特集 口述試験に向けて

1 口述試験はこう行われる



 口述試験は、文字通り6科目についての口頭試問形式による試験であり、1 科目につき、1人あたり約10分から20分程度の時間を費やして実施される。 択一試験が3科目で3時間30分、論文試験が1科目あたり2時間であること からすると、この1科目あたり約10分から20分という短い時間だけで終わ ってしまう口述試験は、他の試験に比べて易しいのではないか、と思われても 仕方ないかもしれない。しかし、私の経験から言えば、口述試験は他の2つの 試験に比較して、最も過酷な試験である(残念ながら、司法試験第一次試験の 受験経験は私にはないので、これとの経験上の比較はできない)。
 口述試験会場までの道中では、多くの受験生と出会う。一様に緊張した面も ちで会場に向かい、押し寄せる不安をぬぐい去ろうと思い思いの工夫をしてい る。ある者は、参考資料に目をくぎづけにさせて微動だにせず、ある者は受験 仲間とひたすらに「会話」を続けている。試験が終わってしまえば、「口述試 験など、大したことはなかった」という意見もよく聞かれるところであるが、 こういう試験直前の状況からすると、それは「喉元を過ぎた」から言えること だというのがよくわかる。誰も、最初から口述試験に不安を感じない者などい ないのである。
 何しろ、択一試験、論文試験(以下、「筆記試験」とひとまとめに言う)で は、ある程度出題される範囲に限定があり、各科目には受験上共通の「穴」が あっても構わないとさえいえることもある。しかし、口述試験ではそうはいか ない。そこで出題されるのは、各科目の中でも試験官が最も得意とする分野で あり、それが受験上共通の「穴」だろうが何だろうが、関係はない。さらに悪 いことには、出題される問題が、受験生各人で共通というわけではないのだ。 というのは、口述試験では受験生全員が同じ日に同じ科目を受験するのではな く、まず午前と午後の別、受験日の別、そして班の別による分別受験方式が採 られているのである。したがって、受験の時間割は各受験生毎に共通ではない し、例えば同じ午前の部に同じ民法を受験する受験生同士でも、班が違えば試 験官も別で、出題される問題もまた別なのである。
 このうち、各科目の受験日、午前・午後の別については、予め司法試験管理 委員会から送られてくる受験票に印刷されているのであるが、どの試験官にあ たるか、どの問題にあたるかは、試験控え室で実施される「くじ引き」によっ て左右される。試験場が開場されると(筆記試験と同じように、集合時刻と開 場時刻とには開きがあり、試験場に早く到着しても、開場時刻になるまでは、 口述試験でも試験会場に入室することができないのである)、その日のその時 間に受験する受験生全員が、一つの部屋に集合させられる。これが控え室で、 一旦ここまで入ってしまったら、自分の試験が終わるまで、建物から出ること は許されない。飲食物の持ち込みは許可されているが、建物内での購入はでき ないので(そういう設備・施設がない)、最低限、飲み物だけは持参しておか ねばならない。控え室に入室すると、各受験科目毎に固まって着席させられる。 部屋に入った順に、前の方から着席するようになっており、口述試験の受験番 号はこの際関係ない。全員が着席し終わったところで、受験上の注意があり、 そして「くじ引き」なのである。
 「くじ引き」というのは、俗称ではあるが、「本当に」くじを引くことにウ ソはない。小さい封筒がぎっしりつまった小さい箱を持って受験生の間を前か ら順番に回り、受験生はこの封筒を1枚ずつ抜いていく。封筒の中にはプラス チックのプレートが入っていて、例えば「商法 31」のような記載がなされ ている。刻印になっているところから判断して、何年も何年も使い回されてき たものに違いない。この数字で、受験の順番が決定され、同時に試験官と出題 される問題が固まってしまうのである。したがって、最後の最後で口述試験問 題を「選ぶ」のは、受験生自身だという「粋な計らい」になっているといえる。
 ここで油断してはならないのは、例えば「1」という番号を引けば、おそら くは試験順は一番最初ということになるだろうが、「16」という番号だから 16番目というわけにはならないということである。最初に説明したとおり、 口述試験は同じ日の同じ時間に同じ科目を受験するという場合でも、「班」に よって試験官と試験問題が違うことがある。だいたい、1回につき3班、15 名ずつぐらいに分けられるので(論文試験合格者の増加に伴い、この数字は今 ではもっと増えているかもしれない)、「16」だと「2班」の1番というこ とになることがあるのである。同様に、「31」も「3班」の1番である。
 自分の順番が決まってしまえば、呼び出されるのを待つだけである。この呼 び出され方が、また心臓によくないものである。控え室にある「内線電話」が 鳴って、「憲法1番、憲法2番、民法31番、民法32番・・・・」というように、 試験監督から呼び出されるという方法がとられているのだ。「1番」ならば、 覚悟もできていようが、中途半端な順番だと、「今か今か」と待つ間に、何度 も電話の呼び出し音を聞かされ、胃の悪くなる思いをせずにはいられない。こ れが最後の順番(「ビリくじ」と呼ばれる)を引いたような場合には、一人、 また一人と控え室を去っていく中で、一人ぽつんと残ってしまうということに もなりかねない(かくいう筆者は、こういうとてつもなく心細い思いを、実に 3回、つまり試験の半数をそうやって過ごしたという、貴重な経験をしている)。
 呼び出された受験生は、荷物を全て持って、「次の控え室」に移動する。忘 れ物をしたと言っても、この控え室にはもう戻ることは許されない。口述試験 会場での受験生の動きは、常に「厳しく」一方通行(渋滞あり)として管理さ れているのである。この「次の控え室」というのは、実は「室」というほどの ものではない。ただの廊下であったり、別棟の建物の玄関に、「いす」をいく つか置いただけのところである。おおむね、今試験中の受験生の3人後の受験 生までが、ここに集められる。そうしてまた、「内線電話」で自分の番号が呼 び出されるのを待つ。つまり、心臓に悪くて胃の悪くなる思いを、1日のうち に2回もせねばならないということになる。ただ、ここを立つときは、いよい よ本当に試験官の前まで一直線であるから、この「次の控え室」を称して、受 験界では「発射台」などと呼ばれていたりもする。実によく本質をついた表現 であると言わざるをえない。
 「発射」後は、因果の流れに従って、試験室まで進む。部屋の前の荷物置き に全部の荷物を置いて、入室。中には試験官が2名、どちらかが主に質問をす る主査、どちらかが補充で質問をする副査である。どちらがどちらかは、現に 試験が始まってみないことにはわからない。もう逃げられない。頼りになるの は、自分の思考力と机上に置かれた試験用六法だけである(もっとも、試験用 六法を参照するときは、かなり窮状に追い込まれているときであるから、あま り「頼りになる」とはいえないかもしれない)。
 試験時間は、おおむね15分から20分程度。ときには「楽しい」ときもな いではないが、大抵は「悪戦苦闘」そのものである。6科目すべての日程を終 えたときの「喜び」は、最終合格の瞬間にも勝るものがあると私は思う。かく して口述試験は過ぎて行くのであるが、そう簡単に「過ぎていく」とは言えな いところも少なくない。次回はもう少し「対策」的に、口述試験を検討する。

つづく