しかし・・・あのお方の姿はどこにも無く、戦いぶりにもあのお方の面影は、無い。
「レンには及ばないと思います、したがってトレオとどうなるか・・・」
「そこで本来の師匠・ヴェルヴィの闘い方を助長する指導をしたと思います」
「新しい剣を渡すより、すでに持っている剣を研がせる・・・短時間の育成には効率的だ」
「はい、しかし今後、本格的にあのお方の弟子となれば、ヴェルヴィ派の闘い方も変わってくると思われます」
とはいえ姿まで無いのは・・・やはりトレオを監視しておられるのだろう。
いわば心理戦の達人だ、特に男に対してはほとんど負けた事が無い、
私の記憶では兄上やヴェルヴィに稽古で負けたくらい・・・とはいえ相手は魔物だ、
魔物に心理戦は無意味だ、よって大戦の時も、我が皇家と血の繋がりがあるのを理由に、
別荘である避難地・スバランの木へ潜んでもらっていた、国がもし滅んでも血を残せるように・・・
「前回準優勝のマリーがもし敗れたならば、国民はさらに騒ぐであろうな」
「・・・そうなるとトレオが暴れる可能性があります、そうなったら・・・」
「まあ、そうなれば逆に簡単に捕まえる事ができるが、問題は裏に何が潜んでいるかだ」
「黒幕がいるかどうか、あのお方が調べてくださっていますが、私にはその検討がつきません」
「うむ、それは私もだ、案外、黒幕などおらぬのかも知れぬな、いても大した敵ではないのかもな」
トーナメントを見る方としては絶対的な悪人(ヒール)がいて盛り上がるだろうが、
命を狙われている私としては、たまったものではない、だからあのお方もスロトに奇襲を頼んだのであろう。
「やはり・・・もう教える事は教え終わっているのかも知れぬな」
「フレシュはもしトレオが上がって来たらヴェルヴィ殿の敵(かたき)を必ず打つって息巻いていました」
「それでフレシュの闘い方ですが、あれはやっぱりヴェルディ殿直伝の・・・」
「うむ、先ほどララと話していた、それはもう良い、それよりマリーが気になる」
「そうだな、ひょっとしたらまだ闘っている最中かも知れぬが・・・」
なぜなら・・・重い体を揺らしながらスロトが飛び込んできたからだ。
「マリーが・・・いや、マリー様が・・・おお、可哀想なマリー様・・・」
「トレオの魔の力により・・・顔が・・・潰されましたぞ・・・」
「はっ、こういう事態ゆえ、シャクナをはじめ手の空いている僧侶を集めて治療を・・・」
「何とか助かると良いが・・・そうか、ということはトレオの回復役はいないという事であるな?」
「はは・・・それであのお方から伝言で、トレオは着実に弱っている、だからトーナメントは中止させないで欲しいと」
「そうか・・・魔物といえど体力は無尽蔵ではないはずだからな、ダメージも受けているはずだ」
白魔法では魔物であるはずのトレオが回復するはずはないのだが・・・
「ベスト4だな、残っているのはフレシュとトレオと、あとレンは残っているはずだが・・」
「ムホン!残り4人になった所で勝ち残った者に『何でも望む賞品』を聞くことになっておりますゆえ」
「ああ、この国で叶えられる限りの望みを叶える・・前回のルルは黄金の蹄鉄であったな、天馬用の」
「決まりでありますゆえトレオに望みを聞いた所・・その・・ウッホン!希望賞品は『ハプニカ』と」
「それはすなわち・・・私の命を狙っているという宣戦布告であるな?」
「・・・・・トレオは『ハプニカが欲しい』と言った訳ではないのでしょう」
「ああ、スロトがおそらく『何が望みだ』と聞いたら『ハプニカ』と答えただけであろう」
「その程度の知能しかないからこそ、マリー様の顔を潰すという酷いことを・・・」
「おぞましい・・・こうなった以上、やはり大会の中止も考えねばならぬか・・・?」
「ハプニカ様、魔物がそれだけの知識しか無いとなると、やはり裏に誰かいます」
「おそらくトレオは大会で優勝して、ハプニカ様に近づけるタイミングを狙っていると思います」
「優勝者は私が直々に優勝カップを授ける事になっておるからな」
「・・・知能の低い魔物が単独でそこまで出来るとは思えません、やはり操っている、魔の影があるはずです」
白魔法だけではなく闇魔法も使える、だが高いレベルでは無理なはずだ、
それに妹のミルがそのような事をするはずは無い、では誰が・・・他の国からか!?
「いえ、いまスロト様の遣いからこれをお渡しするように言われまして」
「これはベスト4に残った戦士の、優勝した場合に叶えて欲しい事リストですわ」
「むう、私の親衛隊に男が・・・いや、これはおそらくあのお方の親衛隊につきたいのであろう」
「そうだと思われます、ハプニカ様の親衛隊は永遠に私たち4姉妹だけですから」
「ほう、ジュビライらしい、ジュビライの権限なら私に許可などいらぬのに」
「おそらく優勝は無理だと踏んで、息子に奮起を促すためにかと」
「で、レンは?・・・そうか、では準決勝はジュビライとレンであるのだな」
「はい、レンの願いは・・・そ、その・・・大変申し上げ難いのですが・・・」
「はい・・・レンは・・・ハプニカ様に、なでなでして欲しいと」
「頭をなでる・・・まあ、レンの場合は賞品にあまり意味は無いからな」
「そうです、優勝したという事実だけで、レンは本当に欲しかった『心の賞品』を手に入れるかと」
「・・・ダメージは与えましたー、背中をしっかり刺したはずですー」
「それで、リリの中にあった納得いかない感覚の正体はわかったか?」
「まずは準々決勝の前にー、シャクナさんに会いに行きましたー」
「・・・ルルの奇襲に驚いてか、ちと辛い目にあわせてしまったな」
「安静にすればすぐ良くなるとのことでしたのでー、まずはトレオの試合をー」
伏目がちになった・・・やはりこれから語る内容は辛いのであろう。
「試合はー、はじめはマリーさんが攻めていましたー、というよりー、トレオは何もしていませんでしたー」
「そうかと思ったらー、しばらくして急にトレオが狂ったように・・マリーさんを・・・顔を中心に・・・」
「うむ、酷い怪我については聞いた、それよりリリの気付いたことを教えて欲しい」
「はいー、相手はやはり魔物ですー、全身を必要以上に覆う鎧がその証拠かとー」
「それにー、闇の魔物であればー、日光が当たれば力が弱くなりますからー」
「いえー、どちらかというとあの鎧は魔の力を体内に閉じ込めるためかとー」
「魔王が倒されてー、トレオにはもう魔の供給源が無いのではないかとー」
「・・・・・そうか、だから、魔の力が外へ漏れ抜けていかぬように鎧で閉じ込めておるのか」
「奇襲したときにー、包帯が見えましたのでー、包帯と鎧で二重に力を逃がさないようにしているかとー」
「それとー・・・トレオは確実に弱くなってきていますー、奇襲で動きが鈍くなりましたー」
「さすがの魔物も、予選1回戦から準々決勝まで闘い、2度の奇襲を喰らっては力が弱まるか」
「闘いが終わってからー、目が覚めてマリーさんの治療に集中したそうですー」
「よろしいのでしょうか?もちろん動かない事も手の1つではありますが」
「ララ、ここはどうしてもあのお方の『任せて欲しい』という言葉に待ちたいのだ」
「・・・・なにかー、なーにーかー・・・大きなピントがずれてる感覚がー・・・」
「まだすっきりせぬか・・・ではルル、やっぱりレンとミルから情報交換をしてきて欲しい」
ララはメイドのベネルクから水を貰って飲んでいる・・さて、そろそろ天覧席へ行くとしよう。
ステージの東西に控えるジュビライとレン、レンの隣にはミルだ。
「双眼鏡ですわ、決勝にトレオが来た時、客席を見張れるようにと思いまして」
「用意が良いな、フレシュが倒してくれればその心配もいらなくなるのだが」
ジュビライが一気に間を詰める!しかしレンは長槍でそれを・・・
槍がバネのように大きくしなり、その先に捕まっていたレンが・・・!!
ステージの中央に落ちて、待ち構えるジュビライの剣の餌食に!!
直後、さらに大きくジャンプする!その下をミルが発射した攻撃魔法が通り、その先には!!
・・・・・ジュビライのセコンド、妻の体にかすり服に燃え移る!!
しかし、なぜだ?なぜ、父上が持っていたはずの、剣斬りの剣を!?
「母さん!母さあああああああああああああああああああああん!!!」
あくまで闘技、刃を殺した剣で戦う予定が、なぜ我が父秘蔵の剣を・・・!?
「えー皆様!只今の試合はジュビライ殿の反則負けであります!!」
3人が無言でステージを後にする、一体、ジュビライはどうしたというのだ!?
「これでしたー、私のしっくりこなかった謎はー、敵はトレオだけではありませんでしたー」
「うむ、リリ・・・そなたの疑問はこれであったな、しかしなぜジュビライが・・・!!」