世の中のことを脳から考えてみると



 解剖が専門の養老孟司氏は、「唯脳論」で有名である。何でもかんでも脳から考えてみた文章が、『毒にも薬にもなる話』に収録されている。同書には、一連の時事問題への論考も収められていて、そちらのほうが読んでおもしろかった。

 「心は、脳の働きであり、脳の思い込みが社会を作る」という著者は、脳化された都市に対して痛烈な批判をあびせかける。人は都市に住むことで安全と幸福を入手するが、その代償として約束事を失ったときにどうしていいか分からないという危うさを引き受ける。かくあるべしという約束事は、脳化社会だけに通用するもので、自然相手には通用しない、と。

 同様の鋭さで、産出と流通、いじめ、世間の空洞化、創造性の開発、誤解、宗教などについて言いたい放題だ。とくにオフィスと現場の乖離というテーマは、日本だけでなく先進文明に身を置く人すべてにあてはまる批判ではないだろうか。福祉の現場と厚生省のお役人、生産ラインと本社、専業主婦と仕事人間の夫などなどどれもがあてはまる。

 変人の部類に入ると思われる養老氏だが、あちこちの対談に引っ張り出されている。そんな中からいくつかピックアップしてみたい。

 マンガ家の内田春菊とは、宜保愛子が糸井重里に髪の長い女の霊がついていると言ったら、糸井氏が宜保さんにいろいろ聞いていたという話なんかをペチャペチャとやっている。また武術家の甲野善紀とは、チャンバラの話を楽しそうにしている。

 先ほどの本のなかにある「型を喪失した日本人」という論考で、脳化社会になるにつれて身体が置き忘れられた歴史を説明している。どこかへ行ってしまった身体を取り戻すには、演劇や武術はいいきっかけになるかもしれない。でも結局答えを見つけるには、自分の体に聞いてみるしか方法はないだろう。

  • 毒にも薬にもなる話 養老孟司 中央公論社 1997 \1800+tax

  • 口だって穴のうち ホントとホンネ内田春菊対談集 内田春菊 洋泉社 1996
     その他に南伸坊、筒井康隆、桃井かおりなどと対談

  • 古武術の発見 日本人にとって身体とは何か 養老孟司、甲野善紀 光文社 1993 カッパ・サイエンス NDC789 \829+tax
     武術に関してまじめに対談

  • 自分の頭と身体(からだ)で考える 養老孟司、甲野善紀 PHP研究所 1999 NDC914.6 \1400+tax
     『古武術の発見』の続編
(1998-12-07)
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