・・・明日香とるりかを仕留めたあと次の相手を捜して疾走していた若菜は、視界に誰かの姿が入ったのに気づいた瞬間、「だんっ!!」と跳躍した。正確には、生い茂る樹木の陰からぬっと現れた人物を認めて驚いただけなのだが、その距離があまりにも近すぎたために手にしていた"MP5-K"を構えることは不可能と判断したのである。

 銃というのは意外とデリケートな道具である。それが接近戦になればなるほど、また時間が短ければ短いほど、相手を倒すのには不向きなものなのである。それは何故か? ・・・まず銃をホルスターから抜き、次に相手に銃口を向け、その際セフティの可否を問い、ついに引き金を引くのは最後になるからだ。しかも、手入れを怠っていれば弾は出ないかも知れない、マガジンが空だったりするかも知れない、セフティを掛けっぱなしかも知れない・・・。かように銃とは、不確定要素の多い道具なのである。

 このような状況でもっとも向いているのは、やはりコンバットナイフである。

 若菜はさきほど二丁持っていた銃のうち、走る際には邪魔になるという理由で一丁を腰の専用のホルスターに下げており、今は一丁しかホールドしていなかった。だから、その人物との距離が微妙な線だったのに気づいた時には銃を左手に預け、跳躍しながらH型サスペンダーの左肩に逆さまにくくりつけられていたブラックカーボン製のコンバットナイフを掴み出した。
 そして若菜はその人物になんのよどみもためらいも無く、抜いた動作のまま無造作に斬りかかった。

ガキィィィン!!

「うわっとぉ?!」

 相手は持っていたエアガンを盾にしたカタチで、若菜のナイフから辛うじて身の危険を回避した。

 若菜はそのまま前宙を決めると、まるで木の葉が地面に降りてゆくかのような動作でゆっくりと着地した。そして今斬りつけた相手・・・松岡千恵を振り返って目を丸くしたのである。

「なっ、なんですの、その銃は?!」







 「・・・それは『銃』と呼ぶにはあまりに巨大だった。
 大きく、分厚く、そしてなにより大雑把すぎた。
 それはまさしく『鉄塊』だった・・・。」






 まずい。なんだか違う戦いになりそうだ・・・。


"Who done it ?!"

〜あるいは「モテモテ主人公君争奪 大サバイバルゲーム大会実施の顛末」〜
(ACT-8)

「ち、ちょっと待てえっ!! 今『ガキン』って音がしたぞ『ガキン』って?!」

 若菜の一撃をその愛機"M60"で咄嗟にかわしはしたものの、顔に縦線をびっしり入れながら千恵は若菜をにらみつける。

「アイツの言ったことを忘れたのかよ、ケガ人なんか出したらこの勝負そのものがご破算になっちまうんだろ?!」

「・・・ふっ。」
 その言葉を聞いて若菜は全身の力を抜いた。そして千恵に向かってこう言ったのだ。

「わたくし、合図早々に散ってしまったのでよくは存じませんでしたけれど、・・・そちらはまた随分と金属のパーツが多いエアガンですのね。ひょっとして、・・・撲殺用ですの?」
「なんだとぉ?!」
 千恵の声のトーンが一段上がる。

「テメーこそなんだよそのナイフは!! いくらプラスチックって言ったって、やたらと硬度が高いみたいじゃねーかっ?!」

「あら、・・・これは失礼いたしました。とんだ失態をお見せしてしまったようですね。」

 そう言って、若菜は持っていたナイフ(よくよく見るとそれはCIA御用達のポリカーボネイト製ステルスナイフだったりするのだが、千恵が知ると何となくコワイのでこれ以上の描写は避けます)をサスペンダーのシースに戻して鈴のように笑った。

「一応、もう使わないということにしておきます。先ほどは咄嗟に体が動いてしまったものですから。」

 その言葉を聞いて千恵の頬が真っ赤に染まる。

「・・・し ん じ ら れ る かあーっ!!」

「ヒュバッバッバッバッバッ!!」 独特の発射音と共に千恵の愛機が咆吼を上げた。

「はっ!!」
 若菜は軽くいなすように後方宙返りをしながら華麗に舞い、すかさず近くの木の陰に隠れた。

「逃がすもんかー!!」
 千恵はそのまま走り出して若菜を追いかける。

 にやり。

 不敵な笑みを漏らすと、若菜は何故か自分から責めようとはせずに撤退に専念し始めた。
 "MP5-K"は確かに速射性には優れているものの、今回の相手のように約1,500発の弾をほぼ無給弾で発射できるような重火器が相手ではマガジン交換をする時間すら自分の首を絞めることになりかねない。しばらく牽制して相手の弾切れを誘ったほうが好都合なのであった。
 ・・・と言う理由もあるにはあったが、それ以上に若菜は、千恵のように骨太でガッツのあるタイプの人間(をからかうこと)が好きなのである。幼い頃から綾崎老に様々な制限を受けてきた反動と表現した方が適切かも知れない。自分で選んだ目標に向かって突き進む千恵のそれは、若菜にとって一種の「憧れ」と言っても良かった。しかし、だからと言ってみすみす負ける訳にはいかない。そう、全ては「あの人」と自分の幸せのために・・・。

「逃げるなっ、勝負しろー!!」

「そんなへなちょこダマには当たりませんわよっ!!」

 本来は静かに進んでゆくべきサバゲーが、こうまで賑やかになると一体誰が想像し得たであろう。
 千恵の"M60"の装弾数の多さとそれを軽々と振り回す千恵自身の体力はそれはそれは大したものだが、そこから発射されるBB弾を全て避けてなお千恵をからかうだけの余裕のある若菜もなかなかである。
 なんと言うか、頭に血が上っている千恵も、それを軽くいなす若菜も、実際はこんな状況を楽しんでいるのかも知れなかった。

 とは言え。
 これだけの大騒ぎをしている訳だから当然二人の位置は他者に筒抜けになってしまっている。いくら優だって、・・・もうそろそろ起きたことであろう、と、思う・・・。それほどまでにこの二人のやりとりは賑やかなのである。

 そして案の定、この二人の鬼ごっこに聞き耳を立てている人物が一人いた。

 開始早々森の中に潜み、そして何度もチャンスがあったハズなのに全て不発に終わっているのは、・・・そう、杉原真奈美嬢その人である。







 実は真奈美は、散開直後は妙子にねらいを定めていた。ところが妙子はご存じの通り別の人物------ほのか------によって討ち取られた。しかもそのほのかはと言えば、今度は"Dolls"唯一の眼鏡っ娘キャラ・美由紀のアクロバチックな妙技によって手玉に取られてしまい、しばし唖然としていたのである。勢い込んで出てきたものの、やっぱり真奈美はちょっとだけ臆病ないつもの真奈美なのだ。

(・・・でも、私だって一人ぐらいはちゃんと討ち取ってから、「あの人」に胸を張って会いに行きたいなぁ。)

 しかし、ここから仕留めるにしても美由紀との距離は少々離れすぎだった。もともとがホップ機能の無いショットガンということもあるが、実は真奈美は近距離での白兵戦の方が得意なのである。鳥達が真奈美に対してそれほど警戒しないというのは、森の中での隠密行動の際かなり有利なことであるからだ。

 その時、真奈美は自分の後方から聞こえてくる千恵と若菜のやりとりを聞きつけた。しかもその声は段々こちらに向かって近づいてくるではないか?

(チャンス、・・・なの??)

 ともかくやるべき事だけはやっておきたかった。
 真奈美は背中にくくりつけていたレミントン・ウィングマスターをそっと下ろすと、自分が今いる木に立てかけた。もう一つのモスバーグはガスガンである。装弾数150発は魅力だが、もしもなにかの拍子にガスが切れたらそれでおしまいだ。そう考えて真奈美はエアーコッキングタイプのものも持参してきたのだった。

(とにかく、距離が縮まったら音を頼りに連射しまくるしかない・・・。)

 千恵と若菜の声と距離はいよいよ近くなる。・・・・・・コワイ。単純に怖い。
 モスバーグの太いフォア・グリップをギュッと握りしめ、真奈美は自分の心臓が激しい動悸でどうにかなってしまうのではないかと思った。


「くぬっくぬっくぬっ!!」
 千恵はいい加減キレかかっていた。どうして当たらないんだ、何故動きについていけない?! それに、弾もそろそろ尽きる頃だし・・・。

 そこまで思考が及んだとき、千恵はようやっと若菜の考えが判った。

(・・・しまった、やられた!! すっかり忘れてたけど、コイツってマガジンが無いから給弾の時は滅茶苦茶時間がかかるんだった!!)

 まさか1,000発余もの弾を避けきる相手がいるなどとは想像だにしなかった。
 千恵は急遽手近なブッシュに飛び込んで、自分をからかいながら遠ざかる若菜の気配だけを追うことにした。どうやら若菜はそうとは知らず、あのまましばらく先へと進んでいるようだった。
 その間に"M60"のトップを開いて残弾を確認する。そして腰のパウチから1,000発ずつ小分けにしたBB弾の袋を急いで取り出すと、オープントップからザラザラーッと流し込んだ。こんな給弾方法をするエアガンなど他にはあまり聞かないであろう。
 慌てているので4〜50発ほどが外にこぼれたが、なんとか無事に給弾は完了した。「バチン」とトップを閉めて、改めて若菜の気配を探る。

 と。

 自分の視界に妙なものが入っている。全体が真っ黒で、それでいて均整の取れたスリムなシルエットのそれは・・・。

(ショットガン?? なんでこんな所にぽつんと立てかけてあるんだ??)

 だが、そんな思考はそこまでだった。

(・・・っぐっ?!)





 ・・・「心臓が凍り付いたような気分」と言うのは、正にこんな状態を言うのだろう。
 何故なら、さっさとゲームに戻ろうとした自分の首筋に、今は冷たい金属の棒のような感触があるからだった。




「あの・・・。」

(よりにもよって、敵の潜んでいる場所に飛び込んじまったって訳か。あーあ。ここまで順調に来たのになぁ・・・。)
 

 ------などと感傷に浸るより早く、「それ」は起こった。

「ごっ、ゴメンナサイっ!!」

バシュッ!!

「いってーっっっっ?!」

首筋を押さえてのたうちまわる千恵。
(いくらなんでも、この距離から素肌に向けて撃つバカがいるかあーっ?!)

 ぐるんと振り返って相手を見る。それは、初めて仕留めた相手を見下ろして呆然としているおさげの少女、真奈美の姿だった。

「おいっ。」

 千恵はドスの効いた声で真奈美にかみつく。

「本当は死人がしゃべっちゃいけないんだっては言うケドよ、なにかアタシに言うことは無いのかい?」

 真奈美は目を白黒させている。

「・・・き。」

「『き』?」






「雉も鳴かずば撃たれまいに・・・。」





 ぷちん。





「・・・んだとこらァ!!」

 二丁のショットガンを抱えて、真奈美はゲーム開始早々と同じようにびゅーんと走り去ってしまった。

(あのヤロー、あとで絶対にシメてやるっ。ゲームの結果如何を問わずだっ!!)

 千恵は握り拳を固めると近くにあった樫の木を力任せに殴りつけた。
 メキメキとイヤな音がしたと思った次の瞬間、樫の木は倒木へと姿を変えた・・・。


To Be Continued...