希望



 失踪の話をまさか本人が描くとは思わなかった。吾妻ひでお『失踪日記』は、二度にわたる家出とアル中で入院したときの体験を描いている。

 絵が無気味になっていた時期もあったが、かつての柔らかい絵柄にもどった。つらい経験をギャグとして読者に見せてくれる。体験のすべてを題材にしてるわけではないが、描かれていることはすべて実話である。

 気に入ったのは、2回目の失踪のエピソードで、ガスの配管工として働く話だ。ついでに、デビューしてから同人誌をはじめるまでの、マンガ家としての自分史も描いている。

 本書は、メディア芸術祭賞マンガ部門の大賞と第34回日本漫画家協会賞を受賞し、20万部以上売れた。ベストセラーを心から喜んだのは、はじめてかもしれない。

 作品の大半が描き下ろしだ。売れそうもないという理由で、あちこちの出版社に断られたことだろう。雑誌の連載でなくとも売れる。今売れてない作家でも売れる。そんな可能性を現実のものとした。これを契機に、描き下ろしの単行本が増えることを期待する。

 もう失踪もせず、アル中にもならず、作家人生をまっとうされんことを。
  • 失踪日記 吾妻ひでお イースト・プレス 2005 \1,197
     巻末に、とり・みきとの対談を収録
(2006-02-10)