西行花伝



芭蕉のつぎには、西行が読みたくなった。そこで辻邦生『西行花伝』をセレクト。

これは選択を誤ったかもと思いつつ読む。出だしが退屈で、佐藤義清が思春期を迎えてやっと調子が出てきたが、人生は長かった。500ページを超える大作ゆえ、本を持っているだけで疲れてしまう。せめて文庫版にすればよかった。

生前西行とかかわった人たちが、弟子の藤原秋実に西行の人となりを語っていく。和歌が多数載せられているのだが、鑑賞力不足で楽しめない。ただ、力作だということは確か。群小領主のひとり氷見三郎を登場させ、当時の荘園をめぐって中小地主層と摂関家や寺社がどういう関係だったのかを描いている。歴史背景と西行個人について調べるだけでも大変だったろう。

義清は裕福な所領を持ちつつも、早くに父をなくし官位もない。大金をはたいて就職活動し、やっと北面の武士となる。武芸や蹴鞠で名をはせ、上役にも気に入られる。このまま出世するかと思いきや、あっさりと出家してしまう。その原因は恋と歌にあった。

しかし出家したのに、京へ出てきて上皇たちと交わったり、保元の乱では平清盛と折衝したり、後には源頼朝とも会っている。ただの世捨て人ではない。

西行と女院、女院なきあとはその子崇徳院と西行が軸となる小説だ。
西行の内面の成熟と、摂関政治から武家政治に変わってゆく時代の崩壊過程とを、焦点の深いレンズで一挙に撮影するのに似た手法を用いたので、当然新しい書法を用意しなければならなかった。一章ごとに語り手を変え、内側と外側を合わせ鏡のように書きたかった。
 「『西行家伝』を新しい書法で」より
「現実と美の相剋」という主題のなかで、美の優位を読者に納得させるには、崇徳院と西行との対決をえんえんと描く必要があったのだろう。だが、西行を主役にして物語ってくれた方が没入できた。読み飛ばしたくなるほどストーリーに過剰感がある。そういう意味で、私にとってはいささかオーバースペックな小説だった。

平忠盛が中村勘三郎で、清盛が仲代達矢、源義朝が木村功だったなあと、大河ドラマの役者たちを思い浮かべつつ読み進めた。調べてみたら、崇徳院が田村正和、待賢門院が久我美子、西行が蜷川幸雄とある。原作が吉川英治で、脚本が平岩弓枝、音楽が冨田勲の「新・平家物語」が観たくなった。
  • 西行花伝 辻邦生 新潮社 1995

  • 微光の道 辻邦生 新潮社 2001
     自作解題を含むエッセイ集
(2007-07-22)