(う゛っ、う゛ーん・・・。)その時の僕は、多分顔をしかめていたんじゃないかと思う。何故なら、その時の僕の後頭部には鈍い痛みがあったからだ。
(・・・あれ?)
感覚が戻ったのでごそごそと身をひねろうとした僕は、しかしいつもと違う状況に置かれている自分に気が付いた。
(み、身動きが取れない?)
そしてさっきまで閉じたままだった両の目を開ける。すると・・・。
(うおっ?!)
なっ、なんで僕は木になんか縛り付けられているんだああっっ?!
"Who done it ?!" 〜あるいは「モテモテ主人公君争奪 大サバイバルゲーム大会実施の顛末」〜
(ACT-11)「あっ、ダーリンが目を覚ましたみたいりゅん。」
すぐ近くでえみるの声が挙がる。
(お?)
そして僕が声のした方に顔を向けると、そこには思い思いのB.D.Uに身を包んだ面々が僕を心配そうにのぞき込んでいる。いや、妙子とほのかは何故だか向こうを向いているのだが・・・。
「もが?」
声を出そうとして、そして再び僕は自分がひどく理不尽な扱いを受けていることも思い出してしまった。・・・ガムテープで口をふさがれていたり・・・。
僕の視線はその時、きっと泣きそうな子犬のようだったに違いない。そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、えみるがひどく寂しそうな声でこう言った。
「えへへー。ダーリン、えみりゅんねぇ、ゲームが始まってすぐにやられちゃったんだあー。」
するとその声を受け、何故だか努めて明るく響く声が反対方向から聞こえてくる。
「あっ、ねぇねぇ聞いてよー。アタシなんかるりかちゃんと一時は共同戦線まで張ったのに、あっさり負けちゃったんだよー? なんて言うかー、『瞬殺』?」
「そうそう。」
その声が口火を切ったかのように、周りにいた女の子たちが一斉に騒ぎ始める。
「あンのやろー、人の柔肌に・・・。」
「ウチなんか、なんや片棒を担がされたみたいになってしもてえー。」
「あっ、アナタだったの?あの時いいように操られて・・・。」・・・『女が三人寄れば姦しい』とは言うものの、これは確かに的を射ている表現だなー。あー、ましてやここにはひのふのみの・・・八人もいるんじゃそりゃあ騒がしいよなー。
「あたしなんか、アイツが縛られてるのを助けに来た時にやられちっゃたんだぞっ。」
「それって抜け駆けじゃないのよっ。」・・・思わず縁側に座って茶でもすすっている自分を想像してみたのは、きっと現実逃避をしようとしてみたかったからなのかも知れない。
何故なら、なんだか最初は愚痴を言い合っているだけだったハズなのだが、時間を追うごとにお互いが相手を威嚇し始めたような気がするからだった。
あー、なんだかマズイ方向に・・・。と、その時、ひときわ大きく響く声が挙がった。
「そーそー、もうアレって既に人間業じゃないよねー。」
ぴたっ。
・・・よくマンガなんかで描かれている擬音で、僕が解せない表現が二つある。
ひとつは本来無音を表現するのに使われる「し〜ん」というヤツと、そしてもう一つが今のこの「ぴたっ」だ。
これはれっきとした「音」として扱われているような気がするのだが、一体この疑問はどこへぶつければ・・・。という僕の現実逃避第二段は、脆くも崩れ去った。
一時は最悪の展開を予想して思わず目をつぶった僕だったが、今は静まりかえった雰囲気が逆に僕を圧迫するように感じられる。
僕は恐る恐る閉じた目を開けてみた。(・・・?)
あれ? なんかみんなの視線が・・・。
「やっぱりダーリンには・・・。」
「うん。やっぱアタシラみたいなさぁ。」
「そうそう、フツーの女の子がいいんじゃない?」う゛っ、なんだかコモドオオトカゲに睨まれた黒山羊さん(しかも、よりによって杭につなぎ止められて今にも生け贄となりそうですバージョン)の気分・・・。
「と、なると。」
「ここは一つ。」
「『既成事実』ってヤツを作った方がぁ・・・。」
「・・・勝ち?」そこまできて、唐突に明日香が身につけていた装備を放り出して僕の前に躍り出た。
「そおれっ、色仕掛けだぁーっ!!」
それまでお互いを牽制しあっていたオオトカゲたち・・・もとい、女の子たちだったが、明日香の一言(と行動)で『鬱憤』と言う名のダムが一気に決壊した。
「「「「「「「「わあーっ!!」」」」」」」」
「もがーっ?!」(*)
(* 意訳 : 「だっ、ダメだってばっ、これはみんなで決めたルールじゃないかっ。それなのに残った人たちで勝手にルールを変えちゃったりしたらいけないよっ。フェアじゃないしそれに、・・・うわっ?!」)時、既に遅し。そして今度は、
「むがーっ?!!」(*)
(* 更に意訳 : 「だっ、誰っ、一体ナニを押しつけてるんだっ?! うわっ、今度は右肩に温かくてやーらかい絶妙な感触がっ?! それに、・・・うっ、うわうわうわっ、誰だ僕の服をはぎ取りにかかってる人はっ?!!」)うらやましいとかそーゆー気分なんかじゃ決してないですよ。視界はわやくちゃにされているせいで完全に遮られてて自分の身に何が起きているやら全然判らないし。そこのアナタ、できるものなら代わってあげたい、今すぐにでもっ!!
そうこうしているウチに、口にガムテープを張り付けられた状態なのに鼻先にも押しつけられているなんだかやわらかいぷ(中略)たモノのせいで呼吸が完全に阻害された僕は、襲いくる二度目の失神の感覚に身をゆだねていた。
(だ・・・。)
あうっ、もう逝きそう。
「むぐおーっ!!」(*)
(* もうお判りでしょうがしつこく意訳 : 「誰か助けてくれぇーっ!!」)ぷちん。
「はあっ、はあっ、はあっ・・・。」
息が苦しい、視界が霞む、喉が乾いたしそれに足ももう・・・。
美由紀は自分の体力に限界を感じ始めていた。無理もない。もともとからして自分は体育会系ではないのだし、それにこんな不整地を疾走するのも実は初めての経験なのだった。
その上慣れない装備品を担ぎ、今では何故か半裸のカッコウで、先頭を駆けている優と若菜を必死で追っている自分の姿がひどく滑稽に思えてきてしまったのだ。「あっ、綾崎さん・・・。」
「なんですの? ひょっとして、もうヘバりましたの?」くっ、悔しいけれど言い返せないっ。でも・・・。
美由紀は先ほどから優に向かって威嚇射撃をしつつ、優の逃走ルートを微妙に修正してきたつもりだ。あともう二、三回これを繰り返せば、思いつきにしてはまぁまぁの計画が実を結ぶのだ。
「お願いがあるのっ。」
すると若菜はちょっとだけ同情するような、それでいて小動物に情けを掛けるような微妙な視線でもって美由紀に向き直った。先を行く優を追跡しながらの全力疾走の最中だと言うのに、まったく器用なコトである・・・。
しかし、そんな視線にもメゲず美由紀は続ける。
「七瀬さんの逃走経路をっ、調節しながらここまできましたっ。」
息が上がりそうだ。
「で?」
若菜が先を促す。
「七瀬さんは気づいていないでしょうケドっ、このままあと三回ほど彼女の軌道を約15°ずつずらしてやればっ、さっき私が脱いでそのまま置き去りになっているっ・・・。」
ダメだ。もう話をするのもツライ。あとちょっと、あとちょっとで自分の思い描いた計画通りに事が進むのにっ・・・。
すると、そこまで聞いた若菜が「心得た」とばかりにニッコリと笑った。
「つまり、さっきの囮の案山子の前に誘い込むと七瀬さんの足が止まる、と言いたいのですね?」
こくこく。←(頷く美由紀)
「判りましたわ。じゃあ私、七瀬さんを討ち捉えてからアナタとじっくり勝負すればいいのですね?」
こくこく。
「高価くつきますわよ、うふふ。なんたってアナタの尻拭いをして差し上げるんですからね。」
・・・こくん。
酸欠になりかけて、美由紀はもう頷くのもシンドイ。顎が下に動くたびに大事な一呼吸をガマンしているような状態なのだ。
「じゃあ一応合図を決めましょう。」
こく?(↑)
思わず顎が上を向き、今度は首が妙な方向へ捻れそうになった美由紀は、慌てて首に力を込める。
「万が一にも私が負けた場合は赤い方の、逆に七瀬さんをしとめた場合は青い方の発光信号を打ち上げます。」
(・・・って、一体ドコにそんな物騒なモノを隠していたのよこのヒトはっ?!)
事も無げにそう言う若菜に思わず裏拳でツッコミを入れたかったが、もう目が回りかけていた。
「青い発光信号が上がったら、あの方がいる場所へ移動を開始しなさいな。その時こそ、私との真剣勝負です。わかりましたわね?」
ぎくっ。(そ、そんなコトできる訳・・・。)
反射的に何か言い返そうと思った美由紀だったが。「あっ、イタッ。」
・・・転んだ。しかも前のめりに。
(ダメ、今度こそ本当に動けない。)
荒い息を吐いてヘタりこむ美由紀に向かって、若菜は振り返りながら叫んだ。
「私が合図するまでに、その虚弱な体を休めておくのですよー?」
その「よー。」の部分だけが何故かドップラー効果となって美由紀の耳を抜けていった。
なんだかすごくシャクではある。神様は不公平だと思う瞬間でもある。
あの人を想う気持ちは誰にも負けないと自負しているのに、カラダがついていかないというのは・・・。「でも、まぁこれで少なくとも七瀬さんの件は大丈夫よね。」
休もう。
今は休んで今後のことを考えよう。
と言うか、見てらっしゃいっ!! そうそういつまでも弱みを握られたままで済ますモンですかっ。決意を新たにした美由紀は、・・・しかしその場で昏倒した。
木に背中を預けるカッコウで、そのまま深い眠りについてしまったのである。
To Be Continued...
(おまけ)
★その頃の真奈美
(ふえっ、ここって一体ドコなの?)
・・・迷子になっていた。