ネオテニー1





 がちゃがちゃと激しい音がして、ドアがきしみはじめた。
 次の瞬間には何をしていたのかも思い出せずに、寝るでも起きるでもない、いつも通りの時間を過ごしていた半屋はその音にしぶしぶ起きあがる。
「るせーな。壊すんじゃねーよ、バカが」
 ドアが壊れる前に―――少なくとも自分ではそう信じて、半屋は急ぎ鍵を開ける。
「あいかわらずヒマそうだな」
 そこに立っていたのは案の定、梧桐勢十郎だった。しかし今日はその横に五歳ぐらいの子供を連れていた。
「ンだよ、このガキ」
「仕事はどうした。今は仕事の時間だろう?」
 その時間に訪ねてきておきながら、あいかわらずしらじらしい。ついでに半屋の質問に答えるつもりもないようだ。
「るせーんだよ」
「何回目になると思っているのだ」
「てめェには関係ねーよ。用がねぇなら帰れ」
 やめた仕事の数はもう覚えていない。この前の仕事はかなり割がよかったから、ほとんど金を使わない半屋は、ここしばらくの間、働かないですんでいた。しかし、いい加減そろそろまた仕事を探さなくてはならない。
「半屋」
 相変わらず梧桐は半屋が何を言っても気にしなかった。半屋はそれにイラつきながらも、仕方なく梧桐を見る。
「これを育てろ」
「アァ?」
 梧桐は連れてきた子供を半屋につきだした。子供はおびえて梧桐の後ろに隠れようともがいている。梧桐はそれを強い力で押さえつけた。

 「八樹宗長という」
「…どっかで聞いたことがあるな」
「覚えておらんのか」
「だから聞いたことがあるって言ってんだろ」
 半屋の答えに梧桐はなにを考えているのか読めない、複雑な表情をした。
「ンなことはどうでもいいだろ。で、何なんだよ、このガキは」
「あずかりものだ。だがオレが育てるわけにはいかん。貴様が育てろ」
 話題の中心であるはずの子供は、むりやり半屋の前につきだされたまま、おどおどした態度でひどくうろたえている。いかにもいじめられそうなガキだな、と半屋は思う。弱くて、いじめられるぐらいしか存在意義のなさそうな、線の細い子供。半屋は一瞬でそう判断したが、その次の瞬間にはその子供の事を忘れた。
「高校の人間で誰か覚えているものはいるのか?」
 梧桐は複雑な表情のまま、あまり梧桐らしくない事を言った。しかし、そんな言葉にも答えざるをえない威圧感がある。それを厭いながらも、仕方なく半屋は梧桐の質問に答えた。
「…ホラてめェのそばにいた…なんだったか、ホラ…ああ、青木だ青木」
「他には」
「てめェの女で…かなりいい女で…なんだったか女優になるとか言ってた…」
 なんとなく覚えてはいるのだが、その輪郭はぼやけ、知っているはずの名前も出てこない。
 まだ梧桐は威圧的な瞳で半屋を見ていた。
「仕方ねーだろ。もう二年経ったんだ」
「半屋」
「ンだよ」
「一ヶ月後、またくる。わかったな」
 梧桐はそれだけ言うと、半屋の部屋にあがることもなく去っていった。後には半屋と、泣くことさえできずにおびえている子供だけが残された。

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