ああ、なんていう事なの・・・私が、ハプニカ親衛隊長の私がついていながら・・・!!
一歩遅れてミルさまも寄り、杖をかざして凄まじいパワーで回復魔法をかける・・・
しかし、この状態ならおそらく助からないでしょう・・・でも・・・私は助けてみせる!いいえ、助けなくてはいけない!!
しかし・・・魔法がまったくきいている気配はなく、血まみれの体はみるみる土色へと変わっていく。
あきらかに常軌を逸した表情・・・ターレ公爵がその顔を無理矢理胸に押し付け、
笑い声をくぐもらせると、城内を見渡し、意を決して大声を張り上げた。
「皆よよく聞け!今、レン殿が倒されたのはかの大戦の英雄の・・・」
「手違いでこのような事になったが、すぐに怪我は治るであろう!
それより皆に発表がある!近いうちにハプニカの婚姻がある!式も時間の問題だ!!」
いえ、これは・・・スロト派の衛兵とハプニカ様派の衛兵とで戦っているわ!?
ふと視界にステージの上でぼーっと立ちつくしたままのレンが見える、
しかし今はハプニカ様が第一!私は本来、大会の優勝者が登るはずだった天覧席への階段を突破してハプニカ様の元へ!
倒したのはターレ公爵、ではない事は一目でわかるわ、腰をぬかしてらして・・・
幸いにもスロト派の衛兵はそんなに多くなかった様子で他の衛兵が何とか守りきったようだわ。
「我が妻はそんなやわではないわ!一晩眠れば気が休まる!早く城へ!!」
「ムッホン、最初の予定からかなり違う展開になったが、これはこれで面白い結末になったわい」
「ああ、次期国王は討った、現女王も、もはや使い物になるまい!ムッホン!!」
「ララよ、次期国王はこの私・ターレだ!討たれてはおらぬぞ!それよりハプニカを早く!」
下ではあのお方がようやくタンカに乗せられ運ばれる、しかしどう見ても、すでに屍・・・!!
「・・・いえ、私が連れて行きます!ターレ公爵は場を沈めてください!ターレ様にしかできない事です!」
「こんな状態で何を言っているのですか!ハプニカ様の結婚相手は・・・・・当日まで秘密という事でお願いします!」
「そ、そうだな、その方が面白・・・・いや、よかろう・・・ではここは任せてくれ」
とにかくハプニカ様の寝室へ運びましょう!大変な事になってしまった・・・まさに悪夢!!
はやくレンが今、何をすべきか気付いてくれる事を祈るしかないわ。
天覧席を後にする・・・観客は暴動寸前になっている、ここはターレ公爵得意の大演説にお願いしましょう。
「あー、私は皇室と長年付き合いのあるフロン家のターレ公爵である、皆に事実を説明しよう!実は大臣のスロトが・・・」
ほとんどがこぼれてしまう・・・視点は定まらず、まさに生ける屍・・・!!
「・・・・・でもー・・・ミル様が回復魔法をやめませんー・・・」
ハプニカ様がこうなっていらっしゃる以上、私が行くしかないようですわ、
なぜなら・・・私が一番、ハプニカ様の事を知っている、影武者なのですから・・・
お城中の特級僧侶が呼び出されているよう・・・中を覗くと・・・
「おにぃちゃーん、おにいちゃーん・・今、がんばって治してるからぁ!!」
シャクナさんの回復魔法がミル様の魔法の光とうまく溶け合っている。
「特級僧侶のラーナンです、私も回復に参加したいのですが入るスペースがなくて・・・」
彼女も助からないとわかっていてもミル様のために尽くしたいのでしょう。
「・・・いえ、ミル様が信じている限りは、蘇生してくださるものだと、私も信じております」
ここは任せて・・・あれ?ルルは?ルルはどこへ行ったのかしら?
私もなぐさめてあげないと・・しかし、どれからどう言っていいのか沢山ありすぎるわね・・・
「レン、レンがいくら泣いたってあのお方やハプニカ様が回復する訳じゃないよ」
「だったら、泣いてる時間をみんなが回復してからの後回しにして、今はみんなを手伝わないと」
「・・えっく・・・えっく・・・わたしぃ〜・・てつだったらぁ・・・だってぇ〜・・・」
「んもう!私だって、ララ姉さんリリ姉さん、ミル様だって、みんな泣きたいのを我慢してるんだよ!」
「レンだけずるいよ・・・1人で泣いて・・・泣いたら楽だけど・・でも・・・」
「・・・・・・・ハプニカ様や・・あのお方は・・・泣くことすら・・できないんだから・・・」
まるで、あのお方やハプニカ様のかわりに涙を流しているかのよう。
ルルもきっと我慢していたのでしょう、レンもそれを見て涙を止めようと・・でも止まらない・・・
「うっ・・・・・ううっ・・・だ、だめ・・泣いちゃ・・・うぅぅっ・・・」」
「ふぇぇ〜〜〜ん・・・え〜んえ〜〜〜ん・・・え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん・・・」
「・・・・・泣くのは仕方が無い事だわ、でも・・・ミル様は、涙を流しながらもあのお方を治療しているのよ?」
あまりに残酷な結果ですものね、泣いて発散させないと可愛そうかも知れないわ、
でも、そうも言っていられない・・・私達には、やらなくてはいけない事が、本当に山程あるのですから。
「ルル、これから私とリリとで今回の謀反参加者を徹底的に洗い出さなくてはいけません、手伝ってくれますね?」
「レン、あなたはハプニカ様の看護やミル様のバックアップを交代でやってもらわなくてはいけません・・・」
「え〜〜〜ん・・・え〜〜〜ん・・・え〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん・・・・・」
「・・・・・仕方がないわね・・・ルルはリリの所へ・・・私はレンが落ち着くまでこうしています」
「・・・そうしたいのは山々だけど、あのお方やハプニカ様が大切ないように、レンも私の妹として大切な、かけがえのない・・・」
「えっくえっくえっく・・・・・ララおねえさまぁ・・・もう・・・いいのぉ〜・・・」
「レン・・・ありがとう、でもまずはミル様や僧侶の皆さんのバックアップをお願い」
「ありがとう、やっぱり私達の妹だわ・・ではルル、いきましょう」
本当なら4姉妹揃ってハプニカ様の所へ行きたいんでしょうけど、
今のレンに、今のハプニカ様を見せることはあまりにも残酷すぎてできない・・・
きっとハプニカ様と2人っきりになったら、自分の犯してしまった罪にさいなまれて、
押し潰れてしまうかも知れない、妹にそんな酷い事はできないわ・・・とはいえ私だって心が痛い・・・でも・・・
「・・・そうですね、心なしか少しだけ落ち着いたように見えますわね」
そのすっかり呆けた表情は、ルルにはさぞ衝撃的だったでしょう、
でも、ここからハプニカ様を元に戻さなくてはなりません、必ず・・・!!
「ララ姉さまー、さきほどミル様の弟子の方が現れてー、手が空いた信頼できる僧侶をこちらに送るとー」
「そうですか・・・ハプニカ様は心の病ですから、回復魔法でどうこうする事はできませんが、
それでも専門家に見ていただくのは大切な事ですものね、こういった場合の対処法を教えていただきましょう」
納得のいかない国民が暴動にでもなっていたら、どうしましょう。
「そうね、衛兵もショックを受けているでしょうから・・・気をつけてね」
どれだけ良いか・・・しかし、それよりも深刻なのは、瀕死の・・危篤の、あのお方・・・
「わかりました、ではハプニカ様の容態を診ていただけますか?」
「はい、では・・・ハプニカ様・・・ハプニカ様!ハプニカ様!!」
「はい、では・・・ハプニカ様の今の症状を詳しく説明させていただきます」
「精神的ショックによる病状にはいくつか段階があります、軽いほうから説明させていただきますと、
気絶してしばらく後に気を取り戻す、これはごく軽い症状で普通にびっくりした場合でも気の弱い方ですと体験します、
これがさらにもう1段階進むと、記憶障害を起こします、早い話が記憶が無くなる、といった症状です、これは、
ショックを受けた瞬間の記憶を無くす軽度と、かなり大きく記憶を無くす重度があります、これがより酷い場合は、
成人してからの記憶を全て無くす・・・つまり、幼児退行してしまうという症状が現れます、また、それとは別に、
一番幸せだった頃の自分に戻るという、言うなれば現実逃避ですね、そういう症状もあります、ここまでが回復の見込みが
50%以上ある症状です、しかし、これより重い症状となると、人間としての機能自体に支障をきたしてきます、例えば・・・」
「・・・お待ちになってください、ちょっと詳細すぎて日が暮れてしまいます、結論のみを詳細に説明してください」
「はい・・・ハプニカ様の今の症状はショックのあまり精神的に死んでしまう寸前まできています、心の重体です、
本来、頬をはたかれれば本能的に抵抗なり顔をしかめるなりするものですが、それすらしない、できないとなりますと、
感情的機能そのものが低下、もしくは死んでしまっている状態だと思われます、心が死んでしまっては、回復は不可能です」
「わかりません、本当に心が死んでいるようには見えないのです、なぜなら・・・こちらを」
「これがハプニカ様が何とか意識を取り戻そうとしているのか、それとももうずっとこのままで固まっているのかはわかりません、
もし心が死んでしまっているなら・・・いくら体が生きていても、ハプニカ様の脳が、自分は死んでいる、と完全に認識しきって
機能を停止してしまっているならば、手のほどこしようがありません、しかし、何とかぎりぎりふんばっているのであれば・・・・・」
「はい・・・正直、ハプニカ様の頬を叩けば『何をする』と意識を取り戻してくださると思ったのですが・・・」
「頬を叩いたことの言い訳は必要ありません、病状確認のためですから立派な医療行為です、気になさらず」
「では、ララ様、ハプニカ様と2人きりにしていただけませんでしょうか?」
「そ、そうですわね・・・そちらもお願いしてよろしいですか?」
ふぅ、と大きなため息が・・・でもこれからなすべき事は山ほどあるわ。
「何の御用でしょうか?衛兵はこの階へ誰も上がってこれないはずですが」
たとえ顔見知りの衛兵といえど、ここへ入れる訳にはいかないのに・・・
「私は次期国王であるぞ!?ハプニカの夫である!妻の身を案じるのは当然であろう!」
「いえ!たとえ誰であろうとハプニカ様が確実に安心できる人でなければここへは・・・あ!!」
「いえ、こ、これは・・・ハプニカ様が命の危険を感じて目を覚ますかどうか・・・」
「・・・・・ハプニカを殴れたから、まあいいわ・・・ジャヴァー様!貴方の元へまいります!!」
「・・・もう飛び降りてしまったのですから、止めようがありませんわ、それより・・・」
首に少し紅い痕がついているけど、ハプニカ様なら大丈夫でしょう。
きっとハプニカ様の身の危険を感じて、窓の外から覗いていたのでしょう、さすがハプニカ様の白竜・・・!!
「きーーっ!離しなさい!ジャヴァー様の子供と一緒にあの世へ行くのよっ!!」
「ターレ公爵、白竜はおそらく屋上へ行くでしょう、ラーナンを取り押さえて牢に放り込んでいただけますか?」
「なぜ私が!次期国王の私に?そなたが行けば良いであろう!私はハプニカを看病せねばならぬのだ!!」
「・・・お言葉ですが、ハプニカ様の命を狙った輩をターレ公爵がひっとらえたとなれば、ハプニカ様の心証も良くなるのではないかと」
「むむ・・・おお、そうであるな!ハプニカにここでさらに恩を売るのも悪くない!よし、では妻を頼んだぞ!」
「よろしくお願い申し上げます、ハプニカ様もきっとお喜びなられるでしょう、こちらは私がターレ公爵の命でしっかりやっておきます」
ターレ公爵が来てくれなければ、あやうくラーナンに騙される所だった・・・!!
「あれはあれで、ターレ公爵の才能なのかも知れませんわね・・・」