時期尚早論



第2電電ができたとき、「ケッ」と思ってしまった。その後NTTがどんどん値下げするのを見て、いかに競争が必要であるか痛感した。

プロのサッカーリーグを作ると聞いたとき、10年早いと思った。しかしJリーグができたおかげで、ワールドカップにも出場できた。

憲法の改正だって、いつまでも時期尚早というわけにもいくまい。

いつか読もうとは思っていた憲法の本だが、たまたま手にした伊藤真『憲法の力』はよくできた本だった。

著者は、大学の先生ではなく、司法試験の予備校の校長先生。よけいな話を削り、要点をうまくまとめている。しかも、サラリーマンが飲み屋で憲法談義するための手引きとしても使える。一家に一冊常備したい本だ。

伊藤がこの本を書いた動機は、憲法についてよく知らない議員が改憲を叫んでいる現状への憤りにある。
私が参考人として国会に呼ばれて、国民投票法について話をしにいったとき、半分ぐらいの議員しか出席しておらず、発表者が話をしている途中なのに、議員は出たり入ったり、まさに学級崩壊状態でした。(p199)
まず、本書の冒頭で釘をさす。
第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
憲法を守る立場の人は、国民ではなく為政者たち。つまり国民は改憲しろと叫んでもいいが、現首相のように「内閣として憲法改正をめざす」などと言ってはいけない。それでは政治的なクーデターになってしまうと。
各人がそれぞれの意見や考えを持ち、それを話し合うことで深め、何が正解なのをかみんなで見つけだしていくことが民主主義である。異なった意見を述べることは、議論を深める上で価値がある。人と違っていようがどんどん自分の意見をいうべきである。(p12)
と伊藤塾の最初の講義で教えている。司法の場で生きていくならあたりまえかもしれないが、一般人が知識ももたずただあれこれ話して、はたして正解にたどりつけるものだろうか。
国民一人ひとりが、自分の考えはこれでいいのだろうか、少数者を無視していないだろうかと、多様な意見に触れながら慎重に自分の考えを作り上げていく必要があるのです。今は多数派に属する自分だけれど、いつかは少数派になる可能性があるかもしれないという想像力が働くかどうかは、重要なポイントです。あらゆることは人ごとではないぞ、というイマジネーションがなければ正しい判断はできません。(p58)
個別の話をする前に、こういった共通のスタンスをもつことが大切なんだと思う。

戦後の教育を受けた人は、憲法に不満などないだろう。そういう環境で育ったのだから。改憲を主張する人は、具体的な問題に直面して現憲法に限界を感じた人か、なんらかの思想を学んだ人なのではないか。

9条と安保の2本立てで、これまで日本は平和に暮らしてきたという実績がある。今のところ、その片方がなくなったわけでもない。もし9条を改正したいのであれば、検証を経た事実をしのぐ論拠を示してほしい。主張を押しつけたり、ごまかしたりせずに。

伊藤は、テレビでよく耳にする意見をすくいあげ、その1つ1つに対して立憲主義の立場から反論している。この本を片手に憲法について語り合おうというのが本書の趣旨なんだけど、私は議論などできないので、小林節の書評があれば読んでみたい。
  • 憲法の力 憲法の力 集英社 2007 集英社新書399-A NDC323.1 \680+tax

(2007-08-30)