心の奥がどんよりとし、胃がむかむかする・・・それもそのはずだ、あのお方が心配で・・・
「よし、せめて皇務が始まるまでの間だけでも、看病させてもらうぞ」
「はいー、お待たせするのは悪いのでもうお城に入っていただいていますー」
「・・・リュームさまが、どうしてもとおっしゃったのでー・・・」
あのような状態を見ては、アバンスで治療させるなどと言って連れて行かれる恐れも・・・!!
「ご覧の通り、今は私が回復魔法をかけさせていただいてますわ」
「そうか、しかしわざわざそれだけのために来た訳では・・・待てリューム、まさか・・・知っていたのか!?」
「私もアバンスの王妃として、情報収集はさせていただいてますから」
「・・・そうか、さすがはセルフ殿の妻であるな、素晴らしいと思うぞ」
「これもハプニカ様の影響なのですよ、影の部分の皇務に、非常に参考にさせていただいていますわ」
「せっかく来ていただいてすまないが・・・このことは秘密にしていただきたい、そしてこのお方は私が・・・」
「わかっています、セルフも気付いてはおりませんし私から話すつもりもありませんわ」
違う術手の魔法が新鮮なのか、愛しい人の肌が、少しだけ良い色になった気がした。
「情報を聞いて、そっとしておくのが1番だとは思いましたが、どうしてもお見舞いがしたくて・・・」
「それでこっそりと来てくれた訳か、しかもこんな早朝に・・・」
「ええ、一緒に闘って生き抜いた仲間ですもの・・・もちろん、ハプニカ様も」
助けを呼ばずとも、わざわざ来てくれるとは・・・しかも心配りまで。
「私はこうして3時間だけ治癒魔法をかけさせていただいたら、すぐに帰りますから」
「あまり長く戻らないと言い訳ができませんものね・・・あ、お土産がありますの」
「先ほどルルちゃんにお渡しした、発汗を抑える回復薬ですの、アバンス特産ですわ」
「これは・・・飲み薬か?そうか、では意識が戻ったら飲ませ・・・」
「いえ、これはミルちゃんに飲ませるためです、回復魔法をかけられる方にばかり目が行って、
回復する術者の疲労回復に目がいかない事がよくあります、最悪の場合は命を引き換えにしてという事も・・・
それが無いように、回復魔法をかける術者のための回復薬ですのよ、これで効率も良くなると思いますの」
「早く良くなるといいですわね、セルフに気付かれると無理矢理にでも奪うとか言ってうるさい事になるでしょうから」
「あぁ・・・リュームよ、このような失態を犯してしまって済まない・・・全ては私のせいだ」
「起きてしまった事は仕方ありませんわ、と、これはハプニカ様が大戦でよくおっしゃってた言葉ですけど」
「そうか・・・早く私も、私を取り戻さないといけないな、まだ完全に自分を取り戻してはおらぬようだ」
「でも元気そうでよかったですわ、実はハプニカ様のお見舞いも兼ねてこちらへ来たのですから」
「感謝する・・・では、こちらはしばらく任せた・・・帰りの挨拶は無用だ、そのかわり・・・次は笑顔で会おう」
私も皇務に集中すべきだな、朝食と同時に書類に目を通そうぞ・・・。
「ふむ・・・リリよ、やはり裏切り者の数が半端ではないな・・・」
「はいー、大臣の半分がー・・・やはり前国王の大臣を残したのがいけなかったようですー」
「まんまと騙されたという訳か・・・見抜けぬ私に全ての原因がある」
「はじめはー、ハプニカ様に本当に尽くして国を復興させてー、その後でー・・・」
「復興だけ私にさせておいて、後で首を挿げ替えようと密かに企んでおった訳か」
「復活した闘技大会でハプニカ様を暗殺する計画は、ずいぶん前から練られていたそうですー」
「トーナメントでマリーを優勝させ、私の首を刎ねる計画だったとはな」
「そうですー、ジュビライがレン様に深手を負わせてー・・ただあのお方が参加なされた事で計画が一気にー・・・」
う・・・目がかすれて読みにくい・・・ふむ・・・字が滲んでおる・・・
「マリーと戦う相手は全てスロト側の人間になるように仕込んであったのだな」
「そうする事でー、レンと闘う決勝までに楽な八百長試合をして体力を蓄えようとー」
「その渦中にあのお方がトレオとして入ったため、慌てて倒そうとした訳か・・・酷い話だ」
「あのー・・・ここに入られてからずっと流してらっしゃる涙をー・・・」
「いや、かまわぬ・・・涙を拭いてしまうと本格的に泣き出してしまうゆえ、食事と皇務ができなくなる」
だが、これで良いのだ、涙を流す事で体があのお方を心配しておる、
よって心、頭脳の方は皇務に専念できる・・・じきに慣れるであろう。
「いえー、こればかりは食事中ではない方がー・・・処刑執行の書類ですのでー」
「はいー、スロト殿は『ハプニカの精神を破壊した事を早く国王殿に報告したい』とー・・・」
「それはまずいであろう、スロトは即刻処刑せねば、皆が納得せぬ」
「しかしー、尋問もありますしー、ハプニカ様が正気に戻られてからの方がスロトに対してー・・」
「首謀者を無駄に生かしておく事はあまりにもリスクが大きすぎる!判は後だ、今すぐ処刑せよ!」
皿の上の食事が踊る・・・あやうく落ちそうになった皿をメイドが戻す。
「いや待て、少し熱くなってしまった・・・そうだな・・・うーむ・・・」
「・・・そうだな、しかし国民全てに見せる訳にはゆかぬ・・・上級僧侶、特級僧侶にのみ立会いを許せ」
「はいー、それでは執行は明日朝にー・・・ルルを呼んで準備をさせますー」
ぅ・・・食事が終わったらもう一瞬だけで良い、あのお方を見たいぞ・・・・・
「・・・ふむ、兄の愛人であったのか、幼いミルに見抜けなかったのも無理はない」
「その分ー、私どもが見抜かなくてはなりませんでしたー、申し訳ございませんー」
「それは私とで同じだ。・・・・・しかしなぜ保留なのだ?とっくに処刑しててもおかしくあるまい」
・・・兄の愛人であったがゆえに、早く兄のもとへと逝きたがっておるラーナンを、
思い通りにさせず苦しめるためか?それとも何か重要な証拠でも隠しておるというのか・・・?
「はいー、ハプニカ様の兄ー、ジャヴァー王子さまのー・・・あ、元王子さまのー・・・」
「おそらくー・・・お腹の大きさから考えても証言と一致いたしますー」
「お腹が目立ちはじめてからはー、身を隠していたそうでー、ハプニカ様に手をかけたときもー、服でごまかしてー・・・」
「謀反者以外ではー、私達とミル様以外はー、妊娠は知っていても子供の父親まではー・・・」
「いえー、あー、マリーさんは知っていたかも知れませんがー・・・」
「・・・後でマリーを呼んでまいれ。むう、しかし困ったな・・・」
「はいー、血筋だけで言えばー、正当な継承権を持つ次期国王はー、ラーナンのお腹の赤ちゃんがー・・・」
「全てを闇に葬るのはー、すごく簡単な事ですがー、しかしー・・・」
「わかっておる、それではレンを慌てて消そうとした父や兄と同じになってしまうからな」
無論、産まれて来る子供に罪は無い。たとえ呪われた血であっても・・・
「それがー、生まれても不幸になる子供ならー、共にジャヴァー王子とあの世で暮らしたいとー」
「道連れにしたいと申すか・・・本当にそれが本心であろうか?」
「ハプニカ様に手をかけたときもー、失敗して窓から飛び降りたくらいですからー」
「なんと無茶な事を・・・まあ生きておるから助かったのだろうが・・・うーむ・・・」
何としてでも助けたい・・もう罪の無い人間が殺されるのは耐えられない。
父や兄を正せなかった分、兄の唯一残した子供を立派に育ててこの城に残したい・・・
「・・・今、この状態になってもラーナンが生きているということは、子供に未練もあるのだろう」
「そうかもしれませんー、牢に入ってからは自害するようなそぶりは見せていませんからー」
「きっと葛藤しておるのだろう、産むべきか、それとも共に死ぬべきか・・・安心させてやらねばな」
「でもー、赤ちゃんを助けてもー、ラーナンはどういたしましょうかー、罪は罪ですしー・・・」
「・・・だな。仕方あるまい、産まれた子供を一目見せて・・・あとは・・・・・償ってもらおうぞ」
過去の歴史がそれを物語っておる・・・だからこそ我々の手で立派に育てて、
兄の子であれば、間違った方に進まなければきっと成し遂げるはずだ。
もし自分の出生を知ってしまっても、歪んだ道へ進まぬよう・・・責任重大であるな。
「よし、ラーナンは説得しよう、いざとなれば私が直々に牢へ行くぞ」
「ハプニカ様が赴かれるのですかー?・・・・・まずは私たちの方でー・・・」
「ああ、だが慎重にな、結果的にラーナンはあの世へ、その子供はこの世へと離れ離れになるのであるから・・・」
・・・・・処刑されるラーナンと産まれて来るその子供の事を考えると、
胸が重くなり、急にあのお方に会いたくなった・・・あのお方の温もりが、ほしい・・・・・
「は、はいー、ではラーナンについての指示をしてまいりますー」
「うむ・・・頼んだ・・・うぅぅ・・・まずい・・・また・・涙が・・・・・」
いかにあのお方が私の心を支えているか、あのお方が私の命であるかを思い知らされる。
涙の粒を後ろへ流しながら・・・この涙を止められるのは・・・あの方のみだ!!