ね・・・じゃあこれからは効率を良くするためにも本気でやらせてもらうわ」
「今まで手を抜いておったというのか?そなたからの尋問書にはそのような様子は無いが・・・」
「手を抜いたんじゃなくって手加減してたの、私の性の技で尋問してたんだけど、やりすぎないように苦労してるのよ」
「やりすぎたらどうなるのだ、思うようにやれるとどうなるのだ?本気になるとどうなるというのだ」
「そうね、よっぽど死刑になるくらいの悪いやつにしかやらないけど・・・性的不能、精神崩壊、さらには・・・悶絶死ね」
そのマリーに勝ったというミルは一体なにをどうやったというのであろうか!?
「まあね・・・裏ではあんなにペラベラ喋ってた大臣も、急に口結んじゃったりしてるから」
「わかった、処刑の権限も与えよう、ただし、処刑の可能性がある尋問の前に、出来る限りの証拠を私に見せてからであるぞ」
「わかってるわ、無駄な殺しはしない・・・親衛隊の誰か1人を私の監視につけておくといいけど、その暇はなさそうね」
「出来る限り人は付けよう、私も手が空いてあれば一部始終を見学させてもらうぞ」
「ハプニカ様はそこまで私を信用してくれているのね、私に都合の悪い者だけを黙って殺すかも知れないのに」
「そなたの命はもう助かっておる、だから命を守る必要は無いであろう、それと私が身を守るのはまた別だからな」
「私が信じられなくなったり少しでもおかしな事を企んでると思ったら、遠慮なく首を狩っていいわよ」
「そのつもりだ、同じ失敗は2度は踏まぬ、無論、あのお方の警備に関してもな・・・では本当に・・・頼んだぞ」
「はい・・・ハプニカ様・・・あらためて・・・忠誠を誓わせていただきます・・・・」
「お腹の子供の事?ラーナンは自分の命と引き換えにしても産みたいと思ってるんじゃないかしら」
「やはりそうか・・・では飛び降りたというのは発作的な出来事だったのであるな」
「もし子供が産まれてからの将来を考えたら、悲観的にもなるでしょ。わかったわ、ラーナンについても任せて」
「ああ頼む、うまく説得して欲しい・・・子供だけは私も助けてやりたいのだ」
マリーにもう一度謀反を起こす気力も戦力も野望ももはや無いであろう。
そうとなればこの国のために働いてもらうのみ、国民はそう簡単に許しはせぬが、
大臣が半分も減って人手が絶望的に足りぬのだ、油断さえせねばきっと立派に務めてくれよう。