はやり言葉に込められたウソとマコト



 世の中には、誤用されている言葉がたくさんある。本屋の健康関連のコーナーやビジネス本の棚へ行けば、そんな誤用の本の山だ。

 たとえば、不況とともに広まった「リストラ」、これは人員整理とはぼ同義に使われている。しかし、本来は世の中の革新の流れに適応するために、企業の構造を変えることにある。だから、単に銀行同士が合併したって規模が拡大するだけで、リストラにはならない。中間管理職を首にしたってリストラにはならない。

 リストラとはたとえばこんなものである。ある人材派遣の会社が、東証一部の鉄鋼関連の会社をTOBという方式で買収し、東証一部という看板を得て信用力を増し、その結果年商を伸ばしたという例がある。同時に事業の柱を3つに増やし、企業の安定化をねらっている。社長には、キャリアのお役人が就任しているが、これは天下りとは言えない。それは就任に当たって夢とリスクを取ったからだ。

 ここ10年くらいではやった言葉を並べてみよう。「ファジー」、「フラクタル」、「カオス」、「複雑系」などどれも時代の最先端をいくキーワードだ。しかしこういったキーワードは要注意。的外れなマスコミの紹介記事、いいかげんな本のオンパレードなのだ。

 たとえば、いま一番ホットな「複雑系」について考えてみよう。一般の人は、数理科学の本を読んでもおもしろくないと思うので、経済学に絞ってみる。

 これまでの科学的なアプローチは、何か難しい問題を解決するときには、まず問題を単純化して、モデルを考え、そのモデルを問題に適用して、理論化していく、というやり方であった。しかし、そんな単純な問題を解く理論をたくさん集めてきても、複雑な問題はちっともうまく解けないことが分かってきた。その典型問題が、市場経済である。

 そんな複雑系を扱った本が『複雑系経済学入門』。基本的には、ビジネス本として書かれてはいるが、研究者の卵にも役に立つ本だ。まだまだ理論としてはヨチヨチ歩きのレベルだが、なぜ複雑系経済学が必要なのか、について要領よくまとまっている。とくに経済学の行き詰まりの原因を解説した第1章がいい。

 著者は、市場経済を自律分散システムと規定している。なんとロボカップのサッカーロボットも、自律分散システムである。マルチエージェントという用語もほぼ同義。つまり市場経済もサッカーロボットも、システムとしてみると同じ原理で動いている、というのが複雑系の立場なのである。

 さて、今後もこのような新しいキーワードがはやることと思う。その対処法は、いきなり飛びつくな、ということだ。そして、回っている縄跳びに入るときのようにタイミングを見計らって入るのだ。自分にとってのきっかけをつかむまでは、動かなくていい。どうせチャンスはまた来る。肝心なのは、そのときにまともな本を読むことだ。たくさんのガラクタ本の中から選ばなくてはならないので、大変なことだ。このホームページが少しでも参考になればと思う。

  • 複雑系経済学入門 塩沢由典(よしのり) 生産性出版 1997 NDC331 \2600+tax
     読書案内が巻末についている。「市場システムを超えて」も合わせて読むといい。

(1998-09-07)