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それにしてもテレビの正月番組がおもしろくなくなりました。 これが見たいというのがないですよ。 という中で正月2、3日で行われた学生駅伝は見入ってしまいました。 ここ数年ややはまっています。 沿道の応援の人たちも年々増えているような気がします。 なぜ人気があるのかいろんな理由があるのでしょう。 まあ理由に関しては専門家におまかせします。 見ていて面白いのは、トップ争いとシード権を賭けた10位入賞争い。 更に今年ちょっと興味があったのは、学校としては選にもれてしまったところから 優秀な選手を集めた学連選抜がどこまでやるかというところでした。 シード権を逃すと予選の過酷なレースを免除されるため皆必死です。 その関係でふと目が離せなくなったのは、10位入賞があり得ないと決まった選手達の走りです。 既に来年のシード権が無い選手は目標が無くなった状態で、どのような気持ちで走っているの のでしょうか。 「ひとつでも上に行く気持ちでやるのだから」とか 「全力を尽くしてこそ価値がある」と傍から見て言うのは簡単です。 20km前後の長丁場、目標が消えた状態で強い意志を保つのは それほど簡単では無いと想像します。 それでも必死に走る理由(モティベーション)はなんだろか。と思わず柄にも無く真面目に 考えてしまったのです。 走っている最中は「もしかしたら入賞」などという一縷の希望(1%の可能性)に かけて走るのでしょうか。 空手の競技においてはあまりそのような状況は発生しません。 ほとんどがトーナメントですから負けた時点で終わりです。 似たような状況がひとつだけあります。 3位決定戦です。 準決勝で敗れた2名が3位を賭けて戦うあれです。 私自身、一度だけ3位決定戦を経験しました。 そのときの私自身を振り返ると恥ずかしい限りです。 何の闘志も、殺気もない。 ただメニューをしかたなくこなすという感じです。 執念が足りないのです。 観客としも、3位決定戦では何か熱が入らない。 しかし戦う本人がそれではいけないのでしょう。 多分、駅伝の選手も走りながら「もういいや」くらいの気持ちが 沸いてくることがあると思います。 それを押さえ込み全力を出させるモティベーションは? くそ〜という本能と意地で走っているのかもしれません。 但しそれは、根性論だけではできないことです。 常日頃の練習をしっかりやっていなくては不可能であると信じます。 学生選抜の選手の人たちにもこの話は当てはまるかもしれません。 順位は関係ない。 その中でどのような気持ちで走ったのでしょうか。 何か言葉に表現しずらい感覚を味わったレースでした。 |