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濃厚赤血球の使用基準

血液製剤の適正使用(3)

1999年9月1日号 275

 

 赤血球濃厚液は、急性あるいは慢性の出血に対する治療及び貧血の急速な補正を必要とする病態に使用された場合、最も確実な臨床的効果を得ることができます。

 このような赤血球補充の第一義的な目的としては、末梢循環系へ十分な酸素を供給することですが、循環血液量を維持するという目的もあります。

 

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1)内科的適応

 内科的な貧血の多くは、慢性的な造血器疾患に起因します。その他では、慢性的な消化管出血や子宮出血などがあります。これらで、赤血球輸血を要する代表的な疾患は、再生不良性貧血、骨髄異形成症候群、造血器悪性腫瘍などです。

 慢性貧血の場合には、Hb値7g/dLを目安にして輸血を行います。ただし、Hb値7g/dL未満であっても輸血を必要としない場合もあります。したがって、輸血の適応を決定する場合には、検査値のみならず循環系の臨床症状(労作時の息切れなど)を注意深く観察するとともに、日常生活の活動状況を勘案する必要があります。使用量は臨床症状の改善が得られる量を目安とします。

 輸血後のHb値を10g/dL以上にする必要はありません。頻回に使用を要する場合には、使用前に前回輸血後の臨床症状の改善の程度やHb値の変化を見極めてから実施します。なお、頻回の輸血により鉄過剰状態(iron overload)を来しますので、できるだけ輸血する間隔を長くします。

 鉄剤、ビタミンB1、エリスロポエチンなどの薬剤により治療が可能な貧血は、輸血の適応とはなりません。しかし、薬剤の効果が得られるまでの間、臨床症状の軽減のためにやむを得ず輸血を必要とする場合には、必要最小限の使用量にとどめる必要があります。

2)外科的適応

(1)術中

 術中の出血に対しては、循環血液量に対する出血量の割合と臨床所見に応じて、対処します。全身状態の良好な患者で、循環血液量の15〜20%の出血が起こった場合には、細胞外液量の補充のために細胞外液系輸液薬(乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液など)を出血量の2〜3倍使用します。

 循環血液量の20〜50%の出血量に対しては、赤血球不足による組織への酸素供給不足を防ぐために、細胞外液系輸液薬と共に赤血球濃厚液を輸血します。

 膠質浸透圧を維持する必要があれば、人工膠質液(デキストランなど)を使用します。循環血液量の50〜100%の出血量では、細胞外液系輸液薬と赤血球濃厚液だけでは血清アルブミン濃度の低下による肺水腫や乏尿が出現する危険性がありますので、適宜等張アルブミン製剤を使用します。さらに、循環血液量以上の出血量(24時間以内に100%以上)があった場合には、凝固因子や血小板数の低下による出血傾向(希釈性の凝固障害と血小板減少)が起こる可能性がありますので、凝固系や血小板数の検査値及び臨床的な出血傾向を参考にして、新鮮凍結血漿や血小板濃厚液の使用も考慮します。

 この間、血圧・脈拍数などのバイタルサインや尿量・心電図・血算、さらに血液ガスなどの所見を参考にして必要な血液成分を追加します。

 収縮期血圧を90mmHg以上、平均血圧を60〜70mmHg以上に維持し、一定の尿量(0.5〜1mL/kg/時)を確保できるように輸液・輸血の管理を行います。

 通常はHb値が7〜8g/dL程度あれば十分な酸素の供給が可能ですが、冠動脈疾患あるいは肺機能障害や脳循環障害のある患者では、Hb値を10g/dL程度に維持することが推奨されています。

 なお、循環血液量に相当する以上の出血量がある場合には、可能であれば回収式自己血輸血を試みるように努めることが勧められています。

(2)術前

 術前の貧血は必ずしも輸血の対象とはなりません。慣習的に行われてきた術前輸血のいわゆる10/30ルール(Hb10g/dL、Ht30%以上であること)は、近年では根拠のないものとされています。したがって、患者の心肺機能、原疾患の種類(良性または悪性)、患者の年齢や体重あるいは特殊な病態等の全身状態を把握して輸血の必要性の有無を決めます。なお、慢性貧血の場合には内科的適応と同様に対処します。

 一般に貧血のある場合には、循環血漿量は増加しているため、輸血により急速に貧血の是正を行うと、心原性の肺水腫を引き起こす危険性があります。術前輸血は、持続する出血がコントロールできない場合又はその恐れがある場合のみ必要とされています。  また、消化器系統の悪性腫瘍の多い我が国では、術前の患者は貧血と共にしばしば栄養障害による低蛋白血症を伴っていますが、その場合には術前に栄養管理(中心静脈栄養法、経腸栄養法など)を積極的に行うことによって、その是正を図るようにします。

(3)術後

 術後の1〜2日間は創部からの間質液の漏出や蛋白質異化の亢進により、細胞外液量と血清アルブミン濃度の減少が見られることがあります。ただし、バイタルサインが安定している場合は、細胞外液系輸液薬以外に赤血球濃厚液や新鮮凍結血漿などが必要となる場合は多くありません、これらを輸血する場合には各成分製剤の使用指針によるものとします。

 急激に貧血が進行する術後出血の場合の輸血は輸血を外科的止血処置と共に早急に行います。

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 濃厚赤血球の不適切な使用

○新鮮凍結血漿との併用

 赤血球濃厚液と新鮮凍結血漿を併用して、全血の代替とすべきではない。その理由は、実際に凝固異常を認める症例は極めて限られていることや、このような併用では輸血単位数が増加し、感染症の伝播や同種免疫反応の危険性が増大するからである(新鮮凍結血漿の使用指針:前号を参照)。

<<輸血量>>  

赤血球濃厚液1単位(200mL由来)の使用によって改善されるHb値は、以下の計算式から求めることができます。

  予測上昇Hb値(g/dL)=使用Hb量(g)/循環血液量(dL)

 循環血液量:70mL/kg{循環血液量(dL)=体重(kg)×70mL/kg/100}

 例えば、体重50kgの成人(循環血液量35dL)にHb値14〜15g/dLの血液を2単位(400mL由来MAP1バッグ中の含有Hb量は14〜15g/dL×4=56〜60g)輸血することにより、Hb値は約1.6〜1.7g/dL上昇することになります。


人工血液

人工酸素運搬体

 血液は赤血球、白血球および血小板という細胞成分とアルブミン、凝固因子などを含む血漿成分から成り立っていて、それぞれ酸素の運搬、免疫作用、止血、栄養の運搬、血液凝固などの多彩な機能を営んでいます。これらすべての役割を代替する人工物を作ることはほとんど不可能に近いと思われます。しかし、細胞成分のうち、酸素の運搬のみにポイントを絞った人工赤血球(人工酸素運搬体)の開発は古くから行われ、近年欧米では臨床試験の段階に入ったものも多く、国内でも独自技術による開発も行われています。

 人工酸素運搬体は長期保存が可能なため、いつでもどこでも使用ができます。また、あらゆる血液型に対応できるため、新聞紙上で頻繁に取りざたされている血液型の違いといった輸血事故も回避できます。さらに肝炎やエイズなどの感染症を伝搬する可能性はなく、発熱、アレルギー反応、血圧低下といったほかの輸血副作用の危険性もありません。少子高齢化で献血量の減少が危惧されるなかで、その開発への期待がこれまで以上に高まってきています。

 ヒトの体では、水(血漿成分)に溶ける酸素の量がごくわずかなため、必要な酸素は赤血球中の酸素との親和性の高いヘモグロビンに結合された形で組織に運ばれます。これまで開発されてきた人工酸素運搬体は以下の二つに大別されます。

一つは、水より高い酸素溶解能を持つ溶液の開発で、もう一つは、赤血球中の酸素運搬の担い手であるヘモグロビンの利用です。

 人工酸素運搬体としてまず登場したのは、一つ目のタイプのPFC(パーフルオロケミカル)です。PFCは有機フッ素化合物で、酸素を水の数十倍も溶解できる性質を持ち、その高い酸素溶解能を用いて溶かし込んだ酸素を組織に運びます。

 このPFCなる液体は水には全く溶けない油のような性質を持つため、ある種の乳剤と混ぜてごくごく小さい粒子として水に浮遊させて使えるように工夫されて開発された旧ミドリ十字社製の商品、フルオゾール(Fluosol)は主に宗教上の理由から輸血を拒否する症例で700例を越す臨床試験が行われ、1989年には米国FDA(米食品医薬品局)の製造承認を受け、英米で販売されるに至りましたが、酸素運搬能の不足や人体への蓄積などのために最終的には製造が中止されました。しかし、それ以降、製造技術の向上に伴い、フルオゾ−ルの欠点を補う次世代のPFCがいくつか開発され、そのうちあるものは現在、臨床の最終段階にまで至っています。

 次に、ヘモグロビンを利用した人工酸素運搬体ですが、これには二種類あります。一つは天然のヘモグロビンを加工して使用したもので、多くの試みが生まれては消えていく中で、米国バイオピュア社の「ヘモピュア」は牛のヘモグロビンを加工したものですが、常温で2年間の保存期間を持ち、原料として牛の赤血球を使っているため、ヘモグロビンは無限に低価格で入手できるとのことです。臨床試験も最終段階に入り、南アフリカ共和国では、昨年臨床応用が認可されるに至っていますた。同様に、米国のノ−スフィ−ルド社のヒトヘモグロビン修飾体である「ポリヘム」も臨床試験が進行中です。

 もう一方は、ヘモグロビンを脂質の小胞体であるリポソ−ム内に封入し、擬似的な赤血球中としたものである。こちらは、日本での開発が盛んで、テルモ社と早稲田大学のグループがその開発中です。

 PFCにせよヘモグロビンを利用した人工酸素運搬体にせよ、いずれもヒトに使用した場合、一日前後しか血中に留まらず、その寿命の短さのために、定期的に赤血球輸血を必要とするような慢性的な貧血に対する臨床応用は現時点では不可能と考えらます。

 従って、具体的な適応範囲は、
・緊急時やまれな血液型に対する輸血血液の代替
・長期保存が必要な災害など非常事態への準備
・膜抗原がないことから自己免疫性溶血性貧血への応用
 
      などに限られています。

 しかし、最近それに加えて、「自己血輸血の支援」としての使い方が注目されています。それは、手術前に自分の血液を採取保存し、その代わりに、人工酸素運搬体を使用し、自分自身の血液を薄めることにより、手術中の自分自身の血液の出血量を少なくすることを目的としています。手術中の出血に対しては人工酸素運搬体を使用し、手術後に採血しておいた自分の血液を戻すものです。これにより手術中に失われる自分自身の血液量を少なくすることが可能になり、結果的に通常の赤血球輸血が回避できます。さらに、赤血球に代わるという位置付けはなく、人工酸素運搬体の性質を生かした新たな応用も考えられています。それは、上述の人工酸素運搬体は赤血球に比して大きさが非常に小さいため、赤血球が通り抜けられないような狭い部位でも通過できるという特性を生かしたものです。

 心筋梗塞や脳梗塞では血栓で詰まった部位から先には赤血球は到達できず、従って酸素を供給できずに、その部位は死んでしまます。しかし、人工酸素運搬体はその先まで通過することができる可能性があり、傷害部位の組織を低酸素から保護し、障害の予防に有用と期待されています。

 一般に腫瘍は低酸素状態であり、放射線照射に対して抵抗性を示します。人工酸素運搬体は赤血球では到達不可能な血管から離れた腫瘍組織内低酸素部位にまで酸素を供給することが可能で、放射線治療への感受性を高めるための検討も行われています。また、臓器移植の際の摘出臓器の灌流液として使用すればその臓器の保存性が向上するとも期待されます。

   出典:血液センターニュース 2002年11・12月号

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