あのすばらしい日をもう一度



 横山秀夫の『クライマーズ・ハイ』はクライミングと新聞社の内幕ものが合体した小説である。「1985年、御巣鷹山の日航機事故で運命を翻弄された地元新聞記者たちの濃密な一週間」と帯に書いてあるが、事故現場の描写はほとんどない。事件はもっぱら本社で起こっている。

 40歳の本社詰め遊軍記者である悠木は、若い記者からは羨望のまなざしで見つめられている。生涯一記者の理想像として。しかし同期の者たちのようにデスクに上がることを拒めなくなりつつあった。しかも家庭に帰れば、子どもたちとはうまくコミュニケーションがとれない。設定は、中年クライシスそのものだ。

 そこへ県境の山中にジャンボ機が墜落したのだ。しかも犠牲者は史上最高らしい。長野側に落ちていてくれればという願いもむなしく、悠木は日航全権デスクを命じられる。「もらい事故」を契機に、社内の派閥争い、同期との確執、若手からの突き上げという動乱がはじまる。

 57歳で危険な岸壁に挑戦する今と、17年前のあの一週間が交互に描写される。小説としては、よくできている。山崎豊子『沈まぬ太陽』よりも感動した。しかし没入はできなかった。

 理由は、2つある。ひとつは、ローカル新聞ではあっても登場メンバーがほとんど優秀な人ばかりで、アドレナリン全開タイプの人だからだ。自分と距離がありすぎる。もうひとつは、「もらい事故」だったのは地元の上野村の人たちにとってであって、デスクはあくまでも伝聞者でしかない。記者の目を通した現場の描写も多少あるが、事故のようすが生き生きとは伝わってこない。

 とはいっても、新聞記事の見出しを並べることにより、無駄な記述を省いて1冊にまとめたのは正解だ。よけいな登場人物を増やさずにすみ、しまりのある作品になった。しかしながら、岩登りのシーンは無用に思えた。それさえも省いてもっとコンパクトにしてほしかった。
(2004-09-01)
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