Side-B:6

 私は永倉えみる。

 人との距離をおそれる余り、自分に枷を施してしまったちょっと困った女の子。




 今 一番大切なこと。

それは、あの人と共有できる時間の全て。





 今 一番不安なこと。

それは、あの人が私に愛想を尽かすこと。









 あの日以来、私はいつ嫌われやしないかと内心ビクビクしながら、彼の一挙手・一投足を注視していた。
 私を真っ直ぐに見てくれているかどうかだけを気にする日々。

 そんなことばかり考えている女の子は・・・嫌いかなぁ・・・。

 でも「光のページェント」の時は、彼が周囲のカップルを気にする余り、私のことを無理矢理 別の場所に連れて行ったことが無性に悲しかった。
 なんだか、何か大事なことをすっかり忘れ去られてしまったようで、・・・私はその日、家に帰ってから茫然としてしまった。

 泣きたいと言うより、ただひたすら辛かった。

 私の知っているあの人。
 昔 一度だけ出会っていたあの人。
 恋い焦がれていた 想い出の中の人は・・・。




 だから今度は遠野に行くの。
 あの人が私をどう思おうと構わない。
 私は今日もいつものペースで、あの人の隣を歩くだけ。









 私は永倉えみる。

 あの人に振り向いてもらうためにやっきになっている、端から見れば『恋の魔力』に取り付かれた風の、ただの女の子。




 今 一番したいこと。

それは、・・・彼を独占してしまうこと。





 そのためにだったら、悪魔にだって魂を売り渡しかねない気分。

 でも、それはイヤ。
 だって私は彼とずーっと一緒にいるんだし、彼と一つに融け合ってしまいたいんだもの。私だけが逝くのはイヤ。





 だからお願い、私を見て、そして本当の私に気づいて!!
 そして何かを感じたら、もっともっと私を探して!!

 私もあなたを探すから。












 私を好きでいてくれるあなたに、きっと私も巡り会うから・・・!!







"And then, there were..."
(#4)



Side-A:7

 晩秋のはずなのに、ここ東京はやはり冷え込み方が変だ。朝も夕も空気がどこかしら薄ら呆けていて、何もかもが半端なカンジがする。
 そしてその妙な感覚は、この時期の『逢魔ヶ刻』と呼ばれる時刻にはより一層強く感じられたりするのだ。




 僕は自室の机に頬杖をつき、何とはなしに思考を遊ばせていた。
 こんな気分になるのは、ひょっとしたらえみると先日二人っきりで出掛けた遠野の印象が強く残っているからだろうか? あの、本当に何か人外のものがいそうな不思議な雰囲気は、今まで僕が転校してきた先々では全く味わえないものだった。




 いつだったかの『光のページェント』の時は、僕が周囲の視線を気にする余り、えみるを怒らせてしまった。いや、ひょっとしたら泣かせてしまっていたのかも知れない。





 でも遠野でのえみるはとても生き生きとしていて、・・・僕はようやく彼女の内心が少しだけ理解できたような気がする。

 えみるは何も特別な女の子じゃない。可愛いものが好きで、人一倍「不思議なもの」に興味を持っているだけの、ただの普通の女の子だ。
 あの独特な言い回しや突飛とも見える行動だって、思い返せば・・・、そう、丸っきりの「子供」なんだ。

 小学生の時分に出会った頃のえみるは、周囲の友達から少々疎んじられている印象だった。
 しかしそれは彼女の周囲の友達の中に、えみるを理解してあげられる人物がいなかっただけじゃなかったのか? いや、子供同士だけじゃない、ひょっとしたら大人・・・自分の両親にだって・・・。





 そこまで来て、僕は唐突にあることに気が付いた。





 そう言えば、僕はえみるの口から一度だって「母親」のことを聞いたことがない。









 そんなことを考えているうちに、いつしか僕は睡魔に襲われた。このまま寝たら風邪を引いてしまうに違いない。





 しかし、僕の抵抗はハッキリ言って無駄だった。
 そして机に突っ伏す僕の頭には、おこがましいかもしれないけれどこんな言葉が回っていた。





 (受け止めてあげなきゃ、僕が。)





 いい夢 見られるかな。

 僕も、・・・えみるも・・・。






SideC

男の子 「あっ!」

えみる 「あっ、だ、大丈夫?!」

男の子 「うっ、・・・うぐっ、ひっく・・・。」

えみる 「な、泣いちゃダメりゅん。」

男の子 「うっ、・・・・・・え?」

えみる 「? どうしたりゅん?」

男の子 「・・・おねーちゃん、どこのひと??」

えみる 「え?」

男の子 「・・・いま、へんなしゃべりかたしてた。」

えみる 「あっ、ああ。これねー、おねーちゃんの口癖なんだぁ。」

男の子 「くちぐせ?」

えみる 「うん、つい言っちゃうしゃべり方のことだよ。」

男の子 「ふう〜ん。」

えみる 「それより、転んだトコロ、もう痛くないりゅん?」

男の子 「うん、もういたくなくなっちゃった。」

えみる 「よかったねぇ〜。」

男の子 「うんっ、おとこはかんたんにないちゃいけないって、おとうさんがゆってた!」

えみる 「そっかー、エライねぇ。」

男の子 「うんっ、えへへ。」

えみる 「えへへ。」

男の子 「ねぇ おねーちゃん。よかったらいっしょにあそばない?」

えみる 「うん、いいよ〜。何して遊ぶ?」

男の子 「うーんとねー。じゃあ きのぼり!」

えみる 「よーしっ、じゃあ お姉ちゃんが見ててあげるね。」

男の子 「うんっ!!」

























男の子 「あれ、おねーちゃん、どうしたの?」

えみる 「うん・・・。」

男の子 「ねぇ、どうしたの?」

えみる 「・・・。」

男の子 「ひょっとして、もう おうちにかえるじかんなの?」

えみる 「うん、・・・どうやらそうみたいりゅん・・・。」

男の子 「えー、だめだよ、もっといっぱいあそんでよ!」

えみる 「うん。でも・・・ゴメンねぇ・・・。」

男の子 「・・・。」

えみる 「あっ、ホラ、『男の子は簡単に泣かない』って言ってたでしょ?」

男の子 「・・・・・・。」

えみる 「じゃあ、また今度きっと遊んであげるから、泣くのやめようね。」

男の子 「・・・っ、ぐすっ・・・。・・・ほんとう?」

えみる 「うん、約束りゅん。」

男の子 「じゃあ、・・・ゆびきりして!」

えみる 「うんっ!」





「「ゆーびきーりげんまん、ウソついたらはりせんぼんのーます!」」





男の子 「やくそくだよ!」

えみる 「うん、約束りゅん。きっといつかまた逢えるよ。」

男の子 「ゆびきりしたんだからね、ぜったいだよ!」

えみる 「分かってるりゅん。」

男の子 「じゃあ おねーちゃん、またねー!!」

えみる 「うんっ、ヒロくん、バイバイりゅーん!!」























男の子 「・・・。」

男の子 「・・・あれ?」

男の子 「ぼく、あのおねーちゃんに なまえゆったっけ?」

男の子 「・・・。」

男の子 「・・・・・・・・・。」

男の子 「ま、いいか。またこんどあそんでくれるってゆってたし。」

男の子 「・・・。」

男の子 「そういえば、おとうさんが『あさってはひっこしだ』ってゆってたなあ。」

男の子 「・・・。」

男の子 「ひっこしってなんだろう? いいことかなぁ・・・。たのしいことだといいなぁ・・・。」

男の子 「さあて、ぼくもおうちにかえんなくちゃ。あしたがたのしみだなぁ。」


























SideD










「あっ、ね、ねぇ。」

「なに?」

「い、・・・いっしょにかえろう?」

「うん、いいよ。」











"And then, there were..."

Fin.

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“sentimental graffiti”はNECインターチャネル/マーカス/サイベル/コミックスの著作物です。.