「半屋君、今度の日曜ってヒマ?」 昼休み。コンビニで買ったパンを食べてると、八樹がやってきて、バカの一つ覚えのようにいつものセリフを繰り返した。 「……」 別に何の予定も入っていないが、それをこいつに言ってやる気はさらさらない。 「じゃあ10時に新宿の西口交番の前でいい?」 「アァ?」 「寒いと思うから暖かい格好してきてね。あと靴はスニーカー」 オレはヒマだと言った覚えはないし、だいたいそんな朝早くから八樹なんかと出かけるつもりもない。 「…もしかして用事ある?」 勝手に待ち合わせとやらを押しつけて、後からそう聞いてくるのもいつものこと。 でも、いつも『どーせ用事なんてないよね』という態度がありありと伝わってくるのに、今日は妙に下手に出てきてるような気がする。 「……べつに」 「じゃあ10時ね。楽しみにしてるから」 それだけ言うと、八樹は自分の校舎へ戻っていった。 どうやらまた約束したことにされたらしい。 このところ休みの日には八樹と出かけることが多い。 よくわからないうちに待ち合わせ場所を決められて、オレが何を言っても勝手に念を押して去ってゆく。 たいていオレはそんなこと忘れているのだが、なぜか待ち合わせの日の朝になると、場所と時間を思い出してしまう。 なんだかんだいってこのところ、休日は全て八樹と出かけているような気もする。 八樹はオレにこびへつらうわけではない。 会えばケンカをするというわけでもない。 いつか決着をつけようとは思うが、いつかはわからない。 そんな存在が自分にとってなんなのか、オレにはまるでわからない。 トモダチとかいうのかもしれないと、ごくまれに思うことがないわけでもないが、それもどこか違う気がする。 待ち合わせの当日。オレはいつもより早く起きてしまった。 昨日から実家に帰ってきていた姉にたたき起こされたのだ。 「でかけんでしょ! さっさと支度しなさい」 ずかずかと人の部屋に入り込んできた姉は、布団をひっぺがえした上に、オレをベッドからたたき落とした。 「んだよ…」 「でかけるんでしょ。アンタ昨日用意してたじゃない」 「してねーよ!」 姉はオレを部屋から叩き出し、そして結局、オレは約束の時間に間に合ってしまったのだ。 「半屋くん、ごめん、待った?」 乗降客でごった返すJRの改札口から、不器用に人混みをよけながら走ってくる八樹が見えた。 宣言通り暖かくて動きやすい服を着てきた八樹は、走ったためだろう頬を紅潮させている。 「まってねぇ」 まだ待ち合わせ時間にはなってないはずだ。 「そう、よかった。 あ、こっちだから」 オレの腕を引っ張るようにして八樹が案内したのは、京王線の乗り場だった。 「どこ行くんだよ」 オレはめったに京王線なんて乗らないし、沿線に何かあるかと聞かれてもまるで思いつかない。 「まあ、いいだろ。 俺、切符買ってくるね」 普段はきっちり割り勘にする八樹が珍しくいそいそと切符を買ってくる。 差し出された切符は私鉄にしては妙に高い気がしたが、そのときはたいして気にしなかった。 「さむい」 「うーん。そうだねぇ。 あ、俺カイロ買ってきたんだ」 八樹がくれたカイロは謎のプラスチックのケースに入った、女子供が好きそうなシロモノだった。 「普通のより持ちやすいだろ。手も汚れないし」 確かにそれはそうなのだが、そういう問題ではない。 「オレは帰る、って言ってンだよ!」 「たぶんそうなんだろうな、って思ったけど。 ―――いいじゃん、ここまできちゃったんだから」 八樹が連れてきたのは『高尾山口』という寂れた感じの駅だった。 実際に寂れているワケではない。 春から秋にかけてまではにぎわっているのだろう。春から秋までは、だ。 「冬に山のぼるバカがどこにいんだよ!」 「別に雪が降ってるわけでもないし、問題はないんじゃない? ほら、一応ハイキングのおじさんやおばさんたちもいるし」 高尾山は東京では一番メジャーなハイキングスポットだ。オレですら小学校の時に来たことがある。 『高尾山口』駅からケーブルカーに乗って山腹までいくコースが一般的で―――この『高尾山口』という駅はそれ以外の目的でくることはありえないような駅だ。つまり八樹は12月下旬のこの時期に、ハイキングなんてもんをしようとしてるのだ。 「半屋君、ほら、こっちだよ」 「誰が行くか、バカ」 「上には猿山もあるし」 「……」 「あ、そういう意味じゃないよ!」 どういう意味なのかはあえて聞かないが、そのはずみで結局ケーブルカーの方面に勢い良く歩く結果になった。 このまま上に行くのも、電車に乗って戻るのも、同じくらいのバカバカしさだ。 ハイキングなんてもんは絶対やりたくないが、今ならまわりに人が少ない分、ふだんよりはマシといえないこともない。 ケーブルカーから見える木々は葉が落ちて、寒々としている。 シーズンには混み合うだろうゲーブルカーも、人が少なく寒々としている。 「なんだかますます寒そうだよねー」 八樹は一人で楽しそうだ。 「俺、高尾なんて小学校のとき以来だよ。半屋君は?」 「黙れよ」 「う……ん」 八樹は黙り込んだ。 八樹が話すのを止めると、このケーブルカーの中でオレ一人浮き上がっているような気分になる。 黙れと言ったときの八樹の表情は少し悲しそうで、それも微妙に後味が悪い。 ケーブルカーが終点につこうというとき、なんとなくきまずいまま八樹を見ると、八樹はキレイに笑って、また下らない話を始めた。 「半屋君、ハードコースとソフトコース、どっちにする?」 猿山は無視して通り過ぎ、しばらく歩くとハイキングコースに出る。 「ハード」 「……そうだね。聞き方が悪かったよね…」 なんだかんだ言って負けず嫌いの八樹は、簡単な方にしようと言いだしはせず、結局お互いひっこみがつかなくなって、険しい道を進むことになった。 手に大きな紙袋を持った八樹はよたよたと山を登り、オレはオレで悔しいことに息切れする。 「よかった。ベンチがある。半屋君、お昼にしよう」
続きますー。どこがクリスマス?って感じですが(笑) |