ふたりぼっち



 二人のあきみ

 井上陽水は、"あきみ"という女みたいな名前だったので、子どものときにいじめられたという。陽水の本質を足払いと評価したおじさんがいたが、そういった観念的なもので彼をとらえてもしかたがない。彼はただのへそ曲がりなのだ。そうでなければ宮沢賢治の「雨ニモマケズ」をおちょくった歌なんか作らない。

 吉田秋生の名前を"あきみ"と読むとはずいぶん後まで知らなかった。デビュー5年目のときに吾妻ひでおとの対談を読んだのが、彼女との出会いだった。あるマンガ好きは、それまでヨーロッパ一辺倒だった少女マンガ界に、アメリカの風を送り込んだのが、吉田秋生の『カリフォルニア物語』だと言っていた。同時代に読んでいないので、そういう時代感覚が分からないのが残念だ。それにしても20歳の美大生の作品とは思えないできばえだ。

 二人の天女

 そんな吉田の『吉祥天女』は名作だ。キャラクターの持つ妖しさをみごとに表現している。小遣い稼ぎでマンガ家になった彼女だけど、これが描けるのはやはり才能だよ。彼女の存在が、才能を発掘するのに懸賞は効果的だという証明になっている。

 天女といえば、『ガラスの仮面』の紅天女は、はずせない。美内すずえは、さえないおばさんだけど、まるで能から題材をとったような梅の花の精という設定がとてもロマンチックだ。

 二人のアマテラス

 同じく美内の『アマテラス』は、超能力ものと古事記を合体させたストーリー。しかし、歴史ものに女性は向かないという例証になってしまっている。

 一方、アルバム「10 WINGS」に収録されている「アマテラス」を、中島みゆきは朗々と歌い上げている。いつのまにかみゆきはオペレッタ風の歌姫になっていた。でも実を言うと、こういう歌はあまり好きにはなれない。

 二人の女優

 原田美枝子と秋吉久美子はどちらも特別な女優である。原田はあのガラガラ声で10代のころから映画界を席巻し、年を重ねてからは黒沢映画にも出演した。家城巳代治監督の「恋は緑の風の中」がスクリーン・デビューで、15歳にしてヌードで演技していた。

 秋吉は、赤ん坊を卵で生みたいと言って芸能ネタになっていたのが懐かしい。今もドラマにときどき出てくるが、パッとしない役が多い。

 二人の小野寺

 秋吉久美子の本名は小野寺である。デビュー作「十六歳の戦争」からしばらくは、裸体をスクリーンいっぱいに披露していた。

 マンガ家で小野寺といえば、あの「仮面ライダー」の石ノ森章太郎だ。東北には小野寺姓が多いのだろうか。「サイボーグ009」は、あちこちの雑誌を渡り歩きながら連載を続けたけど、やはりこの作品が一番印象に残っている。

(2000-04-14)