Say a little prayer 2
Say a little prayer 2





 八樹の大荷物は昼飯だった。
 しかも半分は八樹が作ったという。
 八樹が作ったのは、おにぎりとサンドイッチだった。
 その組み合わせはかなり謎だったが、作りやすくて食べやすいのは事実だ。
 三角に握ることも中に具を入れることもできないらしい八樹のおにぎりは、丸いが食べやすいサイズで、具はごはんに混ぜてあった。
「それでね……」
 八樹は複雑な顔でもう一つの箱を開けた。

「……」
 そこに入っていたものはハデだった。豪華というよりとにかくハデだった。
 ハーブ焼きにされた鳥の足には白い紙の飾りがついているし、なぜかその周囲には焼いたマッシュポテトがショートケーキのホイップクリームのような形で飾り付けられている。
「なんか、かあさんがはりきっちゃって…」
 八樹はばつが悪そうだ。

 複雑そうなタレにつけて焼かれた上にハーブまでかけられている鳥は、あきらかに地鶏だったし、つけあわせのプチトマトは焼いてある。
 八樹の親は凝り性なのだろうか?
 だいたいこいつは親に何て言ったんだ?
「……ただ、お弁当作る、って言っただけだよ」
 オレは別に何も言ってないのだが、八樹は勝手に弁解し始めた。
「……でも、ごはんの炊き方わかんなかったから……」
 母親に炊き方を聞いたのが運の尽きだった、というわけだ。
 こいつの親は、たぶん八樹が剣道部の連中とピクニックにでも行くと考えたのだろう。
   とりあえずうまかったので、オレはそれ以上深く考えるのを止めた。

 八樹が作ったとかいうおにぎりとサンドイッチもまずくはない。
 オレがそれを食べてると、八樹がこっちを見てくるのがちょっとアレだったが、別に全然まずくなかったから、「まずい」と突き放すわけにもいかない。
 八樹は何も聞かないが、聞きたいのを一生懸命押さえているらしいのがありありとわかる。
「……まずくはねーよ」
 しかたない。ずっと見られながら食べるのもうざい。
「そう。ありがとう」
 八樹はひどく嬉しそうで、オレはなんか負けたような気分になった。



★  ★ 



 よくわからない昼食が終わり、また歩き始める。
 歩いているというより、登っているか下っているかだ。
 八樹の持ってきた昼食は全部畳めるようになっていて、身軽になった分、八樹は張り切っている。
 
 選んだ道は一応人が通れる道ではあったが、手をついたり、木の根に手をかけたり、飛び越えたりしなくてはいけないところまであって、さんざんだ。
「ほら、半屋君。新宿が見える」
 明らかに山奥の山道だったのに、視界が急に開けて、意外に近くに新宿の構想ビル群が見える。
 なんだかシュールだ。
「妙に近く見えるよねー」
 八樹は相変わらず呑気だった。
 もう一度見直すと、それほど近くはない。どうも山道に毒され始めていたらしい。
 
 そうやって歩き続け、ようやく舗装された道路に出る。もう四時になっていた。
 その道路を下るとJRの駅に着いた。
「日野にね、天然理心流の道場だったお屋敷があってさ、そこでお蕎麦を食べれるんだ。結構おいしいらしいから行ってみない?」
 ハードな山道を健康的に歩かされて、オレは心身共に疲れ果てていた。ナントカ流にはまるで興味がなかったが、めんどうなのでそのまま放っておいた。



★  ★ 



 電車に乗ると、車内には気合いの入った女が彼氏と指を絡めていた。次の駅でもまた気合いの入った女が乗ってきた。

 しばらくして、ようやく今日がクリスマスイブだと気づく。

 クリスマスなんてもんはオレには全く縁のない行事だし、興味もない。
 さすがに今がクリスマスシーズンだということは知っていたが、それがいつ始まり、いつ終わるのかなんて事に全く興味がなかった。
 だからオレは今日がイブだなんてことはすぐ忘れてしまったのだが、また次の駅でも気合いの入った女が入ってきて、ふと妙なことに気づく。
 クリスマスなんてもんはオレには全く関係ない。
 でも隣にいるコイツにはどうなんだ?

 八樹は行事好きだ。
 キコクシジョしかやらないようなハロウィーンなんて行事にさえ関心を示し、仮装してどっかの遊園地に行こうだとか下らないことを言ってきた。
 そんなヤツがクリスマスイブなんてもんを忘れるだろうか。

 そしてようやく気づく。あの謎の弁当は、クリスマス用だったわけだ。
 クリスマスに初めて料理をする息子を応援する母。二人分の分量を訊く息子に、母は大きな勘違いをしたのではないだろうか。
 そしてたぶん、料理もしないカノジョとやらに対する対抗心から、あの豪華な弁当になったのだろう。
 
 そこまで考えて気づく。
 ―――ちょっとまて。かなりわけわかんない展開じゃないか?
「おい」
 八樹は窓を流れる景色を見ながら、あれこれくだらないことを言っている。
「なに?」
「てめぇこの後なんか用事があんじゃねーのか」
「別にないよ。
 ―――あ、気づいちゃったか」
 八樹はへろっと笑った。
 これは確信犯だ。まちがいない。
 オレが気づかないだろうって知ってて、高尾なんて場所を選んだのだ。
 確かにカップルだらけの街なんかに出てたら、いくらオレでも今日が何の日なのかは気づくだろう。
 クリスマスイブに高尾に登ろうなんてカップルはさすがにいなかったから、もともと全く関心のないその事実に、オレは気づくことがなかった。
「別に関係ないんじゃない? 単なる日曜だろ。 
 ほら、半屋君、ついたよ」
 八樹はさっさと電車を降りる。
 オレはなんとなく釈然としないものを感じながら、それに続いた。



 
★  ★ 

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 ごめんなさい、まだ続きますー。
 同人界では最重要行事のクリスマスも、意外にうっかり忘れる人というのは多いものです(笑)


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