
「猫ちゃん・・・いっしょに・・・」
僕はそれ以上言わせない方がいいと思い、
僕の方から誘った。
「真雪、教室まで一緒に行こう」
黙ってうなずく真雪。
「では瑠璃は中等部へ行くのだ☆またあとでね、おにいちゃん♪」
瑠璃はあっさりと引き下がり、
スカートをひらひらさせながら、
中等部校舎へと走っていく。
「さ・・・行こう」
高等部へ向かう僕と真雪、
まだお互いぎくしゃくしているようで、
間合いを取りながら互いに無言のままである。
・・・ルリーきっと、こうなるのわかって・・・
結局真雪は僕の少し離れた後ろをついてきただけで、
別段なにも会話することはなく、
それどころか目を合わすことすらなかった。
うーん、やっぱり深い溝だなぁ・・・
などと思っていると僕の前に見慣れた男がやってきた。
「おっす!猫ちゃん!!」
いかにもお調子者といったこの軽い男、
犬山二重丸、瑠璃にぞっこんな16歳である。
「今日も瑠璃ちゃんは元気だった?」
「ああ、あいかわらずだったよ」
「特に変わったことなかったの?」
「そうだなぁ・・・ゆうべ若貴兄弟にプラッシー注がせて飲んでたなぁ」
「またまたぁ、猫ちゃんいつもそんな冗談ばっかり」
今までこいつに嘘の報告など一度もしたことはないのだが、
それはそれで面白いのであえて質問に答え続けている。
「でも瑠璃ちゃんってさぁ、なんか不思議な・・・」
話を続ける犬山に適当に相づちを打ちながら、
真雪の方に目をやる。
一人、黙々と授業の予習をしている、
優等生を絵に描いたような姿だ。
「・・・・・だよな、瑠璃ちゃんて絶対。そうだろ?猫ちゃん!」
「ん?あ、ああ、そうだな」
「だよなー、瑠璃ちゃんってキスもまだに決まってるよなー」
♪き〜んこ〜んか〜んこ〜ん♪
そうこうあしらっているうちに、
1限目の授業が始まった。
やる気なく、適当に教科書を開く。
そこには可愛らしい文字でらくがきがしてあった。
「おにいちゃん、ちゃんと勉強しなきゃだめよ♪
とりあえずは先生の話だけでも聞きましょうね☆」
僕はどきっとした。
適当に開いたページなのに・・・
何か、何もかもすべてルリーのお見通しのような気がして、
少し背筋が寒くなった。
・・・・・今日はちゃんと先生の話を聞こう。
♪き〜んこ〜んか〜んこ〜ん♪
気がつくと2限目が終わっていた、
今日はいつもより先生の話が理解できたような気がする。
しかし、次は僕の一番苦手な英語だ。
「猫ちゃん、今日はミニテストの日だぜ」
「うそ?すっかり忘れてた・・・」
「でも範囲狭いから大丈夫だよ、ここの長文を訳せればとりあえず合格のはずさ」
「犬山、できるの?」
「あ?あ、ああ、できるさ、えーっと・・・
ボブはそのとき、O次郎語の翻訳家としての第一歩を踏み出した、
しかしそのころすでにサルガッソーから悪魔超人の使い、住宅展示場マンが・・・」
「もういいもういい、自分でやるよ」
僕は犬山の訳す奇文を聞き流し、
辞書を手にとり予習をはじめる。
「ナンダヨー、せっかく緊張をほぐしてやろうと思って・・・」
ちょっとチューヤンっぽく言ったセリフも無視し、
せっせと英文を訳す。
するといつのまにか僕の後ろに人影が立っていた、
か細い、弱々しい、聞きなれた女性の声が話し掛けてくる、
真雪だ。
「・・・猫ちゃん・・・これ・・・」
そう言いながら僕にそっとノートを差し出した。
「私、もう終わったから・・・」
見ると英語のノートだ、
今回のテストの予習がすっかり書き込まれている。
「真雪、いいの?」
「・・・うん・・・」
真雪は軽くうなずくと、そそくさと自分の席に戻った。
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