「山行報告」 塩見岳から北岳縦走(’61年1月)

部報“山靴”No.70(南アルプス特集号) -'66/3発行- より (樋口記) 

メンバー:(縦走隊)CL高橋、SL田中、樋口(清)、小林、豊田
      (サポートA隊)岡田、野田、飯田 (サポートB隊)L長島、川村、深沢、坂本、松本

12月31日 小雪
 南アの登山者で混雑した飯田線から伊那大島駅に降り立つと、今迄の眠気がいっぺんに覚めてしまう様な寒さだった。手配の小型トラックに総勢13名、風除けの為のオーバーズボン、ヤッケのいでたちで塩川まで乗り入れる。
 塩川の河原沿いの道を約2時間、これからの急登を頭に浮かべながら黙々と歩くが、心配されたラッセルは全くなく、コンクリート状の登山道はアイゼンすら必要ない。
 南沢出合の末端の尾根に取付き、ジグザグ道に喘ぐこと3時間、夕暮れ近くになった頃、三伏峠手前の船窪にB.C.を設営する。
 (伊那大島発 07:00→塩川9:30→南沢出合11:25→三伏峠下・船窪(幕営)16:15)

1961年元旦 薄曇り
 明けて今日は元旦、誰も“おめでとう”などと言う輩は居ない。
 慌しい中に縦走隊用ウインパーテント、サポート隊用ナイロンテントを撤収し、B.C.カマボコテントに嘆くキーパー氏を残して、縦走隊5人、サポート隊7人が出発する。
 溝を切った様に踏み固められた登山道は、本谷山の登りも何と言うことはない。途中、塩見岳で遭難した東大スキー部の遺体引下ろしに出会い、黙祷をささげる。
 権右衛門山を捲いて最低鞍部、夏は小さい沢が大井川側から入っている所に幕営する。ここでサポート隊を二分し、サポート隊Aは明日縦走隊を塩見岳までサポート。サポート隊BはB.C.に帰幕する。
 (出発 09:00→権右衛門山鞍部(幕営)12:30)

1月2日 快晴
 縦走隊の天幕を撤収して、A隊のサポートを受けながら塩見岳に向う。快晴の塩見岳山頂は風が冷たかった。
 気温ー20℃。頂上で荷物を詰め直し、B隊と会えないまま縦走に入るのは寂しかったが、待ってもいられなかった。
 蝙蝠岳との分岐点まで見送ってくれたA隊に別れを告げ、クラストした急な斜面を下り、日当たりの良い雪投沢のコルで昼食にした。
 北荒川岳でも腰を落着け、塩見岳を越したと言う事で、サポート隊と別れてからすっかりのんびりしてしまった。
 新蛇抜山手前の感じの良いコルで早々と幕営としたが、折からの素晴らしい夕映えに天幕をほっぽり出したまま、皆で山を眺めに出掛けた。逆光の中の塩見岳は、厳かで惚れ惚れする美しさだった。
(出発 06:45→塩見小屋08:20→塩見岳10:00〜11:00→蝙蝠岳分岐11:30→北荒川岳13:50→幕営地15:00)

1月3日 晴れのち風雪
 大井川を隔てて横たわる農鳥岳から南に延びる尾根には重量感があった。気温がー8℃位迄上がり随分暖かい感じで、休む時は伸び伸び休めた。熊ノ平までの森林帯はかなりの積雪だったが、トレースが付いている為、大したラッセルも無く快調に熊ノ平へ抜けた。
 今日の行程は此処迄であったが、時間が早いので一気に間ノ岳まで稼ごうと言う事になった。快晴だった空に拡がり始めた巻雲も、崩れるのは明日からだろうと、さして気に留めず昼食を済ませると張り切って熊ノ平を後にした。
 三峰岳への登りにかかる頃から、天気が急変し吹雪となった。厳しいこの登りで、豊田君が頂上まで2人分の荷を担ぎ上げる闘志と怪力ぶりを発揮して大いに男を挙げる。
 間ノ岳頂上に出た時はもう夕闇が濃かった。荒れ狂う風雪に幕営地の選択もままならず、頂上の荒川谷側を切開いて、ようやくの事で天幕を張ったが実に厳しい設営だった。雪だるまのザック毎一緒に天幕の中へもぐり込んだ時は、思わず顔を見合わせ、しばらく何も手に付かなかった。
 (出発 08:00→新蛇抜山08:55→熊ノ平11:45→三峰岳15:25→間ノ岳(幕営)17:05)

1月4日 雪
 前日の疲れでぐっすり寝込み、息苦しくなって眼を覚ますと、天幕は完全に雪に埋もれていた。
 朝の6時から夕方の3時まで、手を休める暇もなく除雪作業に追われ、朝食も昼食も一人づつ交代で済ませた。 午後から雪が止んだので、何とか目鼻がついたが、雪が止まなかったら夜中も続ける羽目になったであろう。せめてもの慰めは、富士山を除けば日本で一番高い場所に泊っていると言う事だった。
 (停滞)

1月5日 晴れ
 なんとか時間をかけて撤収すると、その跡が呆れるほどの大きな穴となり、抜け出すのに階段を作る始末だった。
 千切れ飛ぶ速い雲を背に、新雪の北岳は鋭く尖っていた。雪煙を巻上げる強風に、ヤッコ凧のように翻弄されながら三千米の稜線を辿り、吊尾根分岐に荷を置いて北岳山頂に立つ。眺めが素晴らしい。
 念願の山頂で互いに握り合う手に力が入って痛かった。
 もう殆どのパーティーが下山して静かになった吊尾根を「ロマンチックにならずに済んだ」と、ゆっくり足まかせに下って行くと、途中ですっかり暗くなってしまった。遅くもあるし、広いところで手足を伸ばしたいと言う事で、池山小屋に入る。
 (出発11:00→北岳14:30→吊尾根下降点15:00→池山小屋17:55)

1月6日 曇り時々雪
 もう一張りのテントも無い静かな池山から深沢へ下り、野呂川林道へ這い上がると、薄ら寒く雪がチラチラ舞っていた。
 夜又神トンネルを抜け、峠から桃の木鉱泉へ下った。鉱泉で縦走の疲れを癒し、夜遅くまで話しが尽きなかった。
 (池山小屋10:00→深沢12:15→夜又神峠16:00→桃の木鉱泉17:00)

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