「いってーっっっっ?!」

 未だに爆睡している優を偶然発見し、なにやらイタズラをしていた美由紀は作業の手を止めた。

 「えっ?」

 あのよく通るハスキーな声と言えば。

 (松岡さんだったわよね。・・・どうしたのかしら。)

 ・・・まさかケガでもしたのでは?! そう思った途端、美由紀の顔はみるみる青ざめていった。

 今の美由紀の危惧はただひとつ。
 それは、この"DoLLs"のメンバーの誰かが負傷してしまい、ゲームそのものが無効になってしまったら・・・と、いうことだけである。
 流石にこれ以上はカンベンして欲しいというのが正直な所ではあった。
 今回は偶然と幸運も含めてなんとかここまで勝ち残ってはきたものの、次に同じことをやれと言われたら、もともと体力もそれほど無い自分こそが真っ先に討ち取られてしまうだろう。

 と。

 メキメキメキ、・・・ズズーンっ・・・。

 見れば遠くで巨木が倒れてゆく。と、言うことは。

 (今のが松岡さんの八つ当たりだとすれば・・・。)

 その洞察力は素晴らしすぎるぞ美由紀。つまり、・・・取り敢えずケガは負っていないという事だ。

 一安心した美由紀は、いよいよ覚悟を決めた。
 岡千恵という、ある意味において今大会中最大の強敵が沈んだのだ。このゲームもいよいよ終盤に差し掛かってきたと見るべきであろう。

 (急がなくちゃ!!)
 美由紀は中断していた作業を続行する。

 作業自体はものの1、2分で終了した。それを優に施してから改めてマガジンの残弾を確認すると、美由紀は更なる緊張感をもって手近なブッシュに飛び込んだ。


"Who done it ?!"

〜あるいは「モテモテ主人公君争奪 大サバイバルゲーム大会実施の顛末」〜
(ACT-9)

 同じ頃。

 どうも当初の目的を忘れがちな感のある若菜は、何時の間にか千恵のことをもすっかり忘れていたらしい。悲痛な千恵の断末魔の声を、それはそれは随分と離れた場所で聞くことになったのである。

 (あらっ?)

 とある茂みの中で若菜は動きを止め、そしてゆっくりと深呼吸をした。
 ・・・なんだかちょっとつまらないらしく、その深呼吸には少しばかりのため息が混じっていた。

 (全く、・・・少しは私を楽しませてくださいませ。)

 しかし、だ。
 少なくとも千恵は自分の辿った道筋をやっきになって追いかけてきたはずだ。
 と、言うことは、あの時千恵の代わりに自分が討ち取られていたかも知れないということだけは肝に銘じておかなくてはならない。若菜は勝負を忘れてただ単純に遊んでしまっていた自分の甘さを一度だけたしなめると、次の獲物を探すべくブッシュの中から顔を覗かせた。

 すると。

 果てしない緑のグラデーションの中、明らかに違う色がある。それを注視しているうちにあることに気づき、危うく若菜は小躍りして喜ぶところであった。



 動かない人型の目標物。



 それはひょっとするとデコイ(囮)なのだろう。
 しかもわざと発見されやすいように、ご丁寧にも白っぽい板切れのようなものを目印にしている。
 あの側に、ひょっとしたら小ざかしい知恵を持った相手が自分を待ちわびているのかも知れない。

 (・・・少しは楽しめそうですわね。)

 口元が思わず緩むのが自分でもわかる。
 若菜は急いでアンブッシュすると、手持ちのマガジンにありったけの給弾を始めた。

 このマガジンは、ゼンマイを使用したいわゆる多弾装タイプのものではない、買えば標準装備でついてくるスプリング給弾のものだ。なぜなら、確かに多弾装のものなら弾切れの心配からは幾分か逃れられるが、その見返りが致命的なのだ。

 その致命的な見返りとは、・・・「音」である。

 中にあるBB弾はゼンマイの力によってマガジンリップまで送られてくるのだが、全ての弾がそうかと言うとそうではない。弾は井戸水を汲み上げるバケツの要領で順繰りに給弾されてゆくので、どうしてもマガジン内で遊んでしまう弾が出てくるのだ。つまり、多弾装がゆえにジャラジャラという音がどうしても生まれてしまうのである。
 実際の戦争でも、腰につけた水筒はいつもクチまで水をいっぱいにしておかないと、内部の空気と水とがチャプチャプという音を立て、敵に発見されやすくなるそうである。若菜はそれを嫌っていた。黙々とスプリング式のオリジナルマガジンにBB弾を詰めてゆく。

 (武道の基本は白兵戦ですものね。)

 そう言って笑う若菜は、どこか楽しそうだった。

 それにしても。

 ここからその目標物までは少々距離がありすぎた。
 若菜の銃はご存知のとおり"MP5-K"というのだが、この「K」はドイツ語で「短い」を意味する"kurz(クルツ)"のことだ。実際、この銃には「銃身」というものが殆ど無く、だからこそ機動力にかけては天下一品なのだが・・・、如何せんここからではどうにも戦いようが無い。
 それに、あの目標物に真っ直ぐ向かっていっても仕方ないのだ。敵はどこで待ち構えているのか皆目見当がつかない。

 全てのマガジンをいっぱいにすると、若菜はゆっくりと目的の物に向かって進み始めた。
 周囲を普段以上に警戒しているせいか、・・・その「強烈な敵意」とでもいうような気配は消しようが無い。




 そして、それこそが彼女の復活のキッカケとなってしまったのは皮肉といえば皮肉であった。


 (あれ?)

 優は最初、自分が一体どうなっていたのか判らなかった。

 (うん?)

 優は旅、それも一人旅をすることが多かった。時には無人の駅の構内で夜明かしをすることもあったりした。そんな生活をただの女の子が続けてゆく上で、必要にして不可欠なもの。それは、「自分の周囲の人物が危険かそうでないかを見抜く能力」である。

 今まで不自然な格好で寝ていたせいで、カラダはひどくダルい。しかし頭の中は冴え渡っていて非常に気分がいい。
 その冴え渡った頭が、自分に火急の用を告げている。「ココハ、キケンダ」と。

 とっさに時計と周囲を同時に見てとる。そこで優は初めて、自分の状況に不自然な現象が起きているのを理解した。
 どうして時計の針は自分になんの断りも無く40分も進んでるんだろうか、と。

 (・・・ひょっとしてボク、今の今まで居眠りしてた?!)

 急に不安が募る。自分以外のメンバーが今どうなっているのかすら判らない。でも・・・。

 (こうしちゃいられない!!)

 そう、時間はあれから確実に経っている。そして何かが今、確実に距離を詰めつつあったのだ。

 先ほどから感じていた気配。それは「純粋な敵意」とでも言うべきものだ。そこに悪意は無く、ただただ剥き出しの大太刀のような研ぎ澄まされた意識がそこかしこに見え隠れする。
 優は急いで自分の銃、"H&K MP5-SD6"のチェックにかかる。バッテリー、セレクター、そして・・・マガジンの中身。

 (よしっ。)

 迫りつつあるその「敵意」めがけてマズルを向け、優はトリガーを引き絞った。



 ボボボボボボッ!!



 ・・・サイレンサーが付いているおかげで、"SD6"は関西方面ではちょっと口にできない意味深長な咆哮をあげた・・・。


 (ええっ?!)

 若菜は二度驚いてその場で動けなくなった。

 最初の驚きは、それがてっきり自分をおびき出すための囮であると思っていた人型が急に動いたこと。
 そしてもうひとつは、・・・優の弾を避けようと手近にあったブッシュへ飛び込んだ途端、自分の目の前に突きつけられた黒いマズルを見たことだった。苦々しさで若菜の顔は苦痛にゆがむ。

 相手を確認しようとして視線をマズルから徐々に上へと泳がせる。そこで若菜の目に飛び込んできた物体と言えば・・・。

 (・・・メガネ?)

 そう。

 そこには自分自身驚きを隠せないでいる美由紀が呆然と、しかしちゃあんと若菜をホールドしながら仁王立ちになっていたのである。
 美由紀は美由紀で、若菜と優に均等に意識を注いでいるものの、しかしその表情は暗い。

 どのぐらいそうしていただろうか。実際は時間にしてものの5〜6秒といったところだったのだろうが、いい加減痺れをきらせた若菜はつっけんどんな口調で美由紀に食って掛かった。

 (一体なにをしているのです?! 止めを刺すならいっそ一思いに・・・。)
 (シッ、今は黙ってて!)

 (・・・理由ぐらいはお聞かせ願えるのでしょうね?)

 美由紀はあくまで冷静だ。
 そんな美由紀を見ているうちに、若菜の中でふつふつと疑問が湧いてきた。そしてその疑問を問いただそうとした矢先、若菜は逆に美由紀に意外な事実を打ち明けられるハメになったのである。

 (お願いがあるの。あの可哀想な子を成仏させてあげて!!)




 カーーーン・・・・・・。




 (成仏・・・。)

 そこで若菜はピンときた。そして美由紀には分からないようにクスリと笑う。

 (これはひょっとすると、少しばかり自分に有利に事が運ぶかも知れませんわね。)

 しかし、そんな気持ちはおくびにも出さず、若菜はしらばっくれてこう訊いた。

 (一体どういう事なのか、キチンと分かりやすく説明してくださいな。)

 そういわれた美由紀は自分の胸元からTASCOのビノキュラーをそっと取り出すと、若菜に渡しながらこう呟いた。

 (あの子の額を見てもらえると分かります・・・。私、私とんでもないことしちゃった・・・。)

 そして、今は銃撃を中止している優のヘルメットをアップで見た若菜はと言えば。

 (ぷぷっ。・・・・くっくっくっ。)

 ・・・なぜ笑う、若菜。ではもう一度、若菜の視点でよく見てみましょう。

 優のヘルメットには、先ほど若菜が遠くから容易に優を発見できた原因となる白い木製のプレートがくくりつけてあった。多分、落ちていた木片から削りだして作ったのだろうそのプレートには・・・。





ママ、ボクの心臓はどこ?
ああ、考えるノーミソも無いや





 と、マジックで書いてあるのだった。・・・美由紀、君は今度はなんの本をお手本にしたのかなっ?

 ひとしきり笑った若菜に、美由紀が申し訳なさそうな顔を向ける。

 (失敗したわ・・・。ちゃんと首から下げるタイプのものを作ればよかったのに・・・。)

 (どうしてとどめを刺しておかなかったんですの? 余計な手間暇をかけた結果が「アレ」では・・・。)

 (だって! まさか寝てる相手に向けて撃つわけにもいかないでしょう?)

 (それは彼女自身の若さ故の過ちですわよ、いちいちまともに関わりあっていても仕方ないですわ!!)

 とにかく。

 (今はゾンビ化した七瀬さんをキチンと倒さなくちゃいけないの。どう? 協力してもらえる?)

 その時、気配を感じたのだろう優がアタリをつけてめくらめっぽうに撃ち始めた。それはもう一気呵成と言った風情だ。
 若菜はさっきのプレートを思い出してまたひとしきり笑い転げた。そして美由紀の方へキツイ視線を向けると、ようやく素の顔に戻ってこう言ったのだった。

 (・・・あれでは「ゾンビーユニット」と言うよりも「マップ兵器」と呼んだ方が適切ですわ。)


To Be Continued...