Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第332夜

四季



 例えば、沖縄の人に問いたいのだが。
 冬っていつからいつまでですか。

 真田 信治氏のエッセイを呼んでいて思ったのだが、俺の場合、やはり雪がある、というのが重要なファクターである。
 東京では、年に 1、2 度、降りはするが、滅多に積もらない。なので、一応、「冬」とは呼んだが、意識としては「長い秋」であった。
 それでも寒かった。確かに、前にも書いた通り、暖房器具は電気ストーブとコタツだけで、晴れた日には窓を開けたりもしている。だが、外に出かけるときはコートにマフラー、手袋という完全装備。流石に、電車に乗るとこれは暑くてしょうがないのだが、外では寒かった。なんだか、東京の寒さは、救いようがない寒さ、という感じだった。
 秋田では、雪が 12 月に積もって 3 月に溶ける。初雪は 11 月下旬で、最後の雪が 4 月頭に降ったりすることもあるが、これが雪の時期。だが、個人的な感覚では 11 月は「秋」ではない。この辺になるともう、自転車での移動が辛くなってくる。秋と呼ぶには寒すぎる。
 4 月は微妙なところだ。確かにずいぶんと気温が高くなって上着も薄くなるが、暖かくはない。自転車でのツーリングはためらわれる。気分的には春だが、桜の咲く中旬あたりまでは保留としたい。

 つまり、桜の花の下の入学式、というのは東京的感じ方だ、ということがわかる。秋田市では 4 月中旬、内陸の角館や弘前公園が下旬、北海道では 5 月に突入する。南ではむしろ卒業式の時期だろう。

 梅雨の時期は、春か夏か。
 暖かいという時期ではないから、夏か。
 9 月になると、暑い日もあるが、涼しい日が増えてくるので秋。
 というわけで、以下のように仮決めをする。
春 4 後〜6 前 2
夏 6 後〜8 2.5
秋 9〜10 2
冬 11〜4 前 5.5
 やっぱ、半分が冬。

 そのエッセイに寄れば、「春」は、木の芽が膨らんで「張って」くることからついたのだそうだ。
 秋は、豊富な実りを示す「飽き」。秋田は昔、「飽田」と表記していたことがあるが、これは豊かな実りが得られる地域だから――というのは嘘。秋田市は雄物川が日本海に注ぎ込む低地、湿地でもあり、これを「悪土」と呼んだことから、という説がある。
 あちこち調べたところでは、夏は「暑い」、冬は「冷ゆ」。そのまんまだな。
 この「春/夏/秋/冬」の俚諺ってないのだろうか。これだけ各地で範囲が違うと言うのに。

 10 月は「神無月」だが、出雲地方では「神有月」だ、という話は聞いたことがあると思う。八百万の神々が出雲に集まるからだそうだ。
 が、これは俗説だそうな。大辞林に寄れば、
かみなづき 【神無月】
〔「かむなづき」「かんなづき」とも〕陰暦一〇月の異名。〔「な」は「の」の意の格助詞で、神の月、の意という。後世、「無」の意に解釈して、八百万(やおよろず)の神々が出雲大社に集まり、他の地には不在になる月とする俗説がある〕
 ただ、出雲で「神有月」と言う、というのは事実だ。「神在月」と書くのが正しいらしい。神様だから「有」よりは「在」の方がそれらしい。
 ってことは「神有月/神在月」って俚諺?
 山口の「五橋」という蔵元のエッセイによれば、「醸成 (かもなす)」、つまり酒を造る時期だ、というもある。

 この、月の異称って、諸説紛紛の見本市みたいなものである。
「師走」を「先生も走る」とか迂闊なこと言うと恥をかく。
松本おじさんのうんちく通信」に詳しいが、まずは、「教師」「先生」という職業が生まれたのはごく最近だ、ということを思い出すべきだろう。

 前に、雨に関するいろんな言葉をまとめた本を紹介したが、季語の中には方言とか方言から生まれてきた語って山ほどありそうな気がするんだよなぁ。手元に歳時記がないから確認できないんだけど。日本人としては 1 セット持っておくべきか?
千曲川通信」というメール マガジンには、風にまつわる語が紹介されている。
 毎日新聞の歳時記では、有名な「目出度さもちゆう位なりおらが春」の「ちゆう位」が俚諺なのではないか、という説が紹介されている。
 方言 de 五七五は、方言を使った俳句のページである。

「風物詩」というのも誤解されている単語ではないか。これは文字通り「風物を扱った詩」で、何かイベントとか植物なんかを紹介して「季節の風物詩」と言うのは、「『この季節を扱った詩』のようなものですよね」と言っているわけ。
 夏の風物詩、高校野球だが、今年はピンチだそうで。
 なぜかと言うと、度重なる原発絡みの不祥事で運転が止められ、首都圏への電力供給が危ぶまれているから (→東京電力節電を呼びかけるページ)。
 これは有名な話だが、電力消費のピークがいつかというと、「高校野球をやっている夏の昼間」なのである。それはそうだ。多くの人が冷房の聞いた室内でテレビをつけている。電気使いまくりである。
 高校野球が好きだ、という皆さんは、自分の趣味が国家に過度な負担をかけている、ということをちと思い出していただきたい。*1

 昔、「ダンス甲子園」というのがあったが、最近では、俳句の大会まで「俳句甲子園」などと名乗る始末。「まんが甲子園」というのもある。
 どちらにしても「創造」の世界のものだが、その彼らは、既存のイベントの威を借りることに疑問を持たないのか?





*1
 漫画の「スケバン刑事」のクライマックスは、これを利用したテロであった。
 現行機種よりも画面がきれいだが、消費電力の大きいテレビを開発、これを普及させ、真夏に、甲子園とカリスマ アイドルのコンサート中継をぶつける、というもの。
 思わず笑っちゃうような企みだが、実行すると確かに効く。これが現代社会の怖いところである。
 しかも、テロはともかく、いつ起きても不思議がない、というところがまた怖い。(
)



"Speak about Speech" のページに戻る
ホームページに戻る

shuno@sam.hi-ho.ne.jp