その週末、僕はえみると海へ出かけることになった。
東京近郊の海水浴場とは明らかに違う海の冷たさに、僕はちょっぴり感動した。
そして・・・。
「ダーリン!!」
・・・幼児体系気味なえみるの水着姿に違った意味で悩殺され、そのまま危うく脳死状態になりかかった僕は、必死の思いで「こちら側」へと回帰した。
まだまだ気恥ずかしさが先に立つ僕ら二人は、いわゆる「恋人同士のよくやる例のアレでソレな二人だけの時空間」を形成するまでには至らずに済んだ。
とは言え、えみるの独特な接尾語が周囲に響き渡るたびに、僕は他の海水浴客からこれまた違った意味で異邦人扱いを受けていた(ような気がする)。
しかし。
僕はえみるを見ているうちに自然と頬が緩んでくるのを感じていた。
(丸っきり子供だよね、あれは。)
無邪気さ、奔放さ、物言い、仕草、そしてクリクリとよく動く大きな瞳・・・。
ふと、数日前に出会って消えたあの女の子の姿が今のえみるの姿とダブる。
・・・そう言えば、僕は子供の頃の思い出があまり無い。もちろん、青森の妙子の家に厄介になっていた頃のことはよく覚えているが、それ以前の記憶、・・・言い換えれば幼児期の頃のことを、僕は殆ど覚えていないのだ。
幼児期の記憶があまり無いというのは、よほど僕自身が記憶力が悪いのか、あるいは何かとても辛いことがあったためにその頃の記憶自体を自分で封印してしまっているのかも知れないと、以前友達が言っていたことがある。
・・・もっとも、その後の転校に次ぐ転校生活の方が印象が強烈だったため、それ以前が薄れているだけなのかも知れなかったが・・・。
と、僕がボンヤリしていたその時。
「いったあーい!!」
僕は反射的に立ち上がり、今は視界にいないえみるの姿を追い求めた。・・・声のした方角は、こっちか?!
僕は走り出した。えみるの悲痛な叫びはどうやらあの岩陰から聞こえてくる。そして僕がそこに見たものは!
「うわっ、ウニが足に刺さってる?!」
見ればえみるの足の裏に、針の部分だけでも長さ20cmはありそうな黒いウニがくっついている。
「ふええええーん、痛いよおー。」
そりゃ痛いだろう。
僕は急いでえみるに近寄ると、自分の指を傷つけないように注意してそっとウニを取り除いた。うーん、少し血が出てるな・・・。
一瞬「舌で・・・」とも思ったのだがそれにはえみるの片足を持ち上げねばならず、・・・そうするとえみる自身がアラレモナイカッコウになってしまうのでこの思考はコンマ5秒で打ち切った。
と、取り敢えずおんぶだよな、この場合。流石に「お姫様だっこ」は恥ずかしくてできそうにないし。
しかし、それもすぐに違った意味で失敗だったとに気が付く。
背中に当たる二つの柔らかい感触に、必要以上に意識が集中してしまったからだ。
(・・・高校を卒業したら、絶対にバイクの免許を取るぞ、うんうん。)
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・アホか。
えみるも何か思うところがあるのか、やがて僕の背中で妙に言葉少なになっていった。
海の家で消毒をさせてもらい簡単な処置をした後、僕たちはすっかり夕方になってしまった海からの帰路についた。
えみるの様子がそれからずっとおかしかったのも、きっとさっきの件が原因なのだろう。僕は特に気にも止めず、その日はそのまま駅で別れた。