ようやく私は自分を取り戻した、この私・ハプニカは、愛する人を目の前で失った、と自我が崩壊していたのだ。
魔法がかけられていない間は窒息状態になる・・・少しでも死んでしまった細胞は戻らぬゆえ、気が抜けない。
それだけこのお方の治療とララが倒れたことに集中していたのだろう、
視界に入ってはじめて私がわかり、驚いている・・・しかし治療の手は決して休めようとはしない。
「はいっ、わかっておりますっ、一日も早く回復なされるように、努力しておりますっ!」
「・・・・・おい、外の衛兵!誰でも良い、新しいタオルとぬるい湯を持ってまいれ!!」
しかし死後硬直はまだしておらぬ、冷たいゴムのような感触が私の心臓にトゲを刺す・・・
まったく無防備なこの状態で風邪でもひけば重大なダメージになり、
虫にでも刺されればそこから化膿し、いくら回復魔法をかけても腐敗していく・・・
あぁ、この傷はあの時の・・・私は何と愚かな・・いや、後悔はまだまだ先だ!
もう、どこが恥ずかしいとかそういう事を言っている場合では無い、
頭の先から足の先まで、ゆっくりと、いつ目が覚めても良いように清潔にする・・・
「いや、すまない、集中しておったのだな、邪魔になってしまった」
逆に3日休むくらいで助かったくらいだ、過労死されては私の責任だ。
「よし、ララは今日から4日間、強制的に休ませよ・・ルル、ララについてやってくれぬか」
「リリ姉さんも疲れて寝てます・・・夕方には起こそうと思ってるけど・・・」
ミルも元気そうに見えて心は辛かったであろう、私に付いておって・・・
いや、倒れたのではない、私に向かって膝を着いて頭を下げている。
「ハプニカ様!ゲングラード教会の・・1級僧侶、シャクナと申しますっ!!」
「かしこまるな・・・治療のほう、大儀であった、これからも頼む・・・」
「いえ、その、私のような身分のものが、このようなもったいない場所に上げていただきまして・・・」
「とんでもない!私のせいであのような、大きな大きな命の危険にトレオ様を・・・」
涙まで流して詫びておる・・最も詫びるべきは、私であるというのに。
「・・・シャクナよ、私は早速皇務に復帰させてもらう・・・シャクナに命じることがある」
「はいっ!ど、どのような罰でも・・・しかし、せめて、せめて教会の神父様と子供達だけは・・・」
「・・・・・は?こう・・きゅう・・・いえ、5級僧侶・・でしょう、か?」
「とんでもございません!私は1級僧侶、本来なら国王様と喋る事は禁じられておりますゆえ、それだけで罪に・・・」
「だからこそ、そなたを皇級僧侶に任命する、1級の上が上級、その上が特級、その上が・・・何であったか?」
「はい、私の記憶では、最特級僧侶の三賢人さまがかつておられたかと・・・」
「しかし1人は隠居、もう1人は大戦で我が父に付き亡くなり、もう1人は隣国に嫁いでしまった」
「ですから特級僧侶になればいつか新しい三賢人に選ばれる夢が、と上級僧侶である我が教会の神父様が・・・」
「その今は誰もおらぬ最特級僧侶のさらに上が、皇級僧侶・・・ここにいる我が妹ミルと、かつては我が母が・・・」
「そうだ、シャクナよ、そなたをその皇級僧侶に任命する、拒否は許さぬ」
「おっとあぶない・・・仰向けに倒れては頭を打つぞ、シャクナよ・・・」
「わわわ、私には、そのような力は・・・じょ、ご冗談を・・・そんな・・・」
「わかった、では任命は保留としよう、そのかわり今日の所は上級僧侶に任命する」
「そんな・・・5年間は試験を受けなくては・・・私の所の神父様は16年かかって・・・」
「シャクナよ、そなたはもう上級僧侶だ、よって遠慮なく私と話をするが良い」
「はっ、はいっ!もったいなく思いますが、その・・・失礼の無いように、お声をかけさせていただきますっ!」
「では休んでくるが良い、気持ちを落ち着けてくれねば私もそなたと落ち着いて話ができぬ」
「シャクナさんの気持ちを落ち着けたいんですぅ、ドキドキして眠れないかもぉ」
「ミルさまもシャクナさんとぉ・・一緒に看病したからぁ・・・」
「仲間意識が芽生えたか・・・私もシャクナに早く打ち解けてもらいたいものだ、レン、行ってやるが良い」
それより今はこの愛しいお方の顔をじっくりと見たい・・うぅ・・・うぅぅぅぅぅ・・・・・
「そなたのぬくもりを・・・必ず・・・取り戻して・・みせる・・から・・・な・・・・・」
いや、現実を受け止めなければ、また私はあのまやかしの世界に引き戻されてしまう、
やさしく、包み込むように、暖めるように冷たくなった愛する人を抱きかかえる・・・早く意識を戻させなくては・・・
「・・・おねぇさまー・・・あんまり動かすと魔法をうまく当てられなくなるのぉ」
「そ、そうか・・・すまない、夢中で・・・では、そっと、なら良いのであるな・・・」
強く抱きしめたいのに抱きしめられない・・・このようなジレンマを解消するためにも、
一刻も早く目を覚ましてもらわねば・・・まずは、息を吹き返してもらわなくれはならぬ・・・・そのためには、私は・・・
「・・・確か蘇生魔法で、寿命を分け与えるものがあったと記憶しておるのだが・・・」
「それは暗黒魔法でぇ、確かに自分の寿命を分け与えるのがありますぅ」
「では・・・私の寿命を分け与えて欲しい、もしそれでこのお方が目を覚ますのなら・・・」
「お姉さまぁ、無理ですぅ、私はそれだけの暗黒魔法のレベルは無いからぁ・・・」
「・・・では、アイテムなどは無いのか?大戦で敵の魔道士が持っていた物とか・・・」
「その前にぃ、暗黒魔法で命を分け与えられるのは魔物に対してだけでぇ、万が一できてもぉ・・・魔物になっちゃうー」
「そうか・・・では・・・・・魔法では無理、という事であるのだな・・・」
「もしできてたらぁー・・・私がもう、ずっと前にやってるのぉー・・・それができないからぁー・・・」
「わかってますぅー・・・みんなでぇ・・・おにぃちゃんも一緒に闘うのぉー」
「そうだな・・・これが本当に、最後の戦いだ・・・必ず、死神ども相手に勝ち抜いてみせようぞ」
私の心音が、そなたの止まった心臓に届いて鼓動が蘇るまで・・・・・
「・・・・・うっ・・・いやいかぬ、泣くのは・・・目を覚ましてからだ!!」
夢中で抱きしめているうちに、時間が経つのを忘れてしまっていた・・・
「はいー、それでー・・・お夜食とお風呂とご就寝の準備ができましたー」
「・・・・・いや、私は離れぬ・・・食事はここまで運んできて欲しい、私の体もここで拭くのだ」
交代は朝までと聞いた、ミルもこうして頑張っておるのだ、私とて・・・
「お言葉ですがー、ハプニカ様ー、ここは退いた方が回復が早いかとー」
「なぜだ!私の愛を、このお方に注ぐ事が、回復の妨げになっておるというのか!?」
「・・・・・はいー、ミル様の回復魔法はー、体にまんべんなくかけた方が良いかとー」
「ハプニカ様がずっと体で包んでおられますとー、ミル様の魔力も倍近く増さないといけませんしー、それにー・・・」
確かに私のせいで、はっきり言ってしまえば、邪魔になっているのかも知れぬ。
文句を言わずただひたすら魔力をあげて回復し続けてくれている・・・
私はなんと姉想いの妹を持ったものだ・・・心から感謝しながら、私は愛する人から降りた。
「レンがー、お食事とお風呂の世話をしたいと待っておりますー」
「心苦しいでしょうがー、きっちり交代をしませんとー、歯車が壊れてしまいますからー」
私が我を失っている間、そうやってここまでやってきたのであるからな・・・
そういえば私が私でいなかった間、事態は沈静したのであろうか?
そもそも裏切り者たちは?大会は?謀反の処罰は?そのあたりがまるで抜けている・・・
私はああいう状態であったし、ミルはああして1日の半分をあのお方の治療に費やしている、
そうなると・・・過労で倒れたララを筆頭に4姉妹がやってくれたのであろう、本当にありがたい・・・・・
「ここは4姉妹のためにも、私の心身の回復もきっちりやらねばな」
それが今の、私の「生きている意味」と言っても過言ではないからな。
「スープリゾットにぃ、お魚を焼いたものですぅ、いま紅茶を入れますねぇ」
「ぐっすり寝てますぅ、色々と考えてるみたいですぅ、何を考えているかは言えませぇん」
「うむ、言わぬ方が良い・・・まあ察しはつくが・・・レン、お前も休むが良い、私1人で食事はできる」
「でもお風呂がまだぁ・・・ハプニカ様のお世話もやらないとぉ」
「・・・私の世話は、あのお方が回復するまで無しだ・・・あのお方最優先で頼む」
はっきり言ってしまえば、この城で、いや、この国で一番大切なのは、
死神と必死に戦っておられるであろう、あのお方なのだ・・・このさいはっきりさせておこう。
「今日からハプニカ親衛隊は、あのお方が回復するまで、解散とする!」
「そして、あのお方の親衛隊として働くのだ・・・もちろんその親衛隊に、私も加わる」
「・・・いや、もう王様はあのお方だ、事実上はな・・・もちろん今の皇務は私が『あのお方に代わって』するぞ」
ララやリリやルル、そしてシャクナ、もちろんミルにもこの決定を伝えねばな・・・
「そういう事だレン、早速、私にかまわず休むなら休む、あのお方を看るなら看て欲しい」
「・・・・・わかりましたぁ、でもぉ・・・ハプニカ様の親衛隊はぁ・・解散はしませぇん」
「いえぇ・・・ハプニカ親衛隊の一員としてぇ、新しい王様の親衛隊をするのぉ」
「そうか・・・それで気が済むのなら、そう思うが良い・・・頼んだぞ」
辛いだろうが、こらえて欲しい・・・私だって辛い・・・こらえなければ・・・
さて、食事と風呂を早く済ませ、あのお方の様子を看たらベットで寝よう・・明日からは・・・・・皇務だ。