「あ、永井先生!おかえりなさい」
「ただいま、私のいなかった間、変わったことはなかった?」
「はい、お昼休みになって怪我人も病気の人も来ませんでしたよ」
暖かな白い部屋・・・ストーブの上のヤカンがコポコポと音をたてる、
薬品の匂いのするこの部屋に、白衣に身を包んだ長身の女性が入ってきた、
この間計らせてもらったら身長179cmだった・・・大人といえど女性では抜群に高い。
僕はこの人を心待ちにしていた・・・今、ここは僕と先生の2人っきりだ、
誰も邪魔しに入ってこないで欲しい・・・そう思いながら僕はストーブの前のパイプ椅子から立ち上がる。
「どこへ行ってたんですか?」
「教頭先生が気分が悪いっていうから・・・でももう大丈夫よ」
「そうだったんですか、そうですよね、保健の先生って他の先生の面倒も見るんですよね」
そう、ここはうちの高校の保健室・・・
そして目の前にいるのは永井香奈美先生、もちろん保険医だ、
僕は今から8ヶ月前の入学式の日、一目永井先生を見て惚れてしまった・・・
「永井先生をわざわざ呼び付けなくても・・・教頭先生からここへ来ればいいのに」
「そんなことはないわ、せっかく干したベットの布団をよごされても困るから・・・」
「そういえばよく『ちょっと寝かせてくれ』っていう先生、多いですよね」
先生はいつもの定位置の大きな机の前に座る、
僕はあわてて先生の後ろに回り込んだ。
「あっ、先生、また!・・・駄目ですよ、髪の毛が!」
「あ、そうね、私はそんなに気にしないんだけど・・・」
「駄目です!床について汚れちゃいます!もう、何度言ってもきかないんですから・・・」
僕は先生の重く長い髪を持ち上げる、
永井先生の自慢の長髪・・・身長179cmにして、
立った状態でも背を反らせばすぐに床についてしまう驚くほど長い黒髪、
先生が生まれて28年間、1度も切ったのとのないというボリュームたっぷりの長い髪だ、
僕はその床についた部分をさっ、さっと手で払い埃を落とす。
「もう・・・さ、先生、櫛を借りますね」
「ありがとう、毎日毎日といでくれて」
「いいんですよ、入学してからいつもこれが楽しみで学校に来てるんですから」
「今日は体調の方は大丈夫?」
「はい、もう医者の先生も普通の体になってるって言ってくれました」
実は僕は小学生の頃から体が弱く、
いつも学校では保健室通いをしていた、
それは高校に入っても変わらなかったが、
入学式のときに一目惚れしたこの永井先生の美しい髪と、
やさしい人柄、真剣に僕のからだを気遣ってくれるその熱意に、
僕はすっかり先生を本気で好きになってしまった・・・
高校1年生だからといって馬鹿にしてほしくはない、初恋だが僕は本気だ。
「先生の髪・・・本当に良い匂いですね」
「ふぅ・・・あなたにといでもらうのって、本当に気持ちいい・・・」
「僕も櫛でといでて気持ちいいです、綺麗な髪の毛にさわれて・・・」
滝のように流れる黒髪・・・
キューティクルがきらきら光っている、
そこから大人のシャンプーの匂いがしてたまらなくいい・・・
「あ、枝毛がありますよ」
「嘘?どこ?どこ?」
「ちゃんと切ってあげますよ、はさみも借りますね」
やっぱり大人の女性っていいなー・・・
しかも先生の場合、このすごい量の髪がいい・・・
特に目が前髪で隠れているところなんてミステリアスで素敵だ・・・
なんて考えながら、ちょきん、ちょきんと枝毛になっている部分を切る、
先生は正面の鏡にうつる僕を見ながら話す。
「本当はもうこの歳になって、バッサリ切ろうと思ったんだけどねぇ」
「駄目ですよ!先生の髪の毛、もったいない」
「でも重過ぎて首と肩がこるのよね・・・」
「だから僕が毎日もんであげてるじゃないですか」
「うん、そうね、だから今日までこのままにしてるのよ」
サッ、サッと丹念に丹念に先生の髪をとかす、
毎日の日課だが僕の一番の至福のときだ、
昼食の時間に保健室に来て必ずする・・・学校へ来て1日も欠かせたことはない。
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めくる |