・・・さて、困ったことになった、と真奈美は思った。自分の現在位置が全く把握できないのだ。
歩きづめで疲れ果ていたのだろう。額にかかる汗を手の甲で拭うと、真奈美はその場にしゃがみ込んで一息つくことにした。(・・・どうしよう・・・。)
取りあえず途方に暮れたりしてみるものの、これではいけないと思い、真奈美は今できることや分かることを賢明にソラへと羅列した。
方位はわかる。
体力もまだ大丈夫だ。
そして、自分から見て小高い丘のようになっている場所は二カ所が目視できる。
察するに、「あの人」の縛り付けられている方向はこっちなのだろう。・・・たぶん・・・。
それにしても、と真奈美は地面の雑草を見つめながら考える。
それは、今回の騒動の発端となった例の「12通の手紙」についてだ。12人の全員が全員、あの人への手紙を郵便受けに投函したのは間違いないのだろう。だからこそ、自分を含めた12人は今もこうして戦っているのだ。
でも。
そうなのだ、「でも」なのである。
あの人が受け取ったのはたったの1通だというのは本当だろうか。
もし本当に1通しかなかったというのなら、それは一体なぜなのだろう?何故?
真奈美の考えは、さっきからそこで停まってしまっていた。
何故12通あったはずの手紙を、あの人は1通しか開封していないのだろう?
それ以外の手紙が、やはり誰かの手によって捨て去られていたのだろうか?
しかし、自分を含む全くの他人が勝手に(確かに今でこそ「近しい人」であると呼んで差し支えはないが、あの頃のあの人との関係はまだまだ「他人」と言っても良い距離だったはずだ)郵便受けの中をのぞき、しかも勝手に開封などするものなのだろうか?そう考えたあげく、真奈美は結局「しかし」と「まさか」を繰り返すのである。そして本当の所は・・・。
わからない。
わからないが、しかしこのイベントは既に始まってしまっている。
真奈美はゆっくりと呼吸を整えると静かに立ち上がり、先ほど自分が見当をつけた方向へとのろのろと歩き出した。
しかし、・・・その歩みがものの1〜2分で強制的に変更を余儀なくさせられるのを、その時の真奈美はまだ知らなかったのである。
"Who done it ?!" 〜あるいは「モテモテ主人公君争奪 大サバイバルゲーム大会実施の顛末」〜
(ACT-12)真奈美が不穏な気配を急に感じたのは、ブッシュを抜けて少し開けた場所へと出た時だった。
周囲の温度が、なぜか急にすっと下がったような気がしたのだ。(なんだろう、このイヤなカンジ・・・。)
しかしこの感覚は今までのそれとは違い、どこからか狙われているといった類のモノではなさそうだ。
どちらかと言えば、・・・そう、「悔恨」とか「怨念」いったものだろうか?そろそろと中腰の姿勢のまま歩みながら周囲の人の気配に注意し、・・・そして視線を少々上に転じたときだった。
何かが木の枝のあいだから、ちょうど人の肩に届くか届かないかの所にぶら下がっているのが見て取れた。
よくよく目を凝らしてみると、それは・・・。(・・・っひっ?!)
「文」という字に似ている、それは人型の何か。小枝や植物の蔓を使って作られているそれが、一瞬で見てとれただけでもざっと10体はあるだろうか。
何かの宗教的な儀式に用いられるもののように、それらは全てがほとんど同じ大きさでもって、まるで首つり死体のようにつり下げられている。
背筋に氷の棒をゆっくりと差し込まれたようになり、真奈美は目の前に展開している異様な光景によって一種の恐慌状態に陥ってしまった。(ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!)
声にならない悲鳴を上げ、真奈美は震える自分の足を叱責しながらがくがくと走り出した。
重いショットガンを二丁も抱えているのがこんなにも苦痛なのだということに改めて気づき、真奈美は自分の置かれた状況をちょっとだけ呪った。もう方角がどうとか言ってる場合じゃない。
進む都度に自分にまとわりついてくるかのような人型を半泣きでかき分けながら、真奈美は前へと進む。
そこに追い打ちをかけるかのように、森のどこからか「もがーっ!!」とか「わあーっ!!」という人の叫び声が風に乗って聞こえてくる。
その瞬間、真奈美の頭にこれによく似たシーンが浮かび上がった。(なに?! まるでこれって・・・。)
あっ、真奈美。そこから先はネタバレになるから言っちゃダメっ。
(メリーランド州の「○゛ラック・ヒルズの森」みたいっ?!)
ああっ、一応伏せ字だけどバレバレ?!
しかし、一目散に走って真奈美がたどり着いた次のブッシュだったが、そこを抜けた途端に真の恐怖が真奈美を襲った。
人。と、言うか今度こそ間違いなく本物のニンゲン。
半裸の状態のそれが鬱蒼としている昼なお暗い森の中で、四肢を不自然な格好に伸ばしてピクリともせずに倒れている。
むき出しにされている肌のその白さが、その人間の姿をより一層この世にあらざるものとして、美しくも猟奇的に彩っていたのだった。
真奈美のピアノ線よりも細い神経は、それを見た瞬間ついにとんだらしい。「いっ・・・。」
そのたった一言が口をついて出ただけだが、しかしこうなってはもう歯止めは利かなかった。
「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ?!」
・・・何故かは知らないがハシブトカラスばかりがその声に驚いて「ばっ」と飛び立つと、ギャアギャアと気味の悪い声でその周囲を飛び回った。
「あああああああああああああああああーーーーーーーっ!!」
声も涸れんばかりに叫びながら、真奈美はもう後ろを振り向くこともせずに一心不乱に駆けていった。
何故かモスバーグを握り直し、これまた自分でもよく分からないままに進行方向めがけて滅茶苦茶に乱射しながら。
・・・その方向が主人公君のいる場所だということを、もちろんその時の真奈美が知るよしもなかった。
陳腐な表現ではあるが、「運命」とは時にほんっとーに残酷なものである・・・。
((えっ?))
その身の毛もよだつような絶叫を遠くに耳にして、優と若菜の追走劇は一瞬ゆるんだ。
(なっ、何が起きましたの?)
そしてその一瞬の思考に捕らわれてしまい、しばらくその場で躊躇してしまった若菜は、うっかりとは言え優を自分の視界から2〜3秒ほどハズしてしまったのである。
なにかの非常事態が起きた際における優の即決力と行動力が、若菜の追撃を遂に逃れた。
侮り難し、限りなく自由に近い立場の旅人よ。あっと思ったときには、もう優の姿は無かった。
距離にしておよそ30mほどでしかなかったと言うのに、今はもうその気配すら感じない。
若菜は舌打ちでもしたい気分だったが、しかしゆっくりと次の行動に移った。(困りましたわね。これでは美由紀さんとの決着がゆっくりつけられませんわ。)
取りあえずサーチモードに入る若菜。
しかしこの森の中で、あの優の気配を察知するのは容易いことではない。
案の定つまらないものばかりが若菜の探査にひっかかる。野ウサギ、捨て猫、野良犬、野良ニワトリ、野猿、野良鹿、それに・・・。(はっ?!)
「ばっ!」と慌てて身を翻す若菜に、どこからともなく正確な射撃が降ってくる。
ボボボボボボッ!
かわすその動きで、若菜は今自分めがけてやってきたBB弾の発射されたであろう方向へとマズルを向ける。
ヒュタタタタタタタンッ!
すると、今度は少し時間をずらして再び弾が飛んでくる。
ボボッ、ボボッ、ボボボボッ、ボボッ!
うわあああっ、二点連射はやめてくれええぇぇぇっ?!
(・・・なんですの?七瀬さんは弾切れじゃなかったんですの?)
ヒュタタタタタタタタンッ!
ボボボボボボボボッ!
とその時、若菜は妙なことに気が付いた。
優の"MP5-SD6"の発射音は、確かに自分の狙っている方向から聞こえてくる。
しかし弾の軌道は逸れ、果たして本当に自分の位置が分かっているのかと疑いたくなるような照準だったからだ。めくら撃ちと言ってもいだろう。それにしても。
応戦しながら若菜はふと考える。この言いようのない不安感はどこから来るのだろう?
と、その時。
若菜の右頬にピタリと冷たい感触が張り付いた。
「ふっ!」
その感触がラバー製のコンバットナイフのそれと分かった瞬間、若菜は右手を振って後方へと威嚇射撃を試みた。しかし!
「すぱあーんっ!」
若菜は左側から無造作になにかで側頭部を殴りつけられたのである。
・・・・・・・・・・・・・・・分かっている。今自分を殴りつけたその道具がなんなのか。
そのインパクトの瞬間の快音と感触、そして肌触りから推察できうるのだった。
若菜は怒りでふるふると小刻みに震えながらゆっくりと立ち上がった。
その瞳の奥には、怪しいまでの光が見える。そしてねめつけるような視線でもってゆっくりと後ろを振り向くと、巨大なハリセンを持って立っている優に向かって一語一語かみしめるようにこう言い放ったのだ。
「・・・由緒ある我が綾崎家の者の頭(こうべ)をハリセンではたくということが、どんなことになるか後ほどたっぷりと教えて差し上げましてよ。」
すると優はそのセリフを気にもとめず、
「・・・どうなるの?」
と返す。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・ヤバイんじゃないかなー、これって・・・(滝汗)。
すると若菜は、背中のバックパックからイヤにスローな動きでなにやら丸いモノを取り出した。
そしてそれを優に向かって「ビシイッ!」と音を立てそうな動作で突き出す。そこには・・・。
高級そうな漆塗りの手鏡が一本。
それを見た優は最初目をパチクリとさせていたが、・・・しかしその意味に気が付くと同時にその場にヘナヘナと崩れ落ちた。
「フッ。せっかく木に固定した銃の引き金を糸で引っ張ったりして、ボクの居場所を攪乱したつもりだったのになぁ。なあーんだ、とっくに終わってたんだぁ。・・・最初っからボクの負け、だね。」
「それはそれ、ですわ。」
周囲に、なにやら「ゴゴゴゴゴ・・・」というような音が聞こえる・・・よーな気がする。
「取りあえず、早くあの方のもとへ参りましょう。・・・さもないと、私・・・。」
「うん?」
そこで若菜は目に大きな涙を浮かべながらさめざめとこう続けた。
「私、・・・あなたをくびり殺してしまいそうですわ。」
ひききっ、と引きつる優の表情。マズイ、いや、これはほんとーにマズイ! 早く謝った方が良くはないか、優?
「うっ、うん分かったよっ。今回のことは悪かったと思ってるから、そ、そんなに思い詰めた顔しない方がいいよ?」
すると若菜はいつの間に取り出したのか、ハンディタイプの組み立て式ボウガンに矢をつがえ始めた。優の表情は既に凍り付き、その動きはぴったし止まる。若菜はもう一度炎のような視線を優に向けるとボウガンをセットし終えた。そして・・・。
「うっ、うわわわわわわっ?!」
滅多に見られない焦り顔の優。
すわ、今大会初の死傷者発生か?! と誰もが思ったその瞬間!
「ピュンッ、ピュンッ。」
目にも止まらぬ早撃ちで、二本の矢は空高く吸い込まれていった。「・・・なに?」
腰を抜かした優が思わず訊ねたその時。
「ポンッ、ポンッ。」
矢はそれぞれが赤と青の発光弾へとその姿を変えた。
良かった。
若菜が最後の最後で良識ある大人の行動を選択してくれて良かった・・・。
所で。先ほど自分のすぐ側でいきなり素っ頓狂な声を挙げて走り去っていった人物がいたのに驚いた美由紀は、体をびくっと震わせて短かくも、しかし深かった眠りからようやっと目覚めた。
取りあえず、先ほど自分が優にしたのと同じようなイタズラをされていないかどうかを鏡で瞬時に確かめた美由紀は、今度は空からの妙な音にまたもや首をすくませた。
「ポンッ、ポンッ。」
・・・振り仰げば、あれは紛れもない発光弾の閃光。その光は真昼の太陽すら負けてしまうほどの強烈な色彩をもって、・・・あら?
(なんで赤と青の2色が・・・。)
勝った、けれども・・・負けた?
(まさか!)
あの常人外れの技術を持つ綾崎さんが、こともあろうに一介の民間人(その思考形態にはちょっと難アリ)の七瀬さんに敗北したと言うの?
いや、・・・いやいやいやちょっと待って。それってつまり共倒れ・・・じゃなかった、「相討ち」というコト?
美由紀は、今度はまた違った意味でその場に膝をついた。自分はクリスチャンなどでは決して無かったが、今だけは神様というものの存在を信じてもいいとさえ思った。思わず胸の前で両手を握りしめて小躍りしたくなる。
あの綾崎さんが労せずして戦線離脱をしてくれたという事実を、一体どのように喜べばいいのだろうか?と、なると・・・。
(一体、あと何人残っているのかしら?)
確かめねばならなかった。しかし、この格好のままあの人の前に出る勇気はちょっと無かった。
(まぁ差し当たっては、さっき大声で叫びながら私の側を通り過ぎた人よね。)
少なくとも、あと一人は確実に倒さなくてはならないようだった。
美由紀は改めて銃の点検を行うと、今度はしっかりとした足取りであの人のいる丘の方へと足を向けた。
なによりも通称『モルグ』は、・・・よりによってあの人の縛り付けられている木のすぐ脇にあるからだった。そこで都合10人(今の若菜と優を抜いても8人)の人数が確認できればよいのだ。そっと木陰からでも覗くとしよう。
そう考え直して歩き始めた美由紀の耳に、今度は自分の進むべき方向から突然絶叫が聞こえた。「きゃあーーーーーーーーーーーっ! ・・・なっなっなっ、なにしてるんですかっ、みなさんっ?!」
ぴくっ。(・・・「みなさん」?)
洞察力に優れすぎた美由紀の頭の中にトンデモナイ光景が、丸で今見てきたかのように鮮明に浮かんですぐに消えた。
きゅぴーん・・・。
その時突然美由紀のメガネが怪しく光り、その奥にある表情が全く読めなくなった。そして。
「ほほーぅ・・・。」
そう一言呟いた美由紀は、猛然とダッシュを開始した。
時々飛び込むブッシュのせいで体のあちこちに細かいひっかきキズがついてしまったが、今はそんなことを気にしている場合ではなさそうだった。
To Be Continued...
(おまけ)
進行方向の足下に、さきほど真奈美がひっかけてきた人型が落ちていたが美由紀は動じることなくそれを一瞬で踏みつぶした。
蹴り上げられた壊れた人型。その中からこんな紙切れがひらりと舞い落ちた。
『「一発必中!」「百発百中!」 ばーいアスカ&るりか』
・・・オマエらだったのか、この物騒な演出は・・・。
To Be Continued...