「で、私に何か用?」 

 

少女はページをめくる手を止めて体をこちらに向けた。 

 

「そ、そうそう、館長を連れ戻してくれって頼まれてるんだけど・・・ 

あ、埃まみれだね、拭いてあげるよ」 

 

僕はハンカチを出して彼女に近づいた。 

 

「あなただって埃まみれよ、ほら」 

 

ランプを僕に近づける少女、 

その傘の銀メッキの部分に映った僕の顔は・・・埃まみれだ。 

 

「あ、ごめん・・・」 

 

僕は腕で自分の顔をぬぐう。 

 

「・・・ありがとう、あなたいい男ね」 

「・・・え?」 

 

少女は立ち上がって僕に近づく、背が低いので頭が上につかない、 

埃まみれの顔はランプにずっと照らされていたためか、結構汗ばんでいる。 

 

「あなた、好きなタイプよ、かなりね」 

 

少女は僕の目の前に来ると持っていた本を開いたまま僕の頭の後ろに回し、 

そのまま少女の手前に引いて僕の顔を押し出した、そしてそのまま・・・ 

 

「・・・!!!!!」 

 

少女は唇を僕の唇に重ね、 

舌を入れてきた・・・後頭部が押されているので、 

より深く少女の舌が入ってくるようだ・・・ 

 

「・・・・・・・・・・!!!」 

 

長いキス・・・ 

少女は僕の口の中を楽しむようにぶしゃぶりつくす・・・ 

僕はその気持ち良さに気が遠くなる・・・・・ 

少女の丸メガネのレンズが僕の両目の下にぴたりとくっつく、 

火照ってきた顔面にその冷たさが心地良い・・・ 

 

「・・・・・・・・・・ぷはぁ・・・」 

 

ぷはぁ☆

 

ようやく解放されると、 

お互い口から唾液が糸を引いて零れ落ちる。 

 

「な、なな、何を・・・するんですか」 

「何って・・・キスは嫌いだったの?」 

「き、きらいじゃなくって・・・その、突然・・・」 

「したかったからしただけよ、それとも私じゃ不満?」 

「ふ、不満もなにも、こういうのは愛し合ってる人同士が・・・僕、初めてだったのに」

 

少女は嬉しそうに微笑む。 

 

「ますます気に入ったわ、あなた、まさに私の理想だわ」 

「あ、あの、その・・・そ、そう、帰りましょう、呼んでます、みんなが!探してます!」

 

僕はしどろもどろになりながらも、 

本来の目的を思い出して彼女にお願いする。 

 

「さあ、早く戻りましょう、そろそろ・・・」 

「そうね・・・あなた、どうやって戻るの?」 

「そ、それは、来た道を戻って・・・」 

「それは無理」 

「え?」 

 

さっきのキスで恥ずかしくなったためか、 

僕は顔を熱くしながら彼女に戻るよう促すが、 

少女は冷静に淡々と話しはじめた。 

 

「あなたが来た道ねえ、行きしかないの、戻れないわ、 

私がそういう風につくったの、本をうまく掘って積んで・・・ 

もし、へたに戻ろうとすると・・・例えばそこの本、引っ張ってみたら?」 

 

少女は目で少し出っ張った本を指した、 

僕は言われるまま、その本を引き抜いた、すると・・・ 

 

どさどさどさどさどさ・・・ 

 

「うわーーーっっ!!」 

 

ガツン、ガツン、ガツン!!! 

 

天井から何冊も本が僕の頭めがけて落ちてきた・・・ 

目から星が出た・・・本に埋もれてしまった・・・ 

少女は皮肉っぽく言う。 

 

「こういうことよ、今この状態でへたに掘ったりしたら、 

あっと言う間の本の下敷き、ぺしゃんこになるわ」 

 

僕は頭を押さえながら質問する。 

 

「じゃ・・・じゃあ、どうやって戻るんですかぁー・・・」 

 

我ながら情けない声だ。 

 

「私は大丈夫よ、言ったでしょ、これは私が作った仕掛けなの、 

ちょっと本を10冊ぐらいちゃんとした順番で抜けば、 

あっという間に上への道が開くわ、あとはそこを進むだけ」 

 

なるほど・・・なんだか納得いく・・・ 

この少女ならそれもできそうだ・・・やはりここの館長なのだろう・・・ 

 

「あの・・館長様・・・上に・・・戻りませんか?」 

「そうねえ・・・じゃああなた、ちょっとだけ私に手伝ってくれる?」 

「え?・・・ちょっとだけですよぉ」 

 

僕は落ちてきた本の山から這い出る、 

少女は元いた奥へ僕を呼んだ・・・ 

 

「それで、僕はどうすれば?」 

「そうね・・・そもそもあなたはこの図書館へ何しに来たの?」 

「はい・・・珍しい本がいっぱい読めたらなぁーって・・・でも珍しすぎて読めないですね・・・」 

「うーん、このへんの本はむやみに開けちゃ駄目よ、絶対に」 

「な、なんでですか?」 

 

少女は真っ黒な本を一冊、取り出した。 

 

「・・・この中に、世界を滅ぼす魔物が封印されているとしたら?」 

「え?そ、そうなんですか?」 

「例えばよ、でも、そういう本もここにはいっぱいあるわ、まだここは未開の本ばかりよ」 

「こ、恐いですね・・・ひょっとしたらこの本も・・・」 

「逆にあなたが封印されちゃう本だったりして、そういうのもあるわ」 

 

僕は思わず下についていた両手を膝に抱えた、そして疑問を投げかけた。 

 

「あ、あのう・・・館長様は大丈夫なんですか?」 

「私はねえ・・・ま、話すと長いけど・・・聞く?」 

「その、手短に・・・でも聞きたいです」 

 

少女は後ろから水筒を取り出すと1口飲んで、 

可愛らしい少女声で語りはじめた・・・ 

 

「私のママは医療書籍部所の所長だったの、ママは私を育てながら本の管理をやっていて、 

私がまだ5歳ぐらいのときに・・・私を連れてこの倉庫へ本を探しに来たの、 

まだ私はじゅうぶんに本を読むことはできなかったけど、その時から本は好きで、

ママが目を離した隙に・・・倉庫の奥へ奥へと迷い込んでしまって・・・ 

さすがにまだ5歳だったからそんなに奥までは行かなかったんだけど、

たまたま落ちていた1冊の本をめくったら・・・そこには・・・」 

 

僕は唾をごくんと飲んだ。 

 

「そこには・・・ひらがなで書かれた『時を止める呪文』があったわ」 

「ひ、ひらがなで・・・ですか?」 

「そうよ、しかも一回読んだら忘れない・・・本は読み上げたら灰になったわ」 

「時を止める呪文がそんなに簡単に・・・」 

「今考えると信じられないほどの奇跡だったわ、そんな本を読むなんて」 

 

少女は奥から今度は乾パンを口に運び飲み込んだ。 

 

「時を止める力を手に入れた私は、まだ幼なすぎたのが幸いしてか、 

悪用はしなかったわ、ただひたすら時を止めて本を読むだけ・・・ 

毎日毎日・・・違うわね・・・時が止まってるから、ずーっとその永遠の時間を利用して、

このバンデルン図書館の本を読みふけったの・・・時が止まるとまったく疲れないし、 

眠くもならなければおなかもすかない、歳もとらない・・・はじめは漢字の勉強の本からスタートして、

算数、国語、社会、物理、医学、天文学、外語学、だんだん難しい本も理解できるようになっていって、

そして私はこの図書館の地上にある本全てを読み終えて・・・すっかり何もかもマスターしちゃったの、

時を再び動かしたときはまだ私は5歳なのに何でも出来るようになってたわ、本当に何でも」 

 

再び水筒を口に運びごくごく飲む。 

 

「で、今度はこの地下倉庫に眠る膨大な量の本に目をつけたワケ、 

はっきりいってこっちの本はすごいわ、すごすぎるわ、 

地上の本が序章でこっちの本を読み出してやっと本編って感じ、 

ここに押し込められた本は地上に置けないほど複雑すぎて解読不能なのや、 

あまりにも危険すぎる本、何が封印されてるのかわからない本、 

その他いろいろな本が押し込まれたまま放置されてるの、 

どのぐらいまで下に埋まってるのか・・・いくら時を止めて掘ってもまだ行きつかないわ、

多分どれかの本の魔法による影響で底無しになってるんでしょうし、 

さらにこの図書館と同じぐらいの容量の本が中に封印されてる本もあったり・・・ 

その本の中の本の中にも本がしまってあったりするから、時を止めてもきりがないわ」 

 

そ、そんなに本が・・・本の中にも本・・・その中にも・・・ 

 

「そこまでいくと本の内容もこの世界のものじゃなかったり・・・ 

いにしえの本、魔界の本、異次元の本、自分で話を作る本、生きた本・・・

そして読んだ本は全て憶えていって、おかげて私はあらゆる魔法を使えるし、 

読む順番を考えて、魔物が封印されてる本を開けても対処できるようにしたり、 

それに読めば読むほど面白くって、どんどん倉庫の地下を掘り進んだわ」 

 

どうやらこの少女、知識欲は無限にあるようだ。 

 

「でもやっぱり何千年も何万年も時を止めて本を読んでると、 

この私でも寂しくなることもあるのよね・・・だから、たまーに時を動かして上に戻るの、 

でも1週間も上ですごしてると、すぐにまた地下に篭りたくなっちゃって・・・ 

一応、止まってる時間の中でも自分なりに時間を作ろうと、 

今では魔法で1000万年に1秒づつ時を進めてるわ、自分の中と外との時差ね」 

 

えっと・・・つまり、少女は自分の中で時を止めて、 

その止めた時の中で1000万年経過したら、

現実に戻って1秒だけ時を進め、また1000万年・・・ 

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