近未来小説



 はじめて読んだ村上龍の小説は、短編集だった。たいしておもしろくなかったので、途中でなげてしまった。次の作品は通読はしたけど、ここで取り上げるほどでもなかった。3度目の正直で、おもしろい小説にあたった。

 『希望の国のエクソダス』は、近未来を舞台とする中学生が主役の物語である。あとがきで書かれているように、村上龍のもつ情報と物語がうまく結合した作品である。

 JMMでは、重箱の隅をつつくように、しかもしつこく金融問題を扱っている。もう彼は、そのへんの経済学者よりも日本の金融については詳しいにちがいない。その成果は、小説にふんだんに盛り込まれている。しかし、私にはその説明がちょっと過剰に感じられた。

 また教育問題への関心が、とても強いことも分かる。教育が、法律により強力に縛られて、なにか変えようと思ったら、法律を変える必要がある、ということが語られる。教育と金融の2つの問題が、重点を移しながらストーリーが展開していく。

 中編でいいから、主人公がバンコクから日本へ戻らずに、海外へ取材に行ったバージョンも読んでみたい。

 「取材ノート」は、『希望の国のエクソダス』を執筆するために行ったインタビューを13本選んで1冊にまとめたものである。日本の金融法の世界は20年以上遅れている、などずいぶん発見があった。

 テレビでおなじみの文部省の寺脇研は語る。
自分の偏差値と相談しながらようやっと受験戦争をくぐり抜けてきた学生に、いきなりアントレプレナーになりなさい、と言ったって無理がある。何かをやるときに一番必要なのは、自己責任という形でリスクを負う冒険心だと思うんです。
 為替の専門家である北野一氏は言う。
経済学の場合、直感的にわかりやすい議論ほど、実は間違っているということが多い。たとえば数年前、大学の先生や知識人たちが「ユーロができれば近い将来、ドルの基軸通貨体制は崩壊するだろう」なんて言ってたけど、現実には今なおびくともしていない。彼らは現実をいかにももっともらしく解説してみせるが、それらがことごとく間違っている。ぼくがストラテジストとして自らに課しているのは、「王様は裸だ」と言える子どもの洞察力を持つことなんです。
 最後に、村上龍は怒る。
ぼくが今一番許せないのは、老人が「昔のほうがよかった」というやつ。だって自分たちが経済成長のために自然環境を破壊しておいて、「昔はこの川で泳いで遊べたのに....」なんていうことを平気で言う。でもこれはおかしい。自分たちはこのように環境を壊してしまったけど、今のほうがはるかにいい時代になった、っていうならわかるんです。でもそういうふうに責任はひきうけない。子どもが怒るとしたらそういう無責任さに対してだと思う。
 同じことを感じている私は、子どもだったのか。彼らに聞いてみたいことがある。先祖が心血を注いで守ってきた自然を、自分の代で壊してしまい、なんとも思わないのかと。
  • 希望の国のエクソダス 村上龍 文芸春秋 2000 \1571+tax

  • 『希望の国のエクソダス』取材ノート 村上龍 文芸春秋 2000 \1143+tax
(2000-12-08)
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