天本英世は本名です



天本英世は、フラメンコとスペイン市民戦争、詩人ガルシア・ロルカに傾倒していた。本人には、なぜ日本に生まれてしまったのか理解できなかったと思う。おまけに「私は非国民である」と公言してた。
私の住んでいる国では、戦後半世紀以上経った今でも、人と違う意見を持つものは非国民と見なされる。物事を自分だけの目で見抜こうとするものは排除される。これは戦争中の日本となんら変わらない。(p187)
映画のキャッチフレーズにピカレスク・ロマンなんてことばが使われることがある。ピカレスクは、ならず者(ピカロ)に由来する。16世紀の末のスペインには、500万人ほどの人が住んでいた。そのうち15万人以上がピカロだった。

ピカロは、住所不定無職で、放浪生活を送っている。特別な理想や将来への意欲もなく、迷信深いなまけ者、酒好きで、自分の遭遇する苦難に耐えながら生きていく。そんなイメージのようだ。そんな生き方を支持する人もいた。

放浪者を一掃する法律が何度も出されたけど、効果はなかった。今のホームレスは定住型が多いし、ニートには部屋がある。少しタイプは異なるけど、400年も前にそういう人たちを養っていくだけの国力をスペインは持っていた。

ところで天本さん、家はあるけどおんぼろで郵便をとりに行くだけ、クリーニング店の2階に勝手に上がり込んでねぐらにしていた。あるとき店の人に見つかってしまい、事情を話したら防犯にもなるので使ってくださいといわれた。昼間は、行きつけの店にずっといる。仕事の依頼は、その店に電話してもらう。そこで原稿を書き、取材も受ける。

天本さんは、ピカロの精神を受け継いでいるのだろう。それじゃ、よく朗読していたであろうロルカの詩「騎士の歌」を。
コルドバは、はるか、そして、ただひとつ。
黒き子馬と大いなる月と
鞍袋にはオリーブの実と…。
いくつもの道は知っているけれど、
わたしは、けっして、コルドバには着けないだろう。
平原を通り、風に吹かれて、
黒き子馬と赤き月。
死がわたしを見つめている。
コルドバの塔から…。
ああ、なんと長き道のりかな!
ああ、勇ましき、わたしの子馬よ!
ああ、死がわたしを待っている、
わたしがコルドバへ着く前に…。
コルドバは、はるか、そして、ただひとつ。
「ロルカ、暗殺の丘」は、ロルカを演じるアンディ・ガルシアの詩の朗読ではじまる。1936年のロルカ殺害事件の謎を追うミステリーだ。アメリカ映画にしてはリアリズムだなと思ったら、スペインとの合作だった。

(2005-03-16)