・・・その真奈美の声を聞いたのは、なにも美由紀だけではなかった。

 先ほど発光信号を打ち上げた若菜も、今の真奈美の絶叫の内容から「ひょっとしたら今この瞬間にも羨ましい←(×)もといただならぬ状況が展開してしまっているかも知れないのだ」ということは容易に想像できた。

 急がねば。

(・・・さて。)

 ぱんぱんと両の手のホコリを払うと、若菜は先ほど腰を抜かしたままへたりこんでいた優をふんじばった後、あーしてこーして(中略)背中を向けて走り出した。

 その優が口を開く。




「う〜ん、祐一くんひどいよ〜。」




 たたたたたっ、と若菜が急旋回で戻ってくる。
 そして「ばんばんっ!」と足下の地面を軽く(軽いのか?)バッシングすると、向き直ってこう叫んだ。



「やめなさいっ! と言うか、誰が『祐一くん』ですかっ!」

「フッ、冗談だよ。」



 ごいんっ!

 今度は優の頭をグーで殴る。



「う〜ん、痛いよ〜。」

「しばらくそこで大人しくしていらっしゃい!」



 しゅたたたたたっ!




 そして走り去る若菜の後には・・・。




 ちょうど良い枝振りのその下に、ロープで蓑虫に変身した優が、時折強くたなびく風にぶらぶらと揺られている姿があるばかりだった・・・。


"Who done it ?!"

〜あるいは「モテモテ主人公君争奪 大サバイバルゲーム大会実施の顛末」〜
(ACT-13)


 真奈美が見た光景。それは、先ほどの森の中で遭遇した状況とは打って変わり、違った意味で自分の理解を超えていた。
 一言で言えば「『酒池肉林』からお酒が抜けただけともいう。

 なんだか妖しく蠢く人型が、あの人を取り囲んでそれはそれは(っぴー)なことになっていた。




「な、な、な・・・。」




 手にしているモスバーグは既に空。
 そのモスバーグに弾を込め直すことも忘れ、・・・もっとも、相手は既に「死体」なのだから今更撃っても詮無いことなのだが・・・。
 気が付けば真奈美は怒り心頭のままショットガンを逆さに振りかぶり、並み居る他の"DoLLs"のメンバーを必死で追い払おうとした。
 何故なら真奈美にはその光景が、弱った生者のその肉体を地獄の悦楽へと、そして魂を死の淵へと誘わんとする「亡者の群れ」そのものに見えたからである。




「だめぇーっ! それは勝った人だけが許されることなんですっ!」




 すると、そこにいた8人が一斉に真奈美の方へと視線を送るが。




「「「「「「「「・・・ふん。」」」」」」」」




 我関せずとばかりに再びその行為に没頭し始めた。




「あーっ?!」




 もうダメだ。先ほどの森の中でのこともあってか、真奈美の思考は普通では無くなっていた。
 自らもその中に飛び込むと、モスバーグを正眼に構えてからやおら彼女たちを打ち据え始めたのである。




「イテっ!」

「わわっ?」

「なっ、なによ〜!」




 こうなったらもう止まらない。
 「死体」だった彼女たちも今では手に手に獲物を持ち、その凶悪な銃口を真奈美に一斉に向けたのだった。







 しん、と静まりかえる空気。
 遠くからは何故か「仏法僧ー」と鳴く妙な鳥の声が流れてきた。
 果たして、この均衡を最初に破るのは一体誰であろうか・・・。







 と、そこへ突然若菜が「ガサッ」とその近くの茂みから飛び出てきた。そしてもちろん、これがこの一瞬の均衡を破る唯一の引き金となったのだ。





「「「「「「「「「「とりゃあーっ!」」」」」」」」」」





 一瞬で状況を見極めた若菜も、今ではこの乱戦に否応なく参加していた。
 こうして、今では敵味方入り乱れての混戦が始まったのだった。




 その場にくくりつけられ動けないでいる、哀れな主人公君を巻き添えにして・・・。


 美由紀は自分の進行方向からの騒ぎの内容が、今までとは少し変わったと言うことに気が付いた。走り続けながら、思うことはたくさんあった。




(『嵐の前の静けさ』とは言うものの・・・。)




 と。

「「「「「「「「「「とりゃあーっ!」」」」」」」」」」




(! 始まった?!)

 一体なにが?
 残っているのは誰と誰で、私はその場に着いたら何をすればいいのだろう?

 混乱する意識の中で、・・・しかし美由紀は走りながら、自分の思考が徐々にシンプルになってゆくのを感じていた。




(・・・そうよ、私は・・・。)




 そう。

(私は「あの人」とキチンと結ばれんがために、みんなをまとめ上げてここまで来たんじゃないの。)

 「あの人」のことを最優先で考えればいいんだ。
 もう、誰がやったとか何が起きてしまったかなんてことはどうでもいいの。

 私が「あの人」を勝ち取る!




 走りながら段々ずり落ちてくるゴーグルを時々かけ直し、今ではすっかり「愛機」となった"FA-MAS"をしっかりと握りしめると、美由紀は騒ぎの中心・「モルグ」へと最後の気力を振り絞ってダッシュした。


 残弾がたっぷり込められている場合はひたすら撃つ!

 弾切れだった場合は他人から奪ってこれまた撃つ!

 ひどい場合は地面に散らばった弾を拾い、それをマガジンに込め直してやおら撃つ!
 (注・拾った弾にはゴミが付着しており、そのゴミが機関部を痛めるので使わないようにしましょう)




 ・・・何故最後の最後になってこうなったかは知らないが、・・・それはあまりにも多人数だったために相手を特定できなかったからなのだろうが・・・ ここに至って全員が銃を使っての至近距離からの白兵戦になるとは思いも寄らない出来事だった。

 いつ終わるとも知れない、ただただ相手を叩き伏せるのみに没頭した行為。

 過去、人はそれを「両雄並び立たず、双方共倒れ」と言ったとか言わなかったとか・・・(汗)




撃つ!

かわす!

そして当然流れ弾 & 跳弾の雨霰!




「ビシビシビシッ!」



(あうあうあうっ。)



 哀れ主人公君(T_T)。
 その場所からは一歩も動けないために、彼女たちのその「やり場のない憤り」を今は一身に受けるハメになっていたのだ。
 しかし、誰もそんなことには気が付かない。




 目前に敵。

 両脇にも敵。

 気を抜けばいつ後ろからやられるかも知れない、・・・そう、ここは「女の戦場」。

 故にその存在が希薄になりつつある主人公君。




 しかし、そんな哀れな主人公君に背後から近づく一つの影があった。
 その影は自分のかけていたゴーグルをやおら外すと、主人公君にそっとかける。
 そして自分はその華奢な白い指でもって、己が眼鏡を正しい位置にかけ直す。

 もともとはその眼鏡でさえ、通常の強化プラスチックの50倍の強度を誇ると言われる、レイバンのシューティンググラス(しかも度付き)なのである。

 そしてその人影は主人公君を庇うようにその前に仁王立ちになり、・・・やがてその手にしている一風変わった形の銃をフルオートで発射しはじめたのである。





「ヒュパン! ヒュパパパパパパパパパンッ!」





「きゃああっ?」

「なっ、なんだよこの正確な射撃はっ! いっ、イテ、イテテテテテッ!」




 マガジンが空になる。

 次。





「ヒュパパパパパパパパパパパパパパパッ!」





 連射にもかかわらず、そこから発射される弾は確実に相手の素肌の部分へとヒットしてゆく。
 その痛さのあまり、戦線から遠のく者が徐々にではあるが増えてゆく。





 マガジンが空になる。




 次。




 次。




 次・・・。




 次・・・・・・。





 景色は既にモノクロームと化し、現実味は著しく失われていた。
 口の中が何か苦いものでいっぱいになってゆくような気がしていた。





 そして何度目かのマガジンの交換。

 モーターが悲鳴を上げる。

 グリップが熱を持つ。

 連続した発射音が、今では「ブーン」という低い音に変わる。

 応戦してきた相手からの跳弾が、露出している肌にビシビシと食い込む。





 痛い。





 しかしそんな痛みも、彼女をリアルワールドにつなぎ止めておく手段にはなり得なかった。





 ・・・そして気が付けば、その場で諍いを始めた者全員が呆気に取られたような顔になっていた。
 いつしかみんな自分の持ち物を下げ、その正確無比な射撃手の方を見つめている。





 その視線の先には、・・・既にバッテリー切れになったのか、それともモーターが耐えきれなくなったのかは分からないが、もはや弾の出なくなった"FA-MAS"のスコープの奥に、尚も戦おうとしている美由紀の瞳があった。
 その鬼気迫る姿は、さながら死してなお立ち続け大往生を遂げた弁慶のようであった。

 みなゴクリとつばを飲む。

 そして、美由紀のそんな行動に気付いたえみるが最初に声を挙げた。




「・・・そっか、ダーリンを庇って、・・・守って・・・自分は傷だらけりゅん・・・。」

「白かった肌があんなに真っ赤なって、・・・そーとー痛かったハズだよね。」

「うん。アタシなんかさっき気が付いたとき『赤鬼がいるっ』て思っちゃったもん。」




 るりかと明日香が呟く。そしてほのかがその言葉に続く。




「試合に勝って勝負で負けた、か。」




 ・・・いや、アナタの場合は試合でも負けてるんですが・・・。

 しかし、今は誰もほのかのそのセリフにツッコミを入れる者はいなかった。

 やがて弾の出なくなった"FA-MAS"に気が付くと、美由紀は最後にニッコリと笑い、まるでその背中に見えない羽でも生えたかのようにふうっと後ろ向きに倒れたのである。





「?!」





 全員があっと思ったその時。

 ごきん。

「ぐぎゃっ?!」




 ・・・くずおれた美由紀の後頭部は、ちょうど主人公君の(っぴー)にぶつかったお陰で、地面へ直接に叩きつけられずに済んだのだった。
 そんな光景を見て、慌てて全員が駆け寄る。





「・・・・・・・・・・・・・・ご。」



 もう今では開けておくのもツライといった風情の瞳をしばたたきながら、美由紀が何かを口走っている。



「うん、なんですの?」



 若菜が近寄ってその手を優しく取り、美由紀の口元に自分の小さい耳を寄せた。



「・・・ゴーグルをつけてない人を、撃っちゃダメ。大佐との、約束な・・・の・・・。」

 がくっ。



 そこで美由紀はこと切れたかのように気絶してしまった。



「あっぱれだよ、・・・天晴れすぎるよ。」

 るりかが顔をくしゃくしゃにしていた。



「ね、ねぇ、『大佐』って・・・。」



「最後までみんなのケガのことを気に掛けて・・・、エライよ。私、まねできないよ」

 明日香もすすり上げて言った。



「ねぇ、『大佐』って誰のことなのよっ。」



「・・・じゃ、この勝負は。」

「ええ、悔しいですけど、保坂さんの勝ちですよね。」

晶と真奈美が宣言する。



「ねぇってば、だから『大佐』って・・・。」



「・・・よっし、じゃあ帰る準備でもしておくかぁ。この嬢ちゃんは少し休ませといてやって、さ。」

 さばけた口調で千恵がしめると、各人はそれぞれみんなの分まで撤収の準備にとりかかった。ただ一人、

「『大佐』って誰なのよっ?!」

と、ヤボなツッコミをしているほのかを除いて・・・。







































 こうして突発的に始まった今回のサバイバルゲームはその長かった戦いを終え、最後に保坂美由紀の主人公君を想う気持ちの強さが証明されてその幕を閉じた。





 陽は既に傾き、"DoLLs"の足下に長い影を落とす。

 やがて目を開けた美由紀と、俘虜だった主人公君を解放し、装備一式をまとめ上げてみんなで丘を下り始める。





 不思議と気分は落ち込んでいなかった。

 言葉では言い表せない高揚感のようなものだけがみんなの胸中にあった。

 みんな、疲れてはいたが一様に笑顔だった。

 遠くからの夕陽が、彼女たちの背を押す。

 今の今まで共にいた「戦友」ではあったが、お互いに力一杯の握手でもして精一杯の感謝をしたいような気分でいっぱいだった。





ありがとう、みんな。

ありがとう、サバゲー。

そしておめでとう、保坂美由紀。





・・・でも、飛行機だけは勘弁な。





(おまけ)

 みんなの輪から一人離れたほのかが、さっきまで激戦を繰り広げていた場所を麓から見上げながら、・・・しかし中指をビッと立て、吐き捨てるように言う。





「・・・わたしが欲しかったのは、こんな丘じゃないっ。」







To Be Continued...