家に帰るとハマーが居た。

 この場合の「ハマー」とは、クールでファンキーナイスガイの"MCハマー"などではもちろんなく、ましてや「課長、理屈じゃないんです!」のセリフで有名、相棒はマギーと言う名の拳銃だという『刑事ハマー、俺がハマーだ!』のことでもない。

 最大全幅2.2m、車重は装備によっては5t超の化け物四駆、多分これでどっかにハマったりしたら誰も助け出せないだろう軍用車両、"HUMMER"のことを指す。

 よくこのせせこましい住宅街の路地へ入って来られたね、と言うか、

なんでそんな車がウチの門扉ブチ壊した挙げ句、
庭先にちんまりと駐車しなさっていやがりますカ?







「ダーリン、言葉がヘンになってるりゅん。」

「! ・・・・・・・・・・・・・・・・・、<<(悩んでいる)



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、<<(本気でどうしてくれようか悩んでいる)



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁいいや。<<(諦めた)




 ツッコミどころ満載のえみるの一言が、どうやら僕を正気に戻してくれたようだ。
 気が付けば、みんなその車によじ登ったり運転席に入り込んだりして思い思いに遊んでいる。
 と言うか、・・・ドア開いてたの?

「なんだぁ、スッゲー車だなぁ。」

 千恵があきれたような口調で言う。
 しかしその車の後部にある幌をるりかと明日香が勢いよく跳ね上げた瞬間、メンバー全員が即座に凍り付いた。





 それは大きく黒く、そして鈍い光を放つ、なんだか日本にあってはいけないよーな気がする逞しいシロモノ。





「・・・ぽっ。(///)

 ・・・なんで顔を赤らめるんだよ、ほのか。

「・・・・・・・・・・・・・・・起動するね?(はあと)

「ナニをだよっ?」 (*しかもそれディスク違うし)





 ・・・いや、今はそれどころじゃない。

 僕たちはしばらく「それ」をじっと見つめていた。
 そして最初に思考回路が正常に戻った美由紀が、ハッとしたように僕の脇腹をつっつく。

「ね、これって、・・・"TOW"じゃない?」

 ・・・美由紀の言葉でようやく思い出した。
 そう、紛れもなく「ヒューズ・エアクラフト社製TOW対戦車ミサイル(BGM-71A)」が今僕たちの目前にあり、その威風堂々たる姿をこれ見よがしに見せつけていた。

「ほ、本物・・・?」

「それにこれ、駐車って言うより擱挫って言ったほうがいいみたい、ホラ。」

 確かに、よく見ればその車体は何となく斜めになっており、しかもいかついボディにはさっきまで撃ち合ったものと思しき弾痕までが、生々しいまでにハッキリと散見できる。
 紛れもなく、コイツはどこかの趣味人が入手した合法品などではなく、現役バリバリの軍用品だった。 
 見ればナンバープレートには日本語など一言も描かれていない。
 いやいやいや、この場合は車がどうこうということが問題なのではなく。

 僕たちは互いに顔を見合わせた。





「「「「「「「「「「「・・・誰がいるんだろう?」」」」」」」」」」」」





 そして僕たちの視線は、おそらくはぴっちりと固く閉ざされているであろう家の玄関の、その奥へとゆっくりと移動していった。
 僕は、出かけるときには確かに無人だったハズの自分の家が、今ではとてつもなく不気味な生物の巣窟に思えてならないのだった・・・。


"Who done it ?!"

〜あるいは「モテモテ主人公君争奪 大サバイバルゲーム大会実施の顛末」〜
(ACT-14 : THE LAST BATTLE)


 おかしい。
 何かが決定的におかしい。





 あれから10分後。





 流石にすぐさま踏みいるようなマネはせず、僕たちはしばし思考を巡らせていた。
 家の周囲をぐるぐると回り、ひとしきり安全を確認してもなお拭いきれない不安が残っていた。

 大体、こんな無茶苦茶な車が僕の家にやって来るなんてこと事態が想像も及ばないことだった。
 僕自身がまだ車を持っていないので実感が湧かないせいもあるんだろうけど、家から最寄りの駅まで徒歩数分の、この一方通行のやたらと多い住宅街でわざわざ車を買おうなんてのは、ハッキリ言ってよっぽどの「物好き」か、或いは「意味もなく金持ち」なのだ。
 そんな人が近所に住んでいれば僕だって知っているハズだし、・・・しかし生憎そんな珍しい人はこの近所に住んではいなかった。

 または単なる「自動車事故」?

 だったらとうの昔に警察なり、(こんな危険なアイテムを持っているぐらいだから)自衛隊なりが家の前に殺到していていいはずだった。
 いや、通報を受けて真っ先にくるのは、自衛隊よりもむしろ報道記者だろうか?

 しかし家の周囲は非常に静かで、誰も僕の家のことなど知らない風だ。
 いや、むしろ静かすぎると表現するべきだろうか・・・。

 そこまできて、僕は何気なくふと空を仰ぎ見て「あっ」と思った。





(・・・鳥がいない・・・?)





 都会の象徴とも言うべきカラスはおろか、スズメもいない。
 よくよく下界も観察すれば、時間に関係なくしょっちゅう見かける野良猫たちですら今は見かけなかったのである。

「・・・・・・・・・? 何故そこで私の顔を見つめるのですか?」

 うわ、しまった。
 僕は目を点にしながら、ついうっかり若菜の方を凝視していたらしい。(with 真摯な眼差し)

 と。

「ねねね、これってなにかなー?」

 明日香が自分の足下に落ちているロープを指さして言った。
 そのロープは、両端が薄暗がりの茂みから茂みへと延びていてその先が見えない。


ぞくっ。


 ・・・・・・あれ? いや、なんだろう。それってひょっとして触っちゃいけないもののような気が・・・。

「あ、明日香、ちょっと待っ・・・。」

 しかし、僕が言い切るよりも前に今度は別の方角からのんびりした声が続く。

「ねぇ、それってひょっとして・・・。」

 えみるが言うが早いか、僕は反転して地面を蹴り、みんなを敷地の外に逃がそうとした。
 みんなも同じことに思い至ったのだろうか、住宅街の路上へと向かうべく、家に背を向けて一目散にダッシュしていた。





 次の瞬間。





ざざっ!





 振り返ると、逃げ遅れた真奈美が明日香と共に地面に消えてゆく瞬間だった。




(落とし穴ーーー・・・!)





「「きゃーっ?!」」

「しまった!」



 僕は慌ててターンした。



「あっ、ダーリン駄目っ!」

「え゛?」



 その途端。



 ざっ。

「の゛ーーーーーーーーーっ?!」

 何を思うヒマもなく、僕の視界は上下にいきなり180度反転した。

「ブービートラップよ! みんな、気を付けてっ!」

 思わず"FA-MAS"に着剣する美由紀の声に緊張が走る。

「くそっ、一体なにが起こってるんだよっ!」

 千恵がとっさに"M60"を逆さまに振りかぶって怒鳴った。
 残った全員が、丸でジャングルを敗走中にうっかりベトコン兵に出会ってしまったかのような面もちで、自分の持ってきた武器(ゲーム前に没収となっていた、ご禁制の例のアレだ・・・)を引きずり出した。

「お助けします、すぐお助けいたしますから今しばらくお待ちください!」

 若菜が、振り向くとほぼ同時に持っていたナイフを抜刀する。

「あのひと の あしのなわ を ないふ で きるんや!」

 ・・・夏穂、君はなぜにド○クエ風?

「それよりも誰か! 私たち以外の人影を見た人はいないのっ?」

「誰もいなかったわよっ、大体、なんでアナタが仕切ってるのーーー・・・」

 叫ぶ美由紀に対抗してやろうとちょっとだけすごんだほのかが、小走りで僕の方にやってくる。




 ばさーーーっ!

「わきゃあーっ?」

 今度は何だあーっ?!




「今度は投網よ! トラップは下からだけじゃなかったのね?!」

 忌々しげに叫び返すほのか。そしてあちこちから悲鳴が立て続けに上がる。

「うわっ、何だよこりゃあ!」

「トリモチーーーっ?!」

「おかーさーん!」

「うあっ、嫌ぁーっ、きゃーっ!」





阿鼻叫喚の地獄絵図。





 そんな言葉が僕の脳裏を掠めた。
 そして逆さに吊り上げられた僕の意識は、焦りと憤りで血の気がいち早く脳に到達したのか徐々に、しかし確実に薄れてゆくのだった。
 くそっ、よりによってこんな時に・・・。

(くっ、みんな、・・・ゴメン・・・。)

 そして、本日何度目かの失神が僕を襲った・・・。










(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?)

 ぱかっ、と音を立てたような気がする風で、僕は唐突に目を覚ました。

「あっ、気が疲れましたか?」

 ・・・いや、若菜。それって絶妙な言い間違い・・・。

「よかったー、なっかなか目ぇ醒まさへんから、みんなごっつう心配したんやでー!」

 安心しきったのか、夏穂が一気にまくし立てる。

「・・・あれ?」

 僕は起きあがった。見わたせば、僕は自分の家の見慣れた部屋にちゃんとおり、しかも布団に寝かされていた。
 そして額には、これまたご丁寧に濡れタオルがのっていた。

「あ、まだダメよ。しばらく頭を高くして横になっていないと。」

「ぶーっ、すっかり奥さん気取りでぇー。・・・なんだか悔しいりゅん。」

 美由紀のセリフにえみるがクチをとがらせる。

「あの後大変だったんだよー? 鼻血も出てたし何より意識が無くて、部屋に運ぶのに大変だったんだからぁ。」

「そーそー。あれってまるっきりジャングル戦の負傷兵だったよねー。」

 明日香とるりかが僕の瞳をのぞき込むようにして続ける。と、言うか、・・・あれ?

「みんな、・・・無事、だったのか。」

 そこまで口にして、僕は唐突に跳ね起きた。

「一体、何がどうなったの? あの後みんなどうして・・・。」

 ぱくぱくと酸欠の金魚みたいになってしまい、僕はそれ以上喋ることができなくなった。

「あーあーもぅ、少しは落ち着いて。」

「だ、大丈夫ですから、心配しないで横になっていて下さい。」

 なだめてくれる晶と真奈美の声で、僕は一瞬だけ気が緩んだ。するとすかさず、

「うりゃっ。」

 と、千恵がローキックを放ち、僕はまたもや布団の上に「ぼすっ」という音を立てて身を横たえさせられた。・・・あのね・・・。

「こらっ、まだ容態が分からないのにそんな乱暴なことしちゃダメなんだぞっ!」

 妙子が叫ぶが早いか、

がいんっ!

 凄まじい音が辺りに響いた次の瞬間、千恵は落ちてきた金ダライの直撃を喰らってぱったりと倒れた。
 なんかこのパターンってこないだも見たような・・・。

「嫌ねぇ、みんな騒ぐばっかりで。その点、私ならほら、添い寝付きで看病しちゃうんだから(はあと)。」

 ほのかが僕の布団に入ってきて、ちんまりと収まった次の瞬間。





どかっ、ばきっ、ぐしゃっ。





「ぐふっ・・・。」





 ・・・あの、美由紀さん、・・・ほのかが死なない程度に、お手柔らかにね・・・。





「あらー、みんな元気だこと。」





 その時、全然別の方向からこれまた懐かしい声が聞こえた。
 僕はその声の主に思い至ると、唖然としたままそちらへと首を回した。そこには・・・。

「かっ、・・・かーさん?」

「おやー、生きていたかいこのバカ息子は。」

「あっ、おばさん、お久しぶりです。」

 母親と面識ありまくりの妙子が、ぴょこたんとお辞儀をする。

「あらー、妙ちゃん。めんこくなったねぇ。」

「いえ、そんな・・・。」

 ・・・今さっき、金ダライで一人屠ったとは思えないニコヤカな笑顔だね、妙子。

「どうして? な、なんでかーさんがここに居るのさ。」

「おやぁ? 久しぶりに顔を見たと思ったら、随分ツレないこと言うじゃないかい、我がご子息様は。」

 そこには、中学の卒業式以来会っていなかった母親の姿が、姿が・・・。

「姿が、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何故に迷彩服?」

 すると、美由紀が目を丸くしている僕の口を優しくふさぐ。

「さて、あなたも目が覚めたようだし。色々と話をしなくちゃ、ね?」

 心なしか、美由紀の顔は苦笑しているらしかった。










「さて、まずは去年の春のことから話をしなくちゃいけないねぇ。」

 僕を筆頭に、僕の部屋ではみんながみんな正座をして、かーさんの話に聞き入っていた。
 えみるや明日香に至っては、出されたジュースのストローに口も付けずにいる。

「アンタは覚えちゃいないだろうけど、アタシは去年の春に一度、仕事が一段落付いたもんで海外から戻ってきたことがあったのさ。
 それが運の悪いことに、アンタはまた泊まり込みのアルバイトに行ってたらしくて、誰もこの家にはいなかったんだよ。
 思えば、それが今回の騒動の引き金らしいねぇ・・・。」





 話はこうだった。





 僕が長期の泊まり込みのバイトに出かけて家を空けていた一週間のあいだに、彼女たち"DoLLs"のメンバーはそれぞれ「差出人不明の手紙」を一通ずつ、僕の家の郵便受けに投げ込んでいたらしい。
 その僕の不在期間中に、更に間の悪いことにかーさんが海外から帰ってきたのだった。
 久しぶりに帰ってきた家人だし、まずやることと言えば郵便受けの確認だろう。

「その中を見て、アタシは心底びっくりしたよ。だって、宛名もない、差出人も書いてないカラフルな封筒がたっくさん出てきたんだからねぇ。」

 僕の家では、新聞は別の受け取り口がある。だから、郵便受けは一週間程度ではいっぱいにはならなかったのだ。
 だもんで、かーさんは内容を全て確認した上で、一通だけを残してあとは全部捨ててしまったのだと言う。












 僕たちはしばらく、そのままの姿勢でじっとしていた。

 なんと言うか、あまりにも呆気ないと言うかナサケナイと言うか・・・。

「ま、常識的に考えればそんな手紙、全部捨てても構わないんだけどねぇ。」

「この世界そのものを否定するような発言をさらっとすなっ!」

 みんなは、・・・さすがにバツが悪いらしく、そんな僕とかーさんのやりとりを苦い顔で見ていただけだった。

 そんな、呆けた時間がどれくらいか過ぎて、やっとこさ誰かが会話の口火を切った。

「あー、でも、ちゃんと原因が分かったらなんだかスッキリしちゃったあ。」

 明日香がたははと笑う。
 みんなも今ではため息まじりのまま、お互いに異様に疲れた表情で顔を見合わせていた。
 しかしこの段になって、僕はようやく気になる点を一つ突かざるを得ないのだった。

「所でかーさん、聞いてもいいかな?」

「なんだい、言ってご覧よ。」

 僕は咳払いを一つするとさっきからつっこもうつっこもうと思っていた言葉を、・・・しかし焦る気持ちとは裏腹にゆっくり吐き出した。







「なんで今、迷彩服なんて着てるの?」

「・・・・・・・・・・。」







 答えない。

「じゃあ質問を変えるよ。その迷彩服は、今おもてで擱挫してるハマーと、何か関係があるんだろ?」

「・・・・・・・・・・。」

「・・・。」


「・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・。」

「・・・かーさん、手抜きだと思われるから早く喋ってよっ!」

「あ、ああ、そうかい。そうだよ、それが何か?」

「・・・ちなみに、今どんな仕事をしているのか、息子である僕は知る権利があると思うんだけどな。」

「あー、今はねぇ。いや、今って言うか、昔っからちょっと、・・・傭兵稼業を・・・。」

「はい? よく聞こえないよ。」

「いや、だからね? うーんと、えーと・・・。」





 と、その時。

「お母様、もう結構ですわ。」

 若菜が言う。

「ここではハッキリと申し上げ難いということでしたら、私たちは一旦別の部屋にでも・・・。」

「そ、そうよね。考えてみれば、昔からカレは急な転校が多かった訳ですし。その転校についても親御さんのお仕事が原因なんでしょうから私たちは・・・。」

 美由紀も、気を利かせているのだろうか。

「ねねね、何の話? ひょっとして、ものすごーくアダルトチックなお仕事なんですか?」

「まっ、まさか水商売系?」

 明日香とるりかが話を妙な方向に曲げ始めたらしい。

「・・・違うだろ。」

 僕は冷静に返事をした。

「家政婦は見た! 『あの人』の出生の秘密は父無し児!?」

「サスペンスドラマのサブタイトル風に脚色するんじゃないっ! つーか父親ちゃんといるしっ!」

 僕はほのかを叱りとばした。

「ああ、いや、妙な誤解をされる前に言っとくよ? ただちょっと、ビックリさせてしまうと思ってねぇ。」

「・・・分かった。何を言われても驚かないから、ちゃんと言ってよ。」











「傭兵稼業が、今も昔も私とお父さんのお仕事なのさ。」






























「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・にあっ?」

 たっぷりと2分以上、僕はバカになっていたに違いない。
 思考が真っ白になったまま、今の言葉を反芻することすらできないでいる。
 と言うか、まともな返事もできなかったようだ。

「・・・・・・よ?」

 あー、・・・なんだって?

 その言葉の持つ意味が、今しがた切れかかったシナプスをあちこちなんとか経由して僕の脳にたどり着き、・・・そこで僕は口を開いて何かを叫ぼうとした。しかし、

「「「「「「「「「「傭兵ぃーっ?!」」」」」」」」」」

 ・・・みんなが叫ぶ声のほうが先だった。














「そうか、そう言うことだったのか・・・。」

 千恵がいつの間にか復活していて、今の絶叫に加わっていたらしい。

「だから、卒業式の時も時間ギリギリまで頑張って、・・・その後大慌てでいなくなっちまって・・・。」

「ふぅ、本当のことを話すは初めてだったねぇ。・・・今まで、本当にゴメンよ?」

 かーさんは僕に向かって、そして次はみんなに向かって頭を下げた。

「そして、ここにいるみんなもごめんなさいねぇ。
 何せ平和な日本とは言え、たまーに逆恨みしてる連中が色々と悪さをしてくるからね。
 転校先のみんなを危険に晒す訳にはいかなかったんだよ。





シン・・・。





 部屋の温度が急に下がったような気がした。
 じゃ、じゃあ・・・。

「表にあるハマーって・・・。」

「ああ、もう大丈夫さ。みんなやっつけたからね。」

「いや、あの、・・・・・・・・・ヤッツケタッテ・・・・・・・・・。」

 そうか、だからブービートラップだったのか。

「なに神妙な顔してるんだい。あれで当面の危機は無いよ。」

「相手は誰だったんですか?」

 いや、だから何事も無かったかのように訊ねるんじゃない、ほのかっ。

「いやー、しっかし物騒になったもんだねぇ。数年前にコテンパンにしたハズの連中が、まさかねぇ。」

「まさか、・・・何だよ。」




「WTCビルに飛行機でカミカゼアタックやらかすとはねぇ。」
「この時期にグローバルに反感買いそうなネタはやめんかいっ!」




「去年のあの手紙だって、アタシはてっきり炭疽菌を粉末にしたものが入っているものとばかり。」
「だからそのへんのネタは危険極まりないからやめろと言っているんだがっ!」




「まったくあのヒゲ親父もバカな指示を下したもんさねぇ。」
「まだ確定してないハズなんだからそこから離れろおっ!」




 つーか、相手は聞かないほうがいいなこりゃ・・・。




「でも、ちゃんと手紙は1通だけは残しておいたろう? 残りの10通は申し訳なかったけどさ。」

「へ?」

 その時、全員が目を点にしながらかーさんの方を注視した。





「「「「「「「「「「「10通ぅ?!」」」」」」」」」」」





 と、今度はかーさんの方がぎょっとしたようだった。

「ああそうだよ? あと1通でちょうどおバカが1ダースだねーなんて思ったぐらいだし。」

「ぐっ・・・、でっ、でもあのっ、・・・私たち・・・。」

 辛辣なセリフにもメゲず美由紀が食い下がる。そしてその後を受けて若菜も口を開いた。

「じ、12人ですけど・・・。」

 するとかーさんは事も無げにこう言ったのだ。

「はい? いやだって、今居るのは11人じゃないかい?」

「え゛っ?!」

ばばっ! 僕は今いる人数を目で確認する。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。」

 若菜が声を上げる。

「どうしたの、若菜。」

「あ゛ーっ、七瀬さんがいないーっ?」

 るりかが素っ頓狂な声で叫ぶ。

「なんなの?」

 すると若菜は自分の頭に手をやり、ニッコリ笑ってこう言った。






「山に忘れてきましたわ、うふふ。」






「そ、そりゃあ・・・。」

「しかもぐるぐる巻きにして木にぶら下げたままですわ。」

「マズイじゃないかっ!」

 そして若菜は自分の懐中時計を取り出してチラと見る。

「・・・そろそろいい時間ですわね。」

「何にだっ!」

 僕は慌てて立ち上がると、・・・しかし大いに狼狽えた。

 既に外は夜。
 電車は動いているだろうけれど、多分これでは行ったまま帰ってこられないという時間。

「・・・誰か、車の運転が出来る子はいないのかい?」

 僕の様子を見たかーさんが、のんびりした口調で笑っている。

「はいはーい。私、免許持ってるよー。」

 明日香だった。その明日香にかーさんはキーを投げてよこす。

「ウチには車もあるし。プジョーって言うんだよー?」

「へぇー・・・。」

 ・・・いや、でも、普通の車ならいざ知らず、乗るのはあのハマーだぞ?

「と言うよりかーさん。あの車、そもそも動くの?」

 するとかーさんは笑いながら言った。

「なに、空輸してもらってパラシュートで降下した際にちょいとサスが痛んだだけさ。問題ないよ。」

 ああなるほど、だからこの狭い路地まで入って来られた訳ね。

 ・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・・・・・・・パラシュート?

 僕が首をひねっているのをよそに、

「あーんなイケテル車、ハッキリ言って自分で乗る機会なんて無いだろうしねー。」

 明日香はノリノリで、しかもやる気十分だった。

「わ、分かった。取り敢えず行って来るっ。」

 するとみんなは無言で立ち上がり、僕と明日香にくっついて外に出る。

「み、みんな・・・。」

 僕はちょっとだけ感動していた。

「やっぱり、あの戦いを一緒に乗り越えた仲間だしねー。」

「そうそう。みんなで迎えに行ってあげましょうよ。」

 みんな、口々に言いながらハマーに乗り込む。

 『仲間』。
 ・・・なんて素晴らしく、純粋で、そして大らかな言葉だろうか・・・。

 僕は目元をぐいっと拭いながら、運転席の明日香に命じた。

「これより、山間部に放置されていると思しき七瀬優の探索、及び回収に向かう。・・・発進!」

 がるんっ!

 その化け物みたいなエンジンが、スイッチ一つであっさりと、しかし頼もしい咆吼を上げる。
 車体をブルブルと震わせて、地上最強にして最大の四駆は今ゆっくりと走り出した。

「吶喊ーっ!」

「「「「「「「「「「おーっ!」」」」」」」」」」

 がるるるるるるるるるるるるるるるるるるっ!

 ハマーは速度を上げる。
 僕と、そして今では奇妙な連帯感で結ばれた"DoLLs"のメンバーを乗せて。





 泣き。
 笑い。
 時にはぶつかり合い。
 それでも僕たちは関わり合ってゆく。
 今までも。
 そして多分きっと、これからも・・・・・・。





"Who done it ?!"

fin

...and thanks for you.





(この期に及んで、まだおまけ)

「おや? お嬢ちゃんは一緒じゃなかったのかい?」

 部屋の隅に真奈美はいた。

「お母様。」

 真奈美は、ひどくゆっくりとした口調で問いかける。

「あの、・・・残りの1通の手紙はどうされました?」

「ん? あと1通なんて残っていたっけ?」

「はい。先ほどみなさんが言っていたように、私たちは全員で12人なんです。
 それなのに、11通しか無かったと言うのはちょっとおかしいんです・・・。」

 そう。真奈美は確かに宛名の無い手紙を書いた。
 しかし、自分の名前はちゃんと書いていたハズだった。
 ・・・すみっこに、本当に判別できるかどうか分からないぐらいに小さくではあったのだけれど。

 するとその母親は目を細めた。
 そして当時のことを懸命に思い出そうとしているらしかった。

 やがて、・・・10秒ほどしてから母親は口を開いた。

「・・・ああ、そうかい。そういうことだったのかい。」

 母親は、今ではすっかり合点がいったという風で真奈美に顔を向けてこう言った。

「確かに、封のしてある手紙は11通だったよ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『封のしてある』?」

 今では母親は、真奈美を真っ直ぐに見て喋っていた。

「1通だけ封がしていないのがあったのさ。で、やっぱり内容は同じだった。」

「・・・・・・。」

「そのまま一緒に捨てようかとも思ったんだけどねぇ、他のものと違ってオープンだったろう?」

 話がかみ合わない。

「・・・でもね、その封筒だけは差出人として『杉原真奈美』って書いてあった。」

「そ・・・。」

 真奈美は驚愕した。

「そっ、その手紙っ、わたっ、私の書いたっ。」

「ああ、すまないことしたねぇ。」

「ふぇ?」

 母親はそこで、深々と頭を下げた。

「・・・実は、アタシの数少ない傭兵仲間に『杉原真奈美』って人がいてねぇ。」

「・・・!」

「アタシはてっきりその友人がこの家を見つけはしたものの、宛名を書かず慌てて置いて行ったもんだと思って、その時は自分のポケットにしまっちまったのさ。
 アタシも忙しい身だったし確認は後回しにして、・・・その友人に連絡をしたのが日本を離れてからだったんだよ。
 そしたらその友人、どうやら引っ越しちまった後らしくて、全然連絡が取れなかったのさ。」

「(あうあうっ)。」

「ホラ。」

 母親がジャングルファティーグのポケットから1通の封筒を抜き出し、テーブルの上にそっと置いた。
 見れば確かに真奈美の書いた手紙だった。自分のしたためた名前がちゃーんと判別できる。

「(うーっうーっ)。」

 真奈美は顔色を白黒させている。

「・・・この封書をウチのバカ息子に見せてさえいれば、お嬢ちゃんが今頃は、ひょっとしたら・・・。」

 くてっ。

 真奈美は萎れた。
 差出人を書いてしまったがために、それが仇になったとは・・・。

 どうやら、真奈美が立ち直るには少々時間がかかりそうだった・・・・・・。







教訓:宛名は正しくハッキリと確実に書きましょう。これも郵便事故の一つのケースです・・・。




(今度こそ本当に終わり)