| クリスマスなんて行事はだんだん落ち着いてきていて、この時期に男二人で歩いているからどうの、ということはない。 それでも、このまま八樹とメシを食うのはどうかと思う。 今日は全くクリスマスとは縁のない一日だったし関係ない―――ような気はするのだが、どこか八樹にだまされているような気もする。 「天然理心流って好きな流派じゃないんだけど、木刀で練習して実践を重視したりさ、そのあと実践で役に立っていたことを考えると―――俺なんかには向いてたのかもな、と思うよ」 八樹はわけのわからない歴史だか剣道だかの話をしている。 このまま歩いていたらその場所に着いてしまう。そしてよくわからないままになる。 オレはやっぱり行きたくなくなって、歩くのを止めた。 「帰る」 八樹は大きく息をついた。 「全然関係ないよって言っても、そうは思ってくれなそうだよね」 クリスマスだからなんて理由で行動するのは、たとえどっかに行かないということでもゴメンだ。でもなんかおかしいし、なんかイヤだ。 「半屋君はさ、たとえば彼女がクリスマスだから半屋君と一緒にいたいって言ったらどうする?」 「うざい」 「……だよね」 何か続けるのかと思ったのだが、八樹はそれ以上何も言わなかった。 勢いをそがれ、オレは帰るタイミングを失う。 「だから何なんだよ」 オレははっきりしないのも、ワケがわかんないのも嫌いだ。 「そうやって何でも決めつけようとするのはよくないよ」 コイツは時々こういう奥歯にモノがはさまったような言い方をする。 そのたびにオレは苛つくが、気がつくとはぐらかされてしまう。 人間の相性としては、明らかに最悪な部類だろう。 「たとえば俺が君のことを好きだって言ったら、君はすぐに俺がゲイで身体目当てだとか決めつけて、それ以上何も受け付けてくれなくなっちゃうだろ」 「ア?」 「だからまだ言わないよ。 ―――ほら、半屋君。せっかくここまで来たんだし、行こうよ」 八樹はさっさと歩き出す。 オレは何をどう反応していいのかわからずに立ちつくした。 「それとも、今日君と二人でいたかった、その意味を知りたい?」 オレは反射的に首を横に振った。 「うん。俺もまだ聞かない方がいいと思うよ」 そう言って八樹は綺麗な顔で笑った。 八樹がもってまわった言い方をするからわからなかったのだが、早い話、その蕎麦屋は新撰組の道場だったのだ。 土方とかいうのの従兄が建てた道場で、昔ここで修行していたらしい。 さっき言ってた天然理心流が自分に向いているとかいうワケ分からない話も、ときどき繰り返される自嘲の一種だったようだ。そんなもんはわかりやすく言えと思う。 観光地を利用している割にはまぁまぁの蕎麦屋で、八樹がくだらない話をしてなければ、まぁ雰囲気もいいし悪くはない店だ。 しかしオレはなんでこんなとこで、八樹と一緒に蕎麦なんか喰ってるのだろうか。 クリスマスイブに蕎麦を食っているカップルなんていなくて、店内はごく平穏だった。 オレは何かをいわなくちゃいけないような気がして、でも何をいったらいいのかよくわからなった。 自分の中から、何か言葉が出てくるような気配がする。 そして、普段そのまま流してしまう気配を、なぜか八樹が気がついているような気がした。 「……で、てめぇは今日なにがしたかったんだ?」 しばらくかかってようやく出てきた言葉は、聞きたかったこととずれているような気もしたが、言った瞬間、言わなければ良かったと後悔した。 「半屋君と山登り。 ……一緒にいたかった、とは言ったよね?」 八樹はそういうオレを気にする様子はなく、当たり前のことのようにそう言った。 そしてオレは何をどうしていいのかわからなくなる。 「そうだな……。まぁクリスマスだしねぇ…。せっかくだから、一つしてみたいことはあるかも」 八樹はなにかとんでもないことを言い出すんじゃないか。 オレは反射的に身構えた。 「んだよ」 「ちょっとした願い事……かな」 その時オレが考えたことは、かなりわけのわからない、恥ずかしいことだったが、それはここではおいておこう。 「……言ってみろ」 「来年のクリスマスはさ、ちゃんとクリスマスだって言ってから誘うから。 覚えててね」 さっきからずっと、どこに身を置いたらいいのかわからない居心地の悪さがある。 なのに八樹はいつもどおりへろへろしたままだ。 「それだけか」 「うん」 八樹は満足げに微笑んだ。 「……かえる」 こんなに居心地が悪いのに、ここにいる理由なんかない。 「帰っちゃうの? 居心地が悪いから?」 オレは八樹を睨み付けた。 ぜったい、最悪に相性の悪い人間だと思う。 「ごめんね。ホントはちゃんと言いいたいんだけど。 まだその時期じゃないって知ってるから」 八樹の瞳はおだやかで、でも深い色をしている。 「てめぇしばらくオレのとこにくんな」 吐き捨てるように言う。 普通の人間はそう言うと二度とこない。 しかし、 「やだよ。せっかく冬休みだしねー。どこいこうか? 初詣行きたいなー。せっかくの世紀の変わり目だしね」 などと、八樹は相変わらずバカなことを言い続ける。 「一人でいけ」 「次の世紀の変わり目に一緒につきあってくれる、っていうなら今回は一人で行ってもいいよ?」 八樹はまるで脅すかのような口調でそう言った。 なんなんだコイツはいったい。 「……なんてね。ちょっと浮かれすぎかも。 もう少しゆっくりしなきゃって思ってたんだけど、だめだね。やっぱクリスマスだし」 八樹は何を考えているんだかよくわからない、照れているのかもしれない顔をしていた。 「あーあ。ちょっと言い過ぎちゃったなぁ」 色々ききたそうにしている母親に感謝の意だけ伝えて、八樹は自室のベッドに伸びた。 今日はクリスマスイブだ。 そんなこと関係なく、いつもの休日のように好きな人と一緒に過ごそうと思ってた―――はずだった。 「失敗したなー」 クリスマスなんてことを全く想像させないデートプランは完璧のはずだった。 なのに自分がダメだった。すっかり舞い上がってしまっていた。 半屋は別に鈍いわけではない。 八樹の感情にだって、結構前から気づいているはずだ。 でも気づくたびに心の中で否定してしまう。そして存在しないことにされてしまう。 しかし八樹は半屋が否定できないような、決定的な言葉を伝えるつもりはない。 こうやって伝え続けている感情を、半屋がどんなに否定しても、否定しきれなくなるときまで待つつもりだ。 半屋には、言葉にされない感情というものを信用していいのだと考えれるようになることが必要だ。 それに、こんな感情のやりとりを、自分以外の人間とさせるつもりもない。 だからしばらくはこのままで。 「来年のクリスマス―――までにはどうにかなるといいなぁ」 こんな調子で、自分の忍耐がどこまて持つのか。 反省しながらも、浮かれたまま、今までの中で一番幸せな八樹のクリスマスイブは過ぎていった。
なんだか史上最大の気障八樹だったような気がします(笑) |