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Shuno の方言千夜一夜
第262夜
ケンカと方言
自転車で出社途中のことである。
向こうから、自転車で犬を散歩させているオヤジがやってきた。
すれ違うとき、俺は左によけたのだが、向こうは右に避けようとした。そのままではぶつかる。オヤジは睨みつけ、俺は右に方向転換しながら舌打ちをした。
その舌打ちが不愉快であったらしい、「
お?
」とオヤジが言った。
その「
お
」だが。
何かに気づいたときの「お」ではない。ケンカを売っている「
お
」である。標準語で言うなら「あぁん?」くらいに相当する。語気はかなり強いが。
前にも書いたが、秋田弁の「
お
」は、呼びかけに使えるという点でちょっと違う。道を歩いていて向こうに友達を見つけたとき、「
お
」と呼びかけることができる。標準語では「おぉい」にあたる。
さっきの「
お
」もこれの仲間。「なんだと?」に相当するので、「おい」とも違う。
この辺、「おい」と「おぉい」の違いに似ていると言えないこともない。
俺が秋田弁を理解できるから、そのオヤジがケンカを売っていることに気づいたが (買わないが) 他の地域の人ならこうはいかない。語気とイントネーションだけで弁別しなくてはならない。
逆にいえば秋田弁の貴重なサンプルである。非常識なオヤジでもなんかしら役には立つものだ。
ところで、自転車は原則、
左側通行
である。
ロープを持ったままなら、
片手運転
だ。
大体、左に犬を従えたまま右にハンドルを切ったら、一時的に道をふさぐことになる。
自転車で犬の散歩をしている人は少なくないが
*1
、万が一のことがあったら、どういう過失相殺になるか、よく考えてみて欲しい。そもそも貴方の愛犬はどうなるのだ?
おかげさまで暴力行為とは縁の薄い生活を送っているので、この種の例を列挙できない。最もそれに近い事例といえば、アパートの向かいの部屋に夫婦者が住んでいたのだが、その夫婦喧嘩の凄まじさにパトカーが呼ばれてしまった、ということくらいか。俺が呼んだのではないが、確かに悲鳴
*2
が聞こえたから肝は冷やした。
その夫婦は別居したらしく、後日、妻のほうがやってきて、俺の部屋を訪れて言うには、「子供に会わせてくれないんです。また来ますから、って言っておいてください」。知らねぇっつの。
というわけで、それくらいエキサイトしている場合でも、「〜してください」と標準語で話すのである。方言の衰退に伴って、早口の大声で方言を話しているのが耳に入ると、ケンカではあるまいか、と感じてしまう空気が地域社会にはある。
それがよく知らない方言だったりするとステロタイプの元になってしまう。知らないものに対する恐怖、というのは馬鹿にできない。よその方言なんてしばらく聞いてないとどういう話なのかわからないわけなので、電車の中で耳にした、なんて一瞬の印象で固定的なイメージをもたれてしまうことはどうしても避けられない。「○○弁っていつもケンカしているみたいねぇ」などというのは可愛い方で、「本当にケンカしてるみたいね」なんて強化されてしまったりすると、それを払拭するのはかなり難しい。
何度も書いているが、一般に、京都弁は「やわらかい」「きれい」というようなイメージを持っている。だが、彼らがケンカをしない、ということはないはずだ。いざとなれば、それなりの罵詈雑言を繰り出すはずである。そういうのを一遍、聞いてみたいものだ、と思っている。
そういうときでも「
〜してはる
」なんて言うのだろうか。「
〜はる
」は丁寧語ではなく、距離感の表現であることがわかっているから、やはり使われるかもしれない。慇懃無礼、という手法もあることだし。
京都弁は「関西弁」に吸収されつつある、という話もあることだし、色んな面で興味深いところである。
高校生の頃、こんなことがあった。
確か、自習の時間だったと思う。
後のほうに座っている二人が、芸能誌を見ていた。最初は、あの子が可愛い、この子が可愛い、とやっていたはずなのだが、急に大声をあげ、椅子をバタンと倒して立ち上がった。
「
おめが良美の悪口言うがらだねが!
」
教室内が爆笑に包まれたことは言うまでもない。懐かしい話だ。
なお、この「良美」というのは、岩崎 良美のことである。
*3
方言は感情の発露である、というところに立てば、ケンカの場面での使用は当然、想像できる。
だが、方言がそういうところにしか残らないのだとすると、それはあまりに寂しくないか。
他の面での衰退を後押ししているかどうかはわからないが、少なくとも、柄の悪い方言を使っている人たちは、その方言のイメージを低下させる片棒を担いでいつことになるのだ。その辺の意識、ありやなしや。
*1
スクーターも稀に見かける。そんなに面倒なら犬など飼うな。
(
↑
)
*2
その後のことも考え合わせると、悲鳴というより、ヒステリーの結果かという気がする。
(
↑
)
*3
歌の上手い人は好きなので手元にカセットテープもあったりするが、岩崎 良美といえば、の「タッチ」は苦手である。なんか雑然とした感じがしないだろうか、と書いたら彼に怒られるかしらん。
(
↑
)
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