ほのかは自分がこの場所に留まったのを幸運に感じていた。

 木に縛り付けられたあの人の側には必ず誰かが抜け駆けをしてやってくるだろうと踏んでいたのだが、・・・案の定、のこのこと一人の少女があの人の側にやって来るのがスコープ越しに見て取れた。

 「狙い撃ちよね。」
 そうほくそ笑むと、ほのかはゆっくりと場所を移動し始めた。


"Who done it ?!"

〜あるいは「モテモテ主人公君争奪 大サバイバルゲーム大会実施の顛末」〜
(ACT-4)

 ほのかの選択。
 それはM655カービンにTASCOのコルト純正スコープ(4×20)、つまり「米軍正式採用」のタイプをマウントしたものである。
 このスコープのレティクルは面白い特性を持っていて、対物レンズが明るい方向に向けてあればヘアラインは黒く、逆に暗い場所に向ければ黄色に変化するという、今回のようなブッシュが多い山の中では最適な逸品だ。
 なんでほのかがこんなものを持っていたのかと言えば、・・・これはもともとは父親のものだ。
 今では大学で教鞭を執っている父が、今回の騒ぎを聞きつけて愛する娘にこのスコープを貸し与えたのであった。

 「一体、私のお父さんって・・・。」

 そう言えば教授をする前の父の職業を知らなかったことを思い出し、ほのかは今更ながらに自分の父親の素性に畏怖の念を抱いたのだった。

 ・・・気を取り直してスコープを覗き直す。

 ヘルメットの代わりに黒い鍋をかぶってはいるものの、そこからのぞく特徴ある髪型は、・・・確か妙子さんと言ったかしら?
 鉄のお鍋だから、当たるとさぞかしいい音がするんだろうな、とか余計なことをほのかは考えていた。 

 その距離、およそ30m。

 妙子はあの人と自分を結ぶ線上をまっすぐに、しかもこちらに背を向けてゆっくりと歩いている。
 セフティを外してクラウチングスタイルで銃を構える。
 セレクターは"AUTO"
 ガク引きにならないようにトリガーをゆっくりと絞った。

 「ヒュパパパパッ!!」

 ・・・しかし、ちょっと距離がありすぎたのとホップがかかりすぎていたせいか、発射された4発のBB弾は実弾なら絶対にあり得ないラインを描いて全てはずれ、あろうことかあの人の額のど真ん中に全て命中してしまった。ガックリと力の抜けるあの人。

 (気絶しちゃったのかしら? ま、まぁいいわ。どーせ撃ったのは誰だか分からないんだし、それにこのゲームに勝てばあの人はイヤでも私のモノになるんだから・・・。)

 と、考えが収束するのに約0.05秒。
 撃ったあと咄嗟にアンブッシュしたほのかだったが、自分の幼なじみが気絶してしまったことにキレたらしい妙子は、振り向きざま鬼のような機銃掃射を始めた。正に「凪払う」といった風情で、妙子の弾筋が徐々に自分に近づいてくる。
 このままでは立ち上がるどころか、思いの外深かったブッシュが邪魔になり、第二射をお見舞いすることすらできない。

 (そ、そんなにコワイ顔で睨まなくてもいいじゃないの?!)

 ヒビって足がすくんでしまったほのかだったが、・・・気がつくと、何故か掃射が途中で止んでいた。

 (弾切れ?!!)

 素早く立ち上がってみると、丁度撃ち尽くしたマガジンを放り投げて新しいマガジンをステアーAUGミリタリーに叩き込もうとしている妙子の姿を見つけた。
 言うまでもなく、ブルパップタイプの銃はマガジンの脱着に少々の慣れを必要とする。
 しかもブッシュの中から急に立ち上がったほのかに驚いたせいか、妙子はその新しい予備マガジンまでも自分の足下に落としてしまったからさあ大変。形勢は一気に逆転したのだ。

 「もらったぁ!!」すかさず腰だめにM655を構えトリガーを引こうとしたほのか。

 しかし妙子は潔かった。

 このままではいけないと思った彼女は、手にしていた獲物を投げ捨てほのか目がけて通常のザクの3倍のスピードで猛然とダッシュすると、腰のホルスターからまるで西部劇のファストドロウよろしくグロック17を掴み出した。

 「速いっ?!」

 ・・・だが、めくら撃ちしたほのかの弾道が妙子を捉えるのが若干早かった。

 「びびびびびびびっ!!」
 「あああああああっ?!」

 ねずみ男のビンタのような命中音があたりに木霊すると、妙子は悲しげな悲鳴とともに通称「プラトーン・ダウン」と言われる格好で地面に這いつくばった。

 その間、僅か1.2秒。

 その証拠に、さっき妙子が投げ捨てたステアーがゆっくりと宙を舞い、・・・そしてうなだれたあの人のアタマに更にぶつかったのと、妙子が倒れ込んだのがほぼ同時であったからだ・・・。
 あの人は、今やピクリとも反応しなくなってしまった。

 「・・・逃げちゃお。」

 一歩踏み出しながら、ほのかはあの人に向かって「ゴメンネ」と舌を出した。


 えみるを仕留めた美由紀はそのまま移動を続けていたが、・・・自分から見て左11時の方向になにかの音があるのを聞いた。アノ方向は・・・「あの人」のいる場所よね?

 すぐさまアンブッシュすると、美由紀はスコープの倍率を上げてモノキュラーの代わりとし、その方向を伺った。すると、丁度いましがた妙子を屠ったばかりのほのかの姿がブッシュの中に見て取れた。
 しかし「長居は無用」とばかりに、ほのかはすぐさま移動を開始した。
 しかも美由紀は、ほのかの着ているタイガーストライプのBDUのせいで、あっという間に彼女の存在を見失ってしまったのである。

 (焦るな。焦ると負けるわよ、美由紀。)

 頭の中で数回この言葉を繰り返すと、美由紀は再び熱心にほのかの行方を目で追った。ここが頭脳戦のしどころである。

 (よし、一か八か。)

 美由紀は近くにあった手頃な大きさの枝を拾うと、ほのかの潜伏しているであろうブッシュの辺りへ思いっきり投げ込んだ。
 枝はゆっくりと弧を描いて・・・。

 ドサッ。

 (ガサッ!!)
 ほのかがびっくりした様子で反応する。

 (・・・見つけた。)

 思ったよりもほのかは移動していなかった。と、言うより、マガジンを交換したり残弾を確認したりしていたらしく、・・・しかし残念かな、美由紀の位置からはちょうど死角になる場所にいるのだ。

 (悪いケド、この勝負は私がもらうわ。悪く思わないでね。)

 長身のスコープのせいで少々かさばるFA-MASをしっかりと両手に持ち、バイポッドを折り畳むと、美由紀はほのかを仕留めるべく移動を開始した・・・。


To Be Continued...