あのお方の治療室へ行くと話し声が聞こえてくる・・・

声の主は・・・シャクナさんとミル様のようですわ。

 

「そのような状態になっておられるのですか」

「ええ、ずっと同じ状態だから、このままもうずっと変わらないかも・・・」

 

入り口で立ち止まり、静かに2人の会話を聞く。

 

「ミル様の診断では間違いないですわね」

「はい・・・おにいちゃんが意識を取り戻すのは1割もないです・・・」

 

1割もない・・・つまり10%未満・・・

 

「もし意識を取り戻しても・・・残酷ですわね」 

「私ぐらいの・・・ううん、もっと下の、か弱い少女ぐらいの力しか、 

もう出せない体に・・・一生・・・おにいちゃんは・・・」 

「でもそれも意識が戻ったらですから・・・」 

「おにいちゃん・・・おにいちゃん・・・おにいちゃん・・・」 

「大事な筋肉がズタズタなまま、とうとう治癒しませんでしたものね・・・」 

「あれから2週間も回復魔法し続けてるのに・・・まだなのぉ?」 

「・・・私は一生続けるつもりでいますが・・・」 

「わたしもそうするぅ・・・おにぃちゃぁん・・・」 

 

涙をこぼす2人・・・

私ももらい泣きをしてしまいそう・・・

・・・しかし、回復した時の話をしてらっしゃるということは、

僅かでも望みの光りはあるということ・・・そういえばあのお方の頬が、

微妙に動いたような気がしますわ・・・ここに運ばれた時は、とても助からないと思いましたが・・・

 

「ミル様、シャクナさん」

「はっ!ララ様!!」

「ララさん、おにいちゃんならまだ寝てるよぉ」

「はい、よく眠ってらっしゃって・・・ミル様、ハプニカ様の記憶がかなり戻ってまいりました」

「うん・・・いくぅ・・・シャクナさんおにぃちゃんをおねがいねぇ」

 

シャクナさんを置いてミル様をハプニカ様の元へ・・・

あのお方が目を覚ましてハプニカ様に声をかけていただければ最高ですが、

それが無理ならばまずハプニカ様を元に戻して、ハプニカ様があのお方の目を覚まさせるしかありませんわ。

 

「それでハプニカ様の現状ですが、記憶が大戦の前あたりまで戻っておられます」

「ではもうすこしですねぇ」

「ただ、一気に戻してしまうと、あの出来事を思い出してまた同じ記憶障害を起こす可能性が・・・」

「・・・・・だいじょうぶぅ、私がついてるからぁ・・・お姉さまはぁ、つよいもぉん!!」

「ミルさまがそう申すなら、全てお任せいたします・・・よろしくお願い致します」

 

ハプニカ様の寝室まで来ました・・・

中では怒鳴り声が聞こえ、ルルがそれをなだめているようだわ。

 

「ルルよ、大戦は、もう始まっておるのか?ならば父上に・・兄者にっ!!」

「お待ちくださいハプニカ様!大戦なんて起こってませんってば!本当です!!」

「ならばなぜ私をここへ閉じ込めておく?どうせ父上の命令であろう!私が直に・・・」

 

ミル様が躊躇無くドアを開けた。

 

「おねぇさまぁ」

「おおミル!無事であったか!父上や兄者に何かされなかったか?」

「・・・おねぇさま、また大戦の夢を見たのねぇ」

「夢?夢とは何だ?夢や絵空事ではなく本当の大戦がこれから・・・」

「大戦はもう終わったのぉ、お姉さまは大戦に勝ったのに、毎日悪い夢をみてるのぉ」

 

・・・・・動きが止まるハプニカ様、

そこまで言っていいのでしょうかミル様は・・・

 

「おねぇさまはぁ、大戦のショックで毎晩悪い夢をみてぇ、夢と現実が区別つかなくなってるのぉ」

「・・・・・ミルよ、それは本当か?」

「だからぁ、記憶の修正をするのぉ・・・日記持ってくるから待っててぇ」

 

タタタタタ・・・・・

廊下を走っていくミル様、

目をパチクリさせているハプニカ様・・・

 

「・・・・・ララよ、それは・・・まこと・・・か」

「はい・・・あまりに暴れるものですから、この部屋に・・・申し訳ありません」

「そうか・・・うぅ・・・頭が痛い・・・水を・・・水をくれぬか・・・」

 

ルルが水を飲ませると、ようやく落ち着かれた・・・

ボサボサの髪の毛を手櫛で直しながら、何か考え事をしているよう・・・

 

「母上は・・・母上が亡くなったのは・・・事実・・・か」

「はい・・・それは事実でございます、残念ながら・・・事実ですわ」

 

自分なりに記憶を整理しようとなさってる・・・

 

「では父上と・・・兄者は・・・・・」

「・・・・・ミル様をお待ちになった方がよろしいかと」

「そうだな・・・また記憶が混乱しては困るからな」

 

ようやくハプニカ様らしさを取り戻してきたようですわ、

でもまだまだこれから・・・一番ショックな宣告が最後に残っていますもの。

 

タタタタタタ・・・・・・

 

「おねぇさま、持ってきましたぁ」

「うむ・・・ミルよ、それでは聞かせてくれ・・・」

「ぢゃあ、大戦の前の夜からねぇ・・・おかぁさまが亡くなってからお父様とお兄様は・・・」

 

私はルルを手招きして静かに寝室を出る、

後はミル様に全てを任せましょう、姉妹の力を信じて・・・

 

 

 

 

 

「リリ、尋問の進み具合を聞かせてもらえますか?」

「はいー、マリーさんに毎日手伝っていただいてー、かなり効率的にさばいておりますー」

「では書類を持ってきていただけますか、ミル様には判をつくだけにしてさしあげたいので」

「衛兵さんこちらへー・・・まず50人分ですー、急いだほうが良いのからー・・・まだあと150人分はありますー」

「そんなに!マリーさんに尋問をお願いしてまだ4日しか経っていないのに・・・一体どうやって!?」

 

・・・どうやっても何も、考えられる方法は・・・

 

「それがー、マリーさんは言葉の駆け引きが卓越していましてー・・・」

「そういえばそうでしたわね、昔から心理戦の達人として有名でしたから」

「それでも強情を張るお方にはー、拷問ではなくー、SMプレイでー」

「一度見学させていただいた方が、勉強になるかも知れませんわね」

「私はとても勉強になりましたー、参考にさせていただいておりますー」

 

・・・心理的駆け引きの事ですわよね?リリが参考にしているのは。

まあ、もちろんその後の肉体的な駆け引きも、恐いもの見たさが無いことは無いですが。

 

「ちゃんとマリーさんは休んでおられるのですか?」

「罪滅ぼしだと言ってー、あまり寝ずにやっているようですー」

「だからといって倒れては効率が落ちます、休む所は休んでいただかないと」

「でもー、嬉々としてやっていましてー、責め落とす瞬間はそれはそれは活き活きしてましてー」

「・・・なら好きにさせますが、1日の尋問の人数を決めたほうが良いですわね、それはリリ、あなたに任せます」

 

書類に目を通す・・・

ハプニカ様の意識が戻りしだい死刑にするべき罪人は今のところ11名、

その中にはスロトはもちろん、かつての英雄・ヴェルヴィ殿の名前も・・あれ?これは何でしょうか?

 

「お姉さまー、それはジュビライ殿への恩赦の署名ですー」

「・・・署名を集めたのはジュビライJrのようですわね、よく集めたものです」

「息子さんの気持ちはわかりますがー、トーナメント以外にも裏でかなり悪いことをー・・・」

「そのあたりの裁量は私に権限はありません、ミル様かハプニカ様しか決定も執行もできないのですから」

「問題はその次の書類のー、大罪人なのですがー・・・」

 

ジュビライの次の書類は・・・マリーさん自身への尋問記録!

 

「・・・これによると死刑ですわね」

「罪の重さを考えるとそうですがー、しかしー・・・」

「私が恩赦の必要を書いておきましょう、今のところはですが」

「このまま裏切らなければー・・・」

「まったくの無罪とはいかないでしょうが、ハプニカ様も慈悲を考えると思います」

 

そもそも皇室の一員は皇室の方でないと裁けませんゆえ・・・

 

トントン

 

「どうぞ」

「ララ姉さん」

「ルル、どうしました?」

「それが・・・ターレ公爵が、帰るって」

「帰る?・・・それはまた突然ですわね」

 

でも一体どうして・・・?

 

「理由はお聞きになられましたか?」

「さあ、聞こうと思ったらもう荷物まとめてたから」

「え?もう?まるで夜逃げでもするようにですわね」

「ああ見えて実はかなり疲れてたみたいだから、無理には引き止めなかったけど」

「・・・それがいいでしょう、ターレ公爵はよく働いてくださいました、今ならじっくり休んでいただいて構わないでしょう」

 

ハプニカ様も記憶が完全に戻りそうですし、

良いタイミングで帰っていただけそうですわ・・・でも・・・

 

「ターレ公爵は、あきらめたという訳ではなさそうですわね?」

「なんか、ぶつぶつと自分で納得して安心してたみたいだけど・・・」

「・・・わかりましたわ、ハプニカ様から言質を取ったことできっともう大丈夫と思ったのでしょう」

「お姉さまー、ちょっと気になる事がー・・・」

「リリ、どうしました?何が気になるのですか?」

「このまま何もせず、ただ結婚の意志を聞いただけでターレ公爵が引き下がるとはー・・・」

「そうですね・・・何か1つ証拠というか印というか、爪跡を残して行きそうですわね」

 

・・・まさか、あのお方に何かするとか・・・?

 

「ちょっと様子を見てきましょう、リリには書類の整理を任せます、ルルも手伝ってあげてください」

 

早足であのお方の治療室へ・・・

そこにはシャクナさんが回復魔法をかけ続け、

その隣でレンがシャクナさんの汗を拭いてあげている・・・

 

「邪魔してはいけませんわね」

 

取り越し苦労で良かったですわ・・・

ついでにハプニカ様の様子も覗いてみましょう。

・・・あら?廊下を歩いているのは、ミル様では・・・?

 

「ミル様、どうなされました?」

「おトイレなのぉ、日記長いからちょっと休憩しててぇ」

「ではハプニカ様の警護は今、どなたが?」

「ターレさんがついててくれてるのー」

「はっ!・・・・・ま、まさか!?もしかして・・・!!」

 

ハプニカ様の寝室へ急ぐ!

勢い良く扉を開けるとベットの上では・・・!!

 

「・・・・・」

「・・・・・・・・」

 

!!!

嗚呼、遅かった・・・

ハプニカ様が・・・ターレ公爵と、情熱的な接吻を・・・!!

ターレ公爵がリードして、ハプニカ様が下になって・・あぁ、顎を指で掴まれて目がとろけている・・・!!

 

「ターレ公爵!!」

 

私の声にちらっと目をやるものの、

我関せず、と余裕の表情で接吻を続ける・・・が、

ハプニカ様は顔を紅くし、ターレ公爵の強引な腕をもがきながら外して私のほうを睨む。

 

「・・・っ・・・何だララ・・・何かあったのか?」

「い、いえ、そ、その・・・ターレ公爵!これは一体・・・」

「ハプニカよ、邪魔が入ったようだ・・・続きはまた・・・私はもう行かねばならぬ」

 

糸を引いて切れた唾液を愛おしそうに指で押さえるハプニカ様、

ターレ公爵をうっとりと見つめながら、言葉を選び、ゆっくりとつぶやいた。

 

「・・・・・はやく・・・戻ってきて・・・・・欲しい」

「もちろんだとも、屋敷の方で準備が整い次第、すぐに我が城・・・ここへ戻ってくる」

「この国のために・・・国民のためにも、早く・・・子供を作らねばならぬ・・・からな・・・」

 

とても満足そうな表情でハプニカ様から離れたターレ公爵、私に勝ち誇った表情で語りかける。

 

「私が戻ったらハプニカとの結婚をすぐに発表できるよう、準備しておけ!良いな!」

「そ、そんな・・・そんな・・・ず、ずるい・・・こんなこと・・・こんな・・・ひどい・・・ひどすぎますわ!」

「ララよ、私とて馬鹿ではないわ・・・ハプニカ、ではな!毎晩眠るときは私に挨拶するのだぞ!ガッハッハ!!!」

 

威風堂々と部屋を出て行った・・・

残されたハプニカ様は、機嫌悪そうに私を睨む。

 

「・・・ララ、説明してもらおうか、なぜ邪魔をする」

「ハプニカ様・・・ハプニカ様は、何をなされていたか、わかってらっしゃるのですか?」

「その、だな・・・大戦が終わったのが真実であれば、一刻も早く子を産んで国民を安心させねばなるまい」

「わかりますが、しかし、その・・・なぜターレ公爵と・・・」

「婚約者であろう、しかも私をずっと看病してくれたそうではないか・・・恋心が芽生えて何が悪い」

 

問題があり過ぎですわ、でも、今それを告げる訳には・・・!!

 

「ララよ、ターレ殿は紳士であるな・・・やはり私をリードしてくれる年上の婚約者は良いものだ」

「はたして・・・そうでしょうか」

「ああ、私は恋愛に疎いゆえ、相手が年下では心もとない・・・そうだ、1つ頼みたいことがある」

 

おでこに指を2本つけて考え込む・・・ 

 

「兄者が死んだのならば・・・兄者は国宝の剣をいくつもコレクションしていたはずだ、その1つを・・・」

「いえ、1本も残っておりません、すでに全て、出払ってしまっております」

「そうか・・・ならば仕方ないな・・・1本くらいは残っていても良いものだったのに・・・」

 

その最後の1本は、ハプニカ様があのお方にさし上げたのですよ・・・

 

「お姉さまぁ」

 

様子を伺っていたミル様がようやく入っていらした。

 

「ミルよ・・・遅かったな、さあ、続きを聞かせて欲しい」

「うん、急いで読むねぇ、早く今の時間に追いつかせたいからぁ」

「そうだな、そして・・・追いついたら、ターレ殿の看病の様子も教えて欲しい」

 

心がズンと重くなる・・・

でも、あのお方がもし亡くなってしまったら、

このままターレ公爵と・・・いえ、それだけは許してはいけませんわ!真実は、ひとつ・・・!!

 

 

 

 

 

「・・・・・ふう」

 

私はため息混じりに玉座の横に立つ、

そこにあたかも健在だった頃のハプニカ様が座っているかのように・・・

こうする事で私はまるでハプニカ様に忠告するかのように思考し、玉座に語りかける。

 

「こういう時は現状分析をするべきですわ」

 

ハプニカ様の今の状態・・・

すっかりターレ公爵相手にのぼせあがってしまっている・・・

なぜこのような事になってしまったのか、心理的な面を考慮すると説明はつきます。

 

「ハプニカ様、ハプニカ様は今、心にぽっかりと大きな大きな穴が開いてらっしゃるはずです、

 それはあのお方の事をすっかり忘れてらっしゃるから・・・しかし忘れるのも無理はありません、

 あまりの惨劇に記憶そのものをショックで一時的に失ってしまう程、大きな精神的ダメージですもの、

 人間としての自己防衛本能が働いて、主原因である精神的ショック、すなわちあのお方の事を、

 今は脳が思い出させないようにしている状態だと思われます、だからこそ、恋焦がれた最も愛する方への思いを、

 丸ごと失った状態なのですから、その空白を取り戻そうとする本能も働いているのだと思われます、

 心にぽっかりと開いた穴・・・それを埋めたいのに埋められない、埋めるべき物すら思い出せない、

 そこに都合よく入り込んできたのがターレ公爵・・・そのターレ公爵の卑劣な心理作戦によって、

 あのお方への思いを丸々、ターレ公爵で代替してしまったハプニカ様・・・もしこのままあのお方が亡くなれば、

 ターレ公爵の思惑通り、ハプニカ様は婚約という約束に安心し、身も心もターレ公爵のものとなってしまい、

 激しい自己防衛本能であのお方の事を完全に忘れてしまうでしょう、ただし、一生拭えない、説明の付かない虚無感・不安感を胸に・・・

 それではいけないのです、そのような偽りの恋を受け入れてしまっては、ハプニカ様は本当の幸せになれないばかりか、

 万が一、何かの引き金であのお方を思い出して、事実に気付いてしまったら・・・今度こそ本当にハプニカ様は・・・もう・・・・・

 だからこそ、このままターレ公爵の思惑にはまってはいけないのです、でも・・でも、だからといって下手にあのお方の事を今、急に、

 思い出してしまったら、あっけなく心が砕け散ってしまうかも知れません、難しいですわ・・・でも、時間がありませんの、

 ハプニカ様の心を治せるのがあのお方であると同時にあのお方を守れるのも、ハプニカ様のみだと思われます、

 そしてあのお方の命は一刻の猶予もありません、一命は取り留めても意識を戻すにはできるだけ早い治療が必要です、

 よって、できるだけ早くハプニカ様に正常な精神状態に戻っていただいて、あのお方の看病をしていただきたいのです・・・

 すでに私達に出来る事は全てやっております、ミル様もシャクナ様も、交代で休まず治療を続けておられます、ですから、

 ハプニカ様も早く・・・早く・・・・・早くっ!!」

 

あぁ、涙が零れ落ちる・・・

玉座に座るハプニカ様の魂に語りかけているうちに、

感極まってしまいました・・・いけない・・・私は涙を服の袖でぬぐう・・・

 

「ターレ公爵は・・・許せませんわ」

 

ハプニカ様が心の穴を本能的に素早く埋めたがっているのを利用して、

婚約者である事のみを思い出させたうえに看病を押し付けがましく・・・

ターレ公爵は看病をしたといっても私達4姉妹のサポートをしてもらっただけですし、

それに、ちょっと目を離した隙にあのような愚かな事を・・・ハプニカ様は接吻に酔ってしまわれていた・・・

ハプニカ様がターレ公爵に国宝の剣を渡そうとしたのは、あのお方の代替にしようとしている証拠ですわ、このままではまずい・・・

 

「ターレ公爵が戻ってきて、結婚を押し切られないためにも、慎重なおかつ素早く記憶を取り戻していただかないと!!」

 

ミル様の日記朗読は、どこまで行っているのでしょうか・・・・・こっそり覗いてみましょう。

 

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