離散家族の運命



 辛淑玉は、なかなか筆が立つ。『鬼哭啾啾』の第1章は、在日家族に生まれ育った彼女の自伝である。著者紹介を見ると、すでに何冊もの著書がある。しかしなんで今まで自分のことを書かなかったんだ。この本が、ほんとうはデビュー作になるべきだったのに。

 暴れん坊だった女の子が幼稚園の入園を拒否されたことで、自分が朝鮮人だとはじめて意識する。転校を繰り返し、やがて朝鮮学校に入る。しかしそこは、暴力が支配する所だった。
教師の暴力は日常のできごとだった。 学校は、日本社会の差別と暴力の嵐から身を守るためには、強固に一つになる必要があった。その中で異端であることは許されなかった。組織の支配と統制は、情報を遮断することと暴力によって、より強固になった。(p72)
 これでは、戦中の日本の小学校ではないか。こんな環境に育ったら、異端児にはとてもつらかったろう。
在日にとっての本当の民族教育は、在日の歴史を学ぶこと以外にないはずだ。私たちの父や母、祖父母がどのような生き方をしてきたのか、それを知ることから始めるべきだろう。(中略)日本の公教育の中で、在日が民族のことを学べる仕組みがなければ、共に同じ社会で生きていく教育にはなりえない。日本社会はすでに多民族社会なのだから。(p77)
 学校で教師からリンチを受けて、家出し、やがて日本の学校に編入する。しかしそこも安心して通える学校ではなかったようだ。

 第2章では帰国事業についてふれ、第3・4章では中朝国境での難民のようすをレポートしている。ここでは、一転して語り口のトーンが落ちてしまう。この部分は、ルポの専門家にまかせたほうがよかった。

  • 鬼哭啾啾 「楽園」に帰還した私の家族 辛淑玉 解放出版社 2003 NDC316.8 \1,800

(2003-09-06)
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