朝、胸の重苦しさで目が覚めた。

正気を取り戻して最初の朝であるというのに、

心の奥がどんよりとし、胃がむかむかする・・・それもそのはずだ、あのお方が心配で・・・

 

「よし、せめて皇務が始まるまでの間だけでも、看病させてもらうぞ」

 

あのお方の顔を見なくては何も始められぬ、

おそらくそれは、今日から毎朝続くであろう。

目が覚めるその日まで・・・必ず来るであろう、その日まで。

 

コンコン

 

「ん?入れ」

「ハプニカさまー」

「おおリリ、あのお方の様子ははどうだ」

「変わりはありませんがー・・・お客様がー・・・」

「こんな朝早くからか?一体誰が来たというのだ・・・」

 

よほどの客人でなければ帰ってもらおう。

 

「それがー、お忍びでー、リュームさまがー・・・」

「なにっ!?アバンスの、リューム、王妃がか!?」

「はいー、お待たせするのは悪いのでもうお城に入っていただいていますー」

 

一体なぜ・・・まさか、セルフの遣いであのお方を奪いに!?

 

「もしや、あのお方の部屋に通したのではあるまいな?」

「・・・リュームさまが、どうしてもとおっしゃったのでー・・・」

「いかぬ!あのお方に今、会わせる訳にはゆかぬのだ!!」

 

部屋を飛び出しあのお方の病室へ走る!!

あのような状態を見ては、アバンスで治療させるなどと言って連れて行かれる恐れも・・・!!

 

ガチャッ!!

 

「リューム!!」

「・・・あら、ハプニカ様、お久しぶりですわね」

「何を・・・・・しに来た」

「ご覧の通り、今は私が回復魔法をかけさせていただいてますわ」

「そうか、しかしわざわざそれだけのために来た訳では・・・待てリューム、まさか・・・知っていたのか!?」

 

あのお方が、このような状態である事を!!

 

「私もアバンスの王妃として、情報収集はさせていただいてますから」

「・・・そうか、さすがはセルフ殿の妻であるな、素晴らしいと思うぞ」

「これもハプニカ様の影響なのですよ、影の部分の皇務に、非常に参考にさせていただいていますわ」

「せっかく来ていただいてすまないが・・・このことは秘密にしていただきたい、そしてこのお方は私が・・・」

「わかっています、セルフも気付いてはおりませんし私から話すつもりもありませんわ」

 

話しながらも回復魔法を波のようにかける・・・

違う術手の魔法が新鮮なのか、愛しい人の肌が、少しだけ良い色になった気がした。

 

「情報を聞いて、そっとしておくのが1番だとは思いましたが、どうしてもお見舞いがしたくて・・・」

「それでこっそりと来てくれた訳か、しかもこんな早朝に・・・」

「ええ、一緒に闘って生き抜いた仲間ですもの・・・もちろん、ハプニカ様も」

 

ありがたい・・・

助けを呼ばずとも、わざわざ来てくれるとは・・・しかも心配りまで。

 

「私はこうして3時間だけ治癒魔法をかけさせていただいたら、すぐに帰りますから」

「そうか、セルフに黙ってきたのであるな」

「あまり長く戻らないと言い訳ができませんものね・・・あ、お土産がありますの」

 

部屋の隅に座っていたルルが何か瓶を取り出した。

 

「先ほどルルちゃんにお渡しした、発汗を抑える回復薬ですの、アバンス特産ですわ」

「これは・・・飲み薬か?そうか、では意識が戻ったら飲ませ・・・」

「いえ、これはミルちゃんに飲ませるためです、回復魔法をかけられる方にばかり目が行って、

 回復する術者の疲労回復に目がいかない事がよくあります、最悪の場合は命を引き換えにしてという事も・・・

 それが無いように、回復魔法をかける術者のための回復薬ですのよ、これで効率も良くなると思いますの」

 

なんと言う気配り・・・本当に感謝だ。

 

「すまない、そこまでしてもらって・・・」

「早く良くなるといいですわね、セルフに気付かれると無理矢理にでも奪うとか言ってうるさい事になるでしょうから」

「あぁ・・・リュームよ、このような失態を犯してしまって済まない・・・全ては私のせいだ」

「起きてしまった事は仕方ありませんわ、と、これはハプニカ様が大戦でよくおっしゃってた言葉ですけど」

「そうか・・・早く私も、私を取り戻さないといけないな、まだ完全に自分を取り戻してはおらぬようだ」

「でも元気そうでよかったですわ、実はハプニカ様のお見舞いも兼ねてこちらへ来たのですから」

「感謝する・・・では、こちらはしばらく任せた・・・帰りの挨拶は無用だ、そのかわり・・・次は笑顔で会おう」

 

リュームは微笑むと完全に治療へと集中した、

私も皇務に集中すべきだな、朝食と同時に書類に目を通そうぞ・・・。

 

 

 

 

 

「ふむ・・・リリよ、やはり裏切り者の数が半端ではないな・・・」

「はいー、大臣の半分がー・・・やはり前国王の大臣を残したのがいけなかったようですー」

「まんまと騙されたという訳か・・・見抜けぬ私に全ての原因がある」

 

パンを頬張る・・・少し湿っておるな・・・

 

「はじめはー、ハプニカ様に本当に尽くして国を復興させてー、その後でー・・・」

「復興だけ私にさせておいて、後で首を挿げ替えようと密かに企んでおった訳か」

「復活した闘技大会でハプニカ様を暗殺する計画は、ずいぶん前から練られていたそうですー」

「トーナメントでマリーを優勝させ、私の首を刎ねる計画だったとはな」

「そうですー、ジュビライがレン様に深手を負わせてー・・ただあのお方が参加なされた事で計画が一気にー・・・」

 

トーナメント参加者でスロトの手下だった者は・・・

う・・・目がかすれて読みにくい・・・ふむ・・・字が滲んでおる・・・

 

「マリーと戦う相手は全てスロト側の人間になるように仕込んであったのだな」

「そうする事でー、レンと闘う決勝までに楽な八百長試合をして体力を蓄えようとー」

「その渦中にあのお方がトレオとして入ったため、慌てて倒そうとした訳か・・・酷い話だ」

 

スープを飲もう・・・

ピチャ、ピチャ、と水滴の音が・・・

構わずに飲む・・・うむ・・・塩分が僅かに増しておる・・・

 

「そのー・・・ハプニカ様ー・・・お拭きしましょうかー」

「何をだ?」

「あのー・・・ここに入られてからずっと流してらっしゃる涙をー・・・」

「いや、かまわぬ・・・涙を拭いてしまうと本格的に泣き出してしまうゆえ、食事と皇務ができなくなる」

「そうですかー・・・わかりましたー」

 

食事や書類にずっと涙がこぼれ落ちている・・・

だが、これで良いのだ、涙を流す事で体があのお方を心配しておる、

よって心、頭脳の方は皇務に専念できる・・・じきに慣れるであろう。

 

「食事が終わられましたらー、書類に判の方をー・・・」

「時間がもったいない、食べながら押そうぞ、持ってまいれ」

「いえー、こればかりは食事中ではない方がー・・・処刑執行の書類ですのでー」

「そうか・・・まだ処刑はしておらぬのか」

「はいー、スロト殿は『ハプニカの精神を破壊した事を早く国王殿に報告したい』とー・・・」

 

国王殿・・・父上のことか・・・ん?

 

「スロトはまだ処刑されておらぬのか!」

「決まりでは皇室の方しか処刑命令は出せないのでー・・・」

「それはまずいであろう、スロトは即刻処刑せねば、皆が納得せぬ」

「しかしー、尋問もありますしー、ハプニカ様が正気に戻られてからの方がスロトに対してー・・」

「首謀者を無駄に生かしておく事はあまりにもリスクが大きすぎる!判は後だ、今すぐ処刑せよ!」

 

ドン!とテーブルを叩くと、

皿の上の食事が踊る・・・あやうく落ちそうになった皿をメイドが戻す。

 

「かしこまりましたー、では早速、今すぐにー・・・」

「いや待て、少し熱くなってしまった・・・そうだな・・・うーむ・・・」

「やはり公開処刑にいたしますかー」

「・・・そうだな、しかし国民全てに見せる訳にはゆかぬ・・・上級僧侶、特級僧侶にのみ立会いを許せ」

「はいー、それでは執行は明日朝にー・・・ルルを呼んで準備をさせますー」

 

ぅ・・・食事が終わったらもう一瞬だけで良い、あのお方を見たいぞ・・・・・

 

 

 

 

 

「ハプニカさまー」

「何だリリ、涙ならようやく治まったところだぞ」

「いえー、リュームさまがお帰りになられましたー」

「そうか・・・ちゃんとお送りしたであろうな?」

「はいー、ご希望通り、目立たないようにー・・・」

 

処刑リストに判を押しているうち、

保留、と書かれた1枚の書類が目に止まる。

 

「む、これは・・・特級僧侶・ラーナン、罪状は・・・」

「はいー、心をなくしたハプニカ様に手をかけた罪ですー」

「・・・ふむ、兄の愛人であったのか、幼いミルに見抜けなかったのも無理はない」

「その分ー、私どもが見抜かなくてはなりませんでしたー、申し訳ございませんー」

「それは私とで同じだ。・・・・・しかしなぜ保留なのだ?とっくに処刑しててもおかしくあるまい」

 

・・・兄の愛人であったがゆえに、早く兄のもとへと逝きたがっておるラーナンを、

思い通りにさせず苦しめるためか?それとも何か重要な証拠でも隠しておるというのか・・・?

 

「実はー、ラーナンはー、すでに妊娠しておりましてー」

「なにっ!?ではその父親というのは、やはり・・・!?」

「はいー、ハプニカ様の兄ー、ジャヴァー王子さまのー・・・あ、元王子さまのー・・・」

 

なんと・・・それは只事では済まないな。

 

「間違いないのか」

「おそらくー・・・お腹の大きさから考えても証言と一致いたしますー」

「よく妊娠がばれなかったものだな」

「お腹が目立ちはじめてからはー、身を隠していたそうでー、ハプニカ様に手をかけたときもー、服でごまかしてー・・・」

「・・・・・この事を知っている者は!?」

 

もし外部に漏れたら大変な事になるぞ・・・

 

「謀反者以外ではー、私達とミル様以外はー、妊娠は知っていても子供の父親まではー・・・」

「その謀反者が外部に漏らした可能性はあるのか?」

「いえー、あー、マリーさんは知っていたかも知れませんがー・・・」

「・・・後でマリーを呼んでまいれ。むう、しかし困ったな・・・」

「はいー、血筋だけで言えばー、正当な継承権を持つ次期国王はー、ラーナンのお腹の赤ちゃんがー・・・」

 

生かせておけば、また争いの火種になる、といった所か・・・

 

「・・・・・よく保留にしておいたな、正しい判断であるぞ」

「全てを闇に葬るのはー、すごく簡単な事ですがー、しかしー・・・」

「わかっておる、それではレンを慌てて消そうとした父や兄と同じになってしまうからな」

 

無論、産まれて来る子供に罪は無い。たとえ呪われた血であっても・・・

 

「・・・ラーナンはどうしたいと言っておるのだ?」

「それがー、生まれても不幸になる子供ならー、共にジャヴァー王子とあの世で暮らしたいとー」

「道連れにしたいと申すか・・・本当にそれが本心であろうか?」

「ハプニカ様に手をかけたときもー、失敗して窓から飛び降りたくらいですからー」

「なんと無茶な事を・・・まあ生きておるから助かったのだろうが・・・うーむ・・・」

 

何としてでも助けたい・・もう罪の無い人間が殺されるのは耐えられない。

父や兄を正せなかった分、兄の唯一残した子供を立派に育ててこの城に残したい・・・

 

「・・・今、この状態になってもラーナンが生きているということは、子供に未練もあるのだろう」

「そうかもしれませんー、牢に入ってからは自害するようなそぶりは見せていませんからー」

「きっと葛藤しておるのだろう、産むべきか、それとも共に死ぬべきか・・・安心させてやらねばな」

「でもー、赤ちゃんを助けてもー、ラーナンはどういたしましょうかー、罪は罪ですしー・・・」

「・・・だな。仕方あるまい、産まれた子供を一目見せて・・・あとは・・・・・償ってもらおうぞ」

 

共に生かせておけば、また反乱の火種となるであろう、

過去の歴史がそれを物語っておる・・・だからこそ我々の手で立派に育てて、

この国の平和と発展に尽くしてもらうようにせねばなるまい。

兄の子であれば、間違った方に進まなければきっと成し遂げるはずだ。

もし自分の出生を知ってしまっても、歪んだ道へ進まぬよう・・・責任重大であるな。

 

「よし、ラーナンは説得しよう、いざとなれば私が直々に牢へ行くぞ」

「ハプニカ様が赴かれるのですかー?・・・・・まずは私たちの方でー・・・」

「ああ、だが慎重にな、結果的にラーナンはあの世へ、その子供はこの世へと離れ離れになるのであるから・・・」

 

・・・・・処刑されるラーナンと産まれて来るその子供の事を考えると、

胸が重くなり、急にあのお方に会いたくなった・・・あのお方の温もりが、ほしい・・・・・

 

「・・・あのお方の様子を見てくるぞ」

「は、はいー、ではラーナンについての指示をしてまいりますー」

「うむ・・・頼んだ・・・うぅぅ・・・まずい・・・また・・涙が・・・・・」

 

あのお方の部屋へ行く、

ただそれだけの事で、立っただけで涙がぶり返す・・・

いかにあのお方が私の心を支えているか、あのお方が私の命であるかを思い知らされる。

 

「もう・・・我慢が・・・できぬ!!」

 

急ぎ足であのお方の眠る部屋へと向かう、

涙の粒を後ろへ流しながら・・・この涙を止められるのは・・・あの方のみだ!!

 

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