☆永遠に絡みつく黒髪☆
「あ、永井先生!おかえりなさい」
「ただいま、私のいなかった間、変わったことはなかった?」
「はい、お昼休みになって怪我人も病気の人も来ませんでしたよ」
暖かな白い部屋・・・ストーブの上のヤカンがコポコポと音をたてる、
薬品の匂いのするこの部屋に、白衣に身を包んだ長身の女性が入ってきた、
この間計らせてもらったら身長179cmだった・・・大人といえど女性では抜群に高い。
僕はこの人を心待ちにしていた・・・今、ここは僕と先生の2人っきりだ、
誰も邪魔しに入ってこないで欲しい・・・そう思いながら僕はストーブの前のパイプ椅子から立ち上がる。
「どこへ行ってたんですか?」
「教頭先生が気分が悪いっていうから・・・でももう大丈夫よ」
「そうだったんですか、そうですよね、保健の先生って他の先生の面倒も見るんですよね」
そう、ここはうちの高校の保健室・・・
そして目の前にいるのは永井香奈美先生、もちろん保険医だ、
僕は今から8ヶ月前の入学式の日、一目永井先生を見て惚れてしまった・・・
「永井先生をわざわざ呼び付けなくても・・・教頭先生からここへ来ればいいのに」
「そんなことはないわ、せっかく干したベッドの布団をよごされても困るから・・・」
「そういえばよく『ちょっと寝かせてくれ』っていう先生、多いですよね」
先生はいつもの定位置の大きな机の前に座る、
僕はあわてて先生の後ろに回り込んだ。
「あっ、先生、また!・・・駄目ですよ、髪の毛が!」
「あ、そうね、私はそんなに気にしないんだけど・・・」
「駄目です!床について汚れちゃいます!もう、何度言ってもきかないんですから・・・」
僕は先生の重く長い髪を持ち上げる、
永井先生の自慢の長髪・・・身長179cmにして、
立った状態でも背を反らせばすぐに床についてしまう驚くほど長い黒髪、
先生が生まれて28年間、1度も切ったのとのないというボリュームたっぷりの長い髪だ、
僕はその床についた部分をさっ、さっと手で払い埃を落とす。
「もう・・・さ、先生、櫛を借りますね」
「ありがとう、毎日毎日といでくれて」
「いいんですよ、入学してからいつもこれが楽しみで学校に来てるんですから」
「今日は体調の方は大丈夫?」
「はい、もう医者の先生も普通の体になってるって言ってくれました」
実は僕は小学生の頃から体が弱く、
いつも学校では保健室通いをしていた、
それは高校に入っても変わらなかったが、
入学式のときに一目惚れしたこの永井先生の美しい髪と、
やさしい人柄、真剣に僕のからだを気遣ってくれるその熱意に、
僕はすっかり先生を本気で好きになってしまった・・・
高校1年生だからといって馬鹿にしてほしくはない、初恋だが僕は本気だ。
「先生の髪・・・本当に良い匂いですね」
「ふぅ・・・あなたにといでもらうのって、本当に気持ちいい・・・」
「僕も櫛でといでて気持ちいいです、綺麗な髪の毛にさわれて・・・」
滝のように流れる黒髪・・・
キューティクルがきらきら光っている、
そこから大人のシャンプーの匂いがしてたまらなくいい・・・
「あ、枝毛がありますよ」
「嘘?どこ?どこ?」
「ちゃんと切ってあげますよ、はさみも借りますね」
やっぱり大人の女性っていいなー・・・
しかも先生の場合、このすごい量の髪がいい・・・
特に目が前髪で隠れているところなんてミステリアスで素敵だ・・・
なんて考えながら、ちょきん、ちょきんと枝毛になっている部分を切る、
先生は正面の鏡にうつる僕を見ながら話す。
「本当はもうこの歳になって、バッサリ切ろうと思ったんだけどねぇ」
「駄目ですよ!先生の髪の毛、もったいない」
「でも重過ぎて首と肩がこるのよね・・・」
「だから僕が毎日もんであげてるじゃないですか」
「うん、そうね、だから今日までこのままにしてるのよ」
サッ、サッと丹念に丹念に先生の髪をとかす、
毎日の日課だが僕の一番の至福のときだ、
昼食の時間に保健室に来て必ずする・・・学校へ来て1日も欠かせたことはない。
「先生、日曜日も髪の毛をとかさせてくださいよ」
「もう、いつも駄目って言ってるでしょ?先生の部屋、ちらかってるから」
「じゃあ掃除してあげますから」
「そんなこと言って・・・あなただって体がもう大丈夫ならここ来ることもないのよ」
「そ、そんなぁ・・・先生がいるから、僕は1日もまだ学校を休んでないんです、中学の頃に比べたら信じられないことなんですよ」
そう、病気がちの僕は、
先生の髪を毎日といでいくうちにみるみる健康になっていった、
信じられないくらいに・・・これが「愛の力」とでもいうべきだろうか?
「あなたのとぎ方って、やさしい・・・これからもずっとといでくれるなら、一生伸ばそうかしら」
「はい、先生さえよければ一生といであげますよ」
「卒業したらどうするのよ?」
「それでもとぎに来ます」
「まあ・・・嬉しいわ、おせじでも」
おせじなんかじゃない、
僕は本気なのに・・・卒業したら立派に就職して、
先生に認めてもらおう・・・いや、大学の方がいいかな?
「はい先生、とぎ終わりました、椅子の背もたれの内側に髪の毛入れますね」
「どうもありがとう、はい、お駄賃に今日もお弁当作ってきたわよ」
「あ、今日はオムレツだぁ!いただきまーす」
僕はいつものように先生が作ってくれたお弁当を食べる、
うちの親が作るいいかげんな弁当では体質改善はできないと、
永井先生が僕の両親と話し合って、作ってくれることになったのだ、
こんなに良くしてもらっていいのだろうかと思う、体も調子良くなったし・・・
僕が先生のことがますます好きになっていくのは自然なことなのだろう。
「おいしい?」
「はい、おいしいです!もぐもぐ・・」
「先生も毎日、あなたのためにお弁当作るのが楽しくって」
「僕も毎日、先生のお弁当が楽しみです!」
「ふふ、じゃあ私たち、結婚したらベストカップルね」
僕は赤くなってうつむいた、
先生と結婚・・・夢のような話だ・・・
「だ、だって先生、恋人とかいないんですか?」
「昔はね・・・でも私、なんかものすごく嫉妬深いらしくって、男の人の方から逃げちゃうのよ」
「そんな、もったいない・・・」
「お前みたいな恐い女は御免だ!なんて言われたこともあるわ」
「信じられません、こんなにやさしい先生なのに」
確かに信じられない、
僕は永井先生が怒った姿なんて1度も見たことがない。
恐い女・・・先生にはそういう知らない1面があるのだろうか?
「はい、お茶、熱いから気をつけてね」
「ありがとうございます・・・ごくごく・・・」
「もうご飯食べちゃったのね」
「はい、いつもいつもおいしくって、すぐに」
「お口よごれてるわよ、はい、ふいてあげる」
まるで幼稚園児と保母さんのようだが、
永井先生にされるとちっとも嫌じゃない、
逆に嬉しいくらいだ・・・
「じゃ、じゃあ先生、肩と首をもませてもらいます」
「ありがとう、よろしく頼むわね」
「はい・・・あいかわらず硬いや・・・よいしょ・・・」
先生の後ろから長い髪の毛をかき分けて白い首をもみほぐす、
手が髪の毛の滝の中にすっぽり入ってしまっている・・・
もみもみ、もみもみと一生懸命、先生の首を揉み続けた。
「そこそこそこ、その筋・・・いいわぁー」
「ここですね・・・硬い・・・うんしょ、うんしょ」
「ごめんなさいね、もうすぐ30だから、すっかり肌も衰えちゃって」
「そんなことないです、全然若いですよ、まだまだ」
「だって、あなたが20歳のとき、私は32よ」
12歳の差・・・あらためて聞くと一回りも違うが、
僕には28から32になるからといって、そんなに変わりがあるとも思えなかった、
そうか、僕が25歳だと先生は37歳か・・・全然大丈夫、だと思う。
「いいですね、僕が20歳になったら32歳の女性と結婚したいです」
「・・・本気にするわよ」
「ええ、僕は本気ですよ、あ、次は肩をもみますね」
今度は両手で先生の肩をもむ・・・
硬い・・・やっぱりこれだけ大きな髪の毛をかかえていると、
こるはずだ・・・あれ?先生、何か真剣に考え事してるみたいぞ・・・
いつもの通り、先生の目は外からは前髪に隠れていて見えないものの、
そのじーっと考え事をしている様子は僕には気配でわかる・・・
「・・・・・・・・・・」
「先生、どうしたんですか?」
「信じていいのね」
「はい?」
「私は信じたわよ」
僕が肩をもんでいるのも構わず突如、くるりと振り返り、
口元が微笑むと、僕の頭を抱き、おもむろに唇を重ねた・・・!!
「!!!ん・・・んぐ・・・せんせ・・・んん・・・」
「・・・・・んふ・・・ん・・・じゅる・・・・・」
舌が入ってきた・・・
きょ、強烈な深いキス・・・
互いの口から唾液が漏れ出す・・・すごい・・・
あ、頭がくらくらする・・・僕のファーストキス・・・
キ、キスってこんなにすごいものだったんだぁ・・・舌がとろけちゃうぅ・・・
「・・・・・・・・・・ぶはぁ」
「・・・・・せんせぇ・・・」
「かわいいわ、あなた・・・本気になっちゃった」
「そ、その、先生・・・」
「あなたのプロポーズ、しっかり受けたわよ、頑張ってね」
こぼれた涎を白衣の袖で拭きながら、
くるりと僕に背を向けて机の方へと体の向きを戻した、
僕はただ呆然とその婆で立ち尽くしていた・・・・・
「さ、肩もんで、続き続き」
「あ・・・・・は、はい」
僕は再び永井先生の肩に手をかけた、
びっくりしたぁ・・・突然、先生に唇を奪われた・・・
ぼ、僕が軽く言ったなにげない言葉を、
ほ、ほほ、本気にして、マジでプロポーズと受け取ったのだろうか?
け、けけ、けけけけけっこん!?先生と!!???
僕はパニックに陥りながらも、
懸命に先生の肩をもんだ、
ま、まさかこんなことになろうとは・・・・・
胸がドキドキ、鼓動が高まって止まらない、
足が少し震えている・・・あ、汗も出てきた・・・
「あら?もうこんな時間ね、そろそろ戻らないと駄目よ」
「・・・・・は、はい、わかり・・・ました」
僕は照れくささと恥ずかしさでしどろもどろになりながら、
先生から離れて保健室のドアに近づく。
「・・・ねえ、今日も放課後、来るんでしょ?」
「は、はいぃ、その、き、来ます・・・」
「そう、待ってるわよ」
「し、失礼します!」
「またね」
僕は逃げるように保健室を後にした、
永井先生とこんなことになるなんて・・・
僕はまだ頭の整理がつかないまま、自分の教室へ向かった。
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めくる |