「ええ、ずっと同じ状態だから、このままもうずっと変わらないかも・・・」
「はい・・・おにいちゃんが意識を取り戻すのは1割もないです・・・」
「私ぐらいの・・・ううん、もっと下の、か弱い少女ぐらいの力しか、
「大事な筋肉がズタズタなまま、とうとう治癒しませんでしたものね・・・」
「あれから2週間も回復魔法し続けてるのに・・・まだなのぉ?」
僅かでも望みの光りはあるということ・・・そういえばあのお方の頬が、
微妙に動いたような気がしますわ・・・ここに運ばれた時は、とても助からないと思いましたが・・・
「はい、よく眠ってらっしゃって・・・ミル様、ハプニカ様の記憶がかなり戻ってまいりました」
「うん・・・いくぅ・・・シャクナさんおにぃちゃんをおねがいねぇ」
あのお方が目を覚ましてハプニカ様に声をかけていただければ最高ですが、
それが無理ならばまずハプニカ様を元に戻して、ハプニカ様があのお方の目を覚まさせるしかありませんわ。
「それでハプニカ様の現状ですが、記憶が大戦の前あたりまで戻っておられます」
「ただ、一気に戻してしまうと、あの出来事を思い出してまた同じ記憶障害を起こす可能性が・・・」
「・・・・・だいじょうぶぅ、私がついてるからぁ・・・お姉さまはぁ、つよいもぉん!!」
「ミルさまがそう申すなら、全てお任せいたします・・・よろしくお願い致します」
「ルルよ、大戦は、もう始まっておるのか?ならば父上に・・兄者にっ!!」
「お待ちくださいハプニカ様!大戦なんて起こってませんってば!本当です!!」
「ならばなぜ私をここへ閉じ込めておく?どうせ父上の命令であろう!私が直に・・・」
「おおミル!無事であったか!父上や兄者に何かされなかったか?」
「夢?夢とは何だ?夢や絵空事ではなく本当の大戦がこれから・・・」
「大戦はもう終わったのぉ、お姉さまは大戦に勝ったのに、毎日悪い夢をみてるのぉ」
「おねぇさまはぁ、大戦のショックで毎晩悪い夢をみてぇ、夢と現実が区別つかなくなってるのぉ」
「だからぁ、記憶の修正をするのぉ・・・日記持ってくるから待っててぇ」
「はい・・・あまりに暴れるものですから、この部屋に・・・申し訳ありません」
「そうか・・・うぅ・・・頭が痛い・・・水を・・・水をくれぬか・・・」
ボサボサの髪の毛を手櫛で直しながら、何か考え事をしているよう・・・
「はい・・・それは事実でございます、残念ながら・・・事実ですわ」
でもまだまだこれから・・・一番ショックな宣告が最後に残っていますもの。
「ぢゃあ、大戦の前の夜からねぇ・・・おかぁさまが亡くなってからお父様とお兄様は・・・」
「はいー、マリーさんに毎日手伝っていただいてー、かなり効率的にさばいておりますー」
「では書類を持ってきていただけますか、ミル様には判をつくだけにしてさしあげたいので」
「衛兵さんこちらへー・・・まず50人分ですー、急いだほうが良いのからー・・・まだあと150人分はありますー」
「そんなに!マリーさんに尋問をお願いしてまだ4日しか経っていないのに・・・一体どうやって!?」
「それがー、マリーさんは言葉の駆け引きが卓越していましてー・・・」
「そういえばそうでしたわね、昔から心理戦の達人として有名でしたから」
「それでも強情を張るお方にはー、拷問ではなくー、SMプレイでー」
「一度見学させていただいた方が、勉強になるかも知れませんわね」
「私はとても勉強になりましたー、参考にさせていただいておりますー」
・・・心理的駆け引きの事ですわよね?リリが参考にしているのは。
まあ、もちろんその後の肉体的な駆け引きも、恐いもの見たさが無いことは無いですが。
「だからといって倒れては効率が落ちます、休む所は休んでいただかないと」
「でもー、嬉々としてやっていましてー、責め落とす瞬間はそれはそれは活き活きしてましてー」
「・・・なら好きにさせますが、1日の尋問の人数を決めたほうが良いですわね、それはリリ、あなたに任せます」
ハプニカ様の意識が戻りしだい死刑にするべき罪人は今のところ11名、
その中にはスロトはもちろん、かつての英雄・ヴェルヴィ殿の名前も・・あれ?これは何でしょうか?
「・・・署名を集めたのはジュビライJrのようですわね、よく集めたものです」
「息子さんの気持ちはわかりますがー、トーナメント以外にも裏でかなり悪いことをー・・・」
「そのあたりの裁量は私に権限はありません、ミル様かハプニカ様しか決定も執行もできないのですから」
「まったくの無罪とはいかないでしょうが、ハプニカ様も慈悲を考えると思います」
「ああ見えて実はかなり疲れてたみたいだから、無理には引き止めなかったけど」
「・・・それがいいでしょう、ターレ公爵はよく働いてくださいました、今ならじっくり休んでいただいて構わないでしょう」
「なんか、ぶつぶつと自分で納得して安心してたみたいだけど・・・」
「・・・わかりましたわ、ハプニカ様から言質を取ったことできっともう大丈夫と思ったのでしょう」
「このまま何もせず、ただ結婚の意志を聞いただけでターレ公爵が引き下がるとはー・・・」
「そうですね・・・何か1つ証拠というか印というか、爪跡を残して行きそうですわね」
「ちょっと様子を見てきましょう、リリには書類の整理を任せます、ルルも手伝ってあげてください」
ターレ公爵がリードして、ハプニカ様が下になって・・あぁ、顎を指で掴まれて目がとろけている・・・!!
ハプニカ様は顔を紅くし、ターレ公爵の強引な腕をもがきながら外して私のほうを睨む。
「ハプニカよ、邪魔が入ったようだ・・・続きはまた・・・私はもう行かねばならぬ」
ターレ公爵をうっとりと見つめながら、言葉を選び、ゆっくりとつぶやいた。
「もちろんだとも、屋敷の方で準備が整い次第、すぐに我が城・・・ここへ戻ってくる」
「この国のために・・・国民のためにも、早く・・・子供を作らねばならぬ・・・からな・・・」
とても満足そうな表情でハプニカ様から離れたターレ公爵、私に勝ち誇った表情で語りかける。
「私が戻ったらハプニカとの結婚をすぐに発表できるよう、準備しておけ!良いな!」
「そ、そんな・・・そんな・・・ず、ずるい・・・こんなこと・・・こんな・・・ひどい・・・ひどすぎますわ!」
「ララよ、私とて馬鹿ではないわ・・・ハプニカ、ではな!毎晩眠るときは私に挨拶するのだぞ!ガッハッハ!!!」
「ハプニカ様・・・ハプニカ様は、何をなされていたか、わかってらっしゃるのですか?」
「その、だな・・・大戦が終わったのが真実であれば、一刻も早く子を産んで国民を安心させねばなるまい」
「婚約者であろう、しかも私をずっと看病してくれたそうではないか・・・恋心が芽生えて何が悪い」
「ララよ、ターレ殿は紳士であるな・・・やはり私をリードしてくれる年上の婚約者は良いものだ」
「ああ、私は恋愛に疎いゆえ、相手が年下では心もとない・・・そうだ、1つ頼みたいことがある」
「兄者が死んだのならば・・・兄者は国宝の剣をいくつもコレクションしていたはずだ、その1つを・・・」
「いえ、1本も残っておりません、すでに全て、出払ってしまっております」
「そうか・・・ならば仕方ないな・・・1本くらいは残っていても良いものだったのに・・・」
その最後の1本は、ハプニカ様があのお方にさし上げたのですよ・・・
「うん、急いで読むねぇ、早く今の時間に追いつかせたいからぁ」
「そうだな、そして・・・追いついたら、ターレ殿の看病の様子も教えて欲しい」
このままターレ公爵と・・・いえ、それだけは許してはいけませんわ!真実は、ひとつ・・・!!
そこにあたかも健在だった頃のハプニカ様が座っているかのように・・・
こうする事で私はまるでハプニカ様に忠告するかのように思考し、玉座に語りかける。
なぜこのような事になってしまったのか、心理的な面を考慮すると説明はつきます。
「ハプニカ様、ハプニカ様は今、心にぽっかりと大きな大きな穴が開いてらっしゃるはずです、
それはあのお方の事をすっかり忘れてらっしゃるから・・・しかし忘れるのも無理はありません、
あまりの惨劇に記憶そのものをショックで一時的に失ってしまう程、大きな精神的ダメージですもの、
人間としての自己防衛本能が働いて、主原因である精神的ショック、すなわちあのお方の事を、
今は脳が思い出させないようにしている状態だと思われます、だからこそ、恋焦がれた最も愛する方への思いを、
丸ごと失った状態なのですから、その空白を取り戻そうとする本能も働いているのだと思われます、
心にぽっかりと開いた穴・・・それを埋めたいのに埋められない、埋めるべき物すら思い出せない、
そこに都合よく入り込んできたのがターレ公爵・・・そのターレ公爵の卑劣な心理作戦によって、
あのお方への思いを丸々、ターレ公爵で代替してしまったハプニカ様・・・もしこのままあのお方が亡くなれば、
ターレ公爵の思惑通り、ハプニカ様は婚約という約束に安心し、身も心もターレ公爵のものとなってしまい、
激しい自己防衛本能であのお方の事を完全に忘れてしまうでしょう、ただし、一生拭えない、説明の付かない虚無感・不安感を胸に・・・
それではいけないのです、そのような偽りの恋を受け入れてしまっては、ハプニカ様は本当の幸せになれないばかりか、
万が一、何かの引き金であのお方を思い出して、事実に気付いてしまったら・・・今度こそ本当にハプニカ様は・・・もう・・・・・
だからこそ、このままターレ公爵の思惑にはまってはいけないのです、でも・・でも、だからといって下手にあのお方の事を今、急に、
思い出してしまったら、あっけなく心が砕け散ってしまうかも知れません、難しいですわ・・・でも、時間がありませんの、
ハプニカ様の心を治せるのがあのお方であると同時にあのお方を守れるのも、ハプニカ様のみだと思われます、
そしてあのお方の命は一刻の猶予もありません、一命は取り留めても意識を戻すにはできるだけ早い治療が必要です、
よって、できるだけ早くハプニカ様に正常な精神状態に戻っていただいて、あのお方の看病をしていただきたいのです・・・
すでに私達に出来る事は全てやっております、ミル様もシャクナ様も、交代で休まず治療を続けておられます、ですから、
感極まってしまいました・・・いけない・・・私は涙を服の袖でぬぐう・・・
ハプニカ様が心の穴を本能的に素早く埋めたがっているのを利用して、
婚約者である事のみを思い出させたうえに看病を押し付けがましく・・・
ターレ公爵は看病をしたといっても私達4姉妹のサポートをしてもらっただけですし、
それに、ちょっと目を離した隙にあのような愚かな事を・・・ハプニカ様は接吻に酔ってしまわれていた・・・
ハプニカ様がターレ公爵に国宝の剣を渡そうとしたのは、あのお方の代替にしようとしている証拠ですわ、このままではまずい・・・
「ターレ公爵が戻ってきて、結婚を押し切られないためにも、慎重なおかつ素早く記憶を取り戻していただかないと!!」
ミル様の日記朗読は、どこまで行っているのでしょうか・・・・・こっそり覗いてみましょう。