自慢の俊足を活かしすぎてフィールドの外へ飛び出しかけた夏穂は、そのことに気づいて慌てて「あの人」の場所へと戻ってくる途中、奇妙な光景に出会った。
 前方約50m程のブッシュの中から、木の枝らしき物が突然飛び上がったのだ。

(・・・っちゅーことは、あすこに誰かおんねんな・・・。)

 しかも、あんなマネをする理由はただ一つ。『他の誰かをおびき出そうとしている』以外に考えられない。

(これってひょっとして、『漁夫の利』っちゅーヤツやろか?)

 うまくすると、潜んでいる連中を一網打尽にできるかも知れない。
 一人ほくそ笑み、夏穂はベレッタM93R(ただし"AGオート9"だ)がコンバットロードになっているのを確認すると、中腰の姿勢のままゆっくりとスニーキングを開始した。


"Who done it ?!"

〜あるいは「モテモテ主人公君争奪 大サバイバルゲーム大会実施の顛末」〜
(ACT-7)

 ほのかは焦っていた。

 偶然も手伝って妙子を仕留めたのはいいものの、今度は投げられた木の枝に驚いて音を立ててしまったからだ。既に自分の位置はかなり正確に把握されてしまっていることだろう。
 まして、相手はその枝を投げた張本人一人だけとは限らない。この状況をたまたまにでも目撃していた第三者から、いつ何時狙撃されるか判らないのだ。
 ・・・もっとも、その第三者が枝を投げた相手を先に仕留めてくれれば戦況は自分にとって有利にはなる。今度はその第三者の位置を捕捉し、狙撃してしまえばいいだけのことだ。

(どうしよう?)

 いま判っていることは、早々にこの場所から脱出してすこしでも相手との距離を置くか、いっそこのままより深くアンブッシュして、状況が好転するのをじっと待つかのいずれかしか道はないということだった。
 ただ、後者は肝心の「第三者」の存在をアテにしすぎているという意味において、自分が生き残ることのできる確率はかなり低いと言わざるを得ない。やはりここは積極的に動くほうが得策であろう。

 そして、この行動を起こす時間は早ければ早いほどいい。

(よし!!)

 ほのかは"M655"を両手にささげ、ゆっくりと匍匐前進を始めた。


 ------その枝を投げた本人・美由紀は、なんとなく背後に不審な気配を感じてそっと後ろを振り返ってみた。

「・・・・・・・・・??」

 何かひっかかるものを感じたが、・・・しかし今は目前にいるほのかをまず倒さねばならない。但しその相手であるほのかも、黙って同じ場所に居座っているとは限らない。実際、ほのかの使用しているB.D.U---タイガーストライプのそれ---は、既に美由紀の視界からすっかり消えてしまっていたのだった。

(こういう場合は耳だけが頼り・・・。焦らないで、待ってみること・・・。)

 美由紀はそのままの姿勢でじっと固まっていた。一分、・・・二分、・・・・・・と。
 かすかにガサゴソという音が、よりにもよって5.1チャンネルのドルビーアナログサラウンドで美由紀の耳に聞こえてきた。





 ・・・・・・サラウンド??





 今度は勢いよく後ろを振り返ってみた。すると、深いブッシュの中にOD色のフリッツヘルメットが一瞬見て取れた。しかもなんの影響を受けたのか、ヘルメットにはご丁寧にもスピンドル油を入れる白いオイルケースがゴムバンドで止めてある。それがさっとブッシュに引っ込んだ。
 美由紀は散開前の記憶をフル稼働してそれが誰だったかを考えてみた。確か、・・・森井さんとか言ったかしら?

 なんにせよ、これは美由紀にとってあまり好ましくない状況の到来である。ヘタをするとほのかと夏穂に挟撃されてしまう。

 低く構えた美由紀の首筋に、このゲームが始まって以来初めてのイヤな汗が伝った・・・。


(あっちゃー、バレてしもたかなぁ・・・。)

 前方にいた相手がこちらに振り向いた時、慌ててアンブッシュした夏穂だったが、・・・多分、もうあまり楽観的ではいられないだろうということだけはひしひしと感じた。

(あーあ、折角の計画がパーやなぁ。・・・かくなる上は、より成功率の高い方から順に仕留めなアカンか。もう一人の方は、・・・しゃあない、出たトコ勝負やけど後回しやな。何とかなるやろ。)

 ベレッタのセレクターを"AUTO"にした上で、予備のマガジンを取り出しやすいポケットに移し替えた夏穂は、美由紀目がけて脱兎のごとく疾走した。




一撃必中 & 戦線離脱。





 しかし、それが意外な方法で裏目に出てしまうことを、夏穂はその時まだ知らなかったのである。


(動いた?!)

 匍匐前進をしながらようやく少し視界の開けた場所に移動し終わっていたほのかが、第三者である夏穂が全力疾走をして枝を投げた相手に吶喊してゆく姿を捉えることができたのは、正に奇跡であった。

 美由紀との距離、およそ17m。その美由紀めがけて第三者である夏穂が急速に接近していた。そして更に幸運なことに、美由紀と夏穂はほのかの位置から見てちょうど一直線上なのだった。

「やりぃ!!」

 ザッ!!、とブッシュから立ち上がり、腰だめのポジショニングのまま"M655"のトリガーを引こうとしたほのか。しかし・・・。


 美由紀は自分の周囲の状況が判った途端、必死で「考えろ、考えるんだマク○゛イバー!!」した。後ろからは夏穂。そして、この状況を掴んで一挙両得とばかりに立ち上がったほのかが前方に居る。

「!!」

 夏穂のパーソナルデータを思い出した美由紀は、咄嗟に"FA-MAS"を左手に持ち替えて後ろ向きに構えると、夏穂には背中を向けたまま右手を思いっ切り後ろに伸ばして手のひらを開いた。

「森井さん!!」
「へっ? あっ、ああ!!」

 パシッ!!







 なんと言うことだろう。夏穂はそれまでのリレーをしていた習慣からか、迂闊にもバトンを渡す要領で、ベレッタのあの長いバレルの部分をまんまと美由紀に握らせてしまったのだった。しかも、美由紀の声はなおも容赦なく続く。

「撃って、早く!!」

 叫ばれて更に思考が鈍ったのか、それとも不随意筋反射でも起こしたのか、夏穂は言われるがままにトリガーを引き絞った。

「パラララララララッ!!」

 発射された銃弾は、ほのかに向かって吸い込まれるように消えていった。


ビシビシビシビシビシッ!!

「きゃああああああっ?!」

 何故?! どうして?!
 それすら考える暇もなく、ほのかは白い凶弾に倒れ・・・・・・あれ、倒れてないな。

 ・・・。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・立ったまま呆然としてます。


「なっ?!」

 夏穂は言葉を失った。

 一体、この一瞬に何が起きたのか自分でもよく把握できなかったからだ。
 ほのかと同様呆然としたままの夏穂に向かって、美由紀は、

「至近距離だけど、ゴメンナサイ。」とだけ告げて、後ろ向きに構えたままの"FA-MAS"のトリガーを親指で引いた。

「ヒュパッ!!」

「・・・・・・。」

 「イタイ」とか「やられた」とかいう感情が夏穂のそのフリッツヘルメットの中の脳に生まれたのは、それから更に5秒ほど経ってからだったと言う------。


To Be Continued...