さまよいの記 Vol9

99.11.2
 マレーシアより帰国。この旅行での出来事は改めて紀行文にして書くことにする。
 とにかくインチキでいい加減な国で、僕にはこの上ない国であった。
 帰宅後すぐに同僚と車を走らせてラーメンを食べに行く。美味美味。
 メールをチェックしてすぐに寝る。

99.11.3
 世の中祝日でお休みなのに会社は平常通り。仕事が忙しくなければ休むところだが、あいにく仕事があるので出勤。定時までいそいそと仕事に励む。しかし、画面を久しぶりに見ると目がしょぼしょぼしてしまう。

 ここ最近ひたすら弱い自分との格闘を続けている。毎日が勝負だし、分刻みの勝負でもある。なかなかシンドイことなんだけれど、臆病に慣れた僕にはこれが大事なのだ。負けてたまるかってんだ。

99.11.7
 ここ1年ほどどうしてこんなんなっちまったんだかと落ち込み、悩む日々が続いていた。それは別に最近のことではない。もう五年近くかかえていた悩みだ。
 ほんとにくだらない、答えさえわかりきっている悩みを、僕は五年もかかえ、一人でじっと考え、耐えていた。今までの僕であるならばほんの一跨ぎの川幅なのに、それが向こう岸がはるか彼方にあるように見え、臆病になっていて渡れずにいた。一体どうしたのか。この違和感はなんなのだろうとずっと思っていた。
 今日、そのことをIさんに話した。人に悩みを話せないのは人間としての器が小さい証拠だと、師匠の言葉を知っていたのに僕はちゃんと理解していなかったようだ。あまりに恥ずかしい。
 勝利の方程式というものは厳然と存在する。その方程式を少しでも過てば絶対に勝つことは出来ないのだ。僕はその軸を微妙に狂わせてしまっていた。
 なすべきことをなす。基本を見失わない。
 原点に戻れよな。その勇気すらなかったのだ。
 Iさんと話し、幾分晴れやかな気分になる。
 しかし人間はいかにも愚かに出来ているもので、月日が経てば見失い、また同じことを繰り返す動物だ。それは賢いが為の愚かな行為でもある。見失わないためにも、常に僕は人に接し、そして本流から離れないようにしていこう。
 泉谷しげるという有名な歌手がいるが、彼の『春夏秋冬』にこんな歌詞がある。
 今日ですべてが終わるさ 今日ですべてが変わる 今日で報われる 今日ですべてが始まるさ
 僕はこの歌詞が一番好きだ。辛いとき、出口の見えない悩みにぶつかると、この歌詞が思い浮かぶ。この歌詞の凄味は、生きている人にしかわからないのかもしれないな。

 先日のオリンピックアジア最終予選で見せた、サッカー日本代表の中村俊輔の涙の意味を、僕はよくわかる。誰にでもわかりそうでわからないのだろうな、あの涙は。
 そして中田英寿にしか注目が集まらないけれど、キャプテンで、ディフェンダーでもある宮本に僕は感動した。実に素晴らしい選手だなあと感心した。とかくディフェンダーというのは目立たず、新聞にも注目されないけれど、宮本は評価されてしかるべきサッカー選手だ。近代サッカーにおいてミッドフィルダーに注目が集まるけれど、日本のディフェンス陣はみんな素晴らしい。宮本を見ていて、フランスW杯のイタリア代表のDFでキャプテンのマルディーニを思い出した。DFでもポジションは違うけれど、マルディーニがダブって見えた。

 小説を書こうと思ってもうすぐ10年になる。今はじっと耐えて、地道に努力をしていこう。大丈夫、オレは確実に成長し、そして大輪の花を咲かせられる。

99.11.8
 一つ一つと確実に。区切りはキチンと。決意は一度だけにしない。

 書架を漁っていたら『ソクラテスの弁明』が出てきて首をかしげる。一向に僕はこの本を買った覚えはない。しかも角川文庫版である。ある意味僕は本に対してミーハーな部分があるので、こういう本の類いは岩波か新潮しか買わない。おかしいなあと思っていたら思い出した。
 十年ほど前に知り合ったK大学の学生さんに譲りうけたものであった。懐かしいなあと思いつつ、明日からこれを読むことにする。師匠であるソクラテスの正義、真実を発表した弟子の姿。師匠の正義を証明するのは弟子の役目である。横山大観、魯迅の弟子たち、松下村塾の塾生。その姿こそが師弟不二である。師弟の関係は誰でも作れる。しかし、師弟不二の関係を作れる人はそういないのだ。

 「勝利」は「苦しみ」を通じてのみ得られる、苦しみを通り抜けない勝利はない、ということです。本当に苦労し勝ってこそ、はじめて、心から「ああ、よかった」と思えるものです。
                                    ロベルト・バッジョ

 沁みるなあ。今の僕には骨身に沁みる言葉だ。

99.11.9
 仕事を手伝うもどうも空回り。仕切り直しとということで定時に帰宅。せっかく早く帰ったのだからとN君に会いに行くも留守。仕方なく本屋に向かう。僕は一月に三回以上本屋に行かないと気がすまない人間だが、ここ一ヶ月本屋に行けなかった。久しぶりの本屋で立ち読みを満喫する(おいおい、本を買えよな)。

 ひたすら決意する日々。ふいに数年来会っていない友人を思い出す。元気でいるのかな。

99.11.11
 健康診断。僕はとにかく血を抜かれるのがイヤなのだ。採血だけが嫌い。
 この健康診断のおかげで、会社についてから飲み物はダメ、煙草もダメ。昼も食べちゃいけないと散々だった。おかげで減量に苦しむボクサーの気持ちがわかった(ほんの少しだけど)。診断自体はそれほど時間はかかりはしなかったけれど、問診が時間がかかった。三十分以上待たされ、いい加減飽きてくるし、腹は減るし、困った。しかもこの問診、医者が早口で聞き取れず、何度も聞き直してしまった。不摂生と煙草を注意される。
 帰りにファーストフードでかなり遅い昼食を食べて帰社。おかげで残業。

 帰宅後、Nクンに会う約束であったが、連絡取れず。自宅で連載小説を執筆。この回(第十一回)は当初別のカタチで話を進めていたのだが、考えた末にすべて削除をし、新たに書き直した。ストック作ればいいのに、どうもそういうことが出来ないらしい。執筆枚数八枚。とうとう連載は原稿用紙100枚を超えた。なんだ、書けるじゃん。連載をHPにアップ後、N君と連絡が取れ、深夜にお邪魔。今後のことなどを懇談。
 深夜三時就寝。

99.11.12
 朝ギリギリの時間まで寝てしまい、慌てて会社に。だらしない。
 仕事は思いのほかはかどり、気分がいい。残業を少しして帰宅。雨には降られなかったが、霧がひどかった。

99.11.14
 昼過ぎよりKさん、Sさんと所用があり、信濃町に行く。僕は東京に行くたびロクなことがない人間で、行く度にもう行かねえ、なんて思うくらい嫌いである。今回も実に半年ぶりで、そこここが変わっていて驚きまくる。
 電車の中でKさんSさんとのんびりと雑談。天気も良くて新鮮で有意義な時間を過ごせた。
 帰宅後、Y君と会う約束をとり、夕飯をご馳走する。そのあと近所をドライブしながら雑談。別れたあと自宅で色々考え事をまとめる。
 ようやく歯車が噛み合い始めてきたという感触を得ている。小説も書けるようになってきた。これを途切れさせることなく、日々決意をして何事にも真剣に取り組もう。真剣に取り組むからこそ楽しいし、充実しているのだ。
 執筆枚数7枚。

99.11.15
 爆睡してしまい、遅刻しそうになる。まったくもってだらしない。
 仕事ははかどったけれど、不愉快な担当者に久々にキレる。もちろん取引先の人に直接は言えないカナチイ身分なので、会社で誰ともなしに文句を言う(いい迷惑)。
 有名な会社の社員でエリートかもしれないけど、一流の人間だと勘違いするなよ。一流の人間というのは誰に対しても礼儀正しく、相手を尊重する人なのだ。偉いのはお前ではない。偉いのはその会社を発展させた創業者であり、会社というブランドだけだ。

99.11.18
 僕の大事な記念日。
 どこまでも続く険しい道を、僕は一人で突き進む。へたれな僕だからおっかなビックリしちまって、なかなか前に進めずに、周りのやつらからやいのやいのと騒がれる。
 それでも僕は。
 自分らしく、ここまで来れたというちっぽけな誇りを胸に、前に進んで行くのだ。
 友よ、先に行くがいい。必ず君が歩いた場所を通るから。何年かけてでも歩き通すから。
 振り返らずにいけよ。
 もし振り返ったならば、
 僕はにっこり微笑んでやる。
 安心しろよ、ちゃあんと歩いてる。

99.11.20
 休みなのに出勤。仕事がはかどらずにイライラする。
 昼は近所の居酒屋のランチ。会社に出勤してきた人たちと一緒に食べる。
 夜十時まで働いて、自分のノルマを仕上げたが、同僚が遅れているので手伝うことにし、明日も出勤することにした。
 執筆枚数4枚

99.11.21
 仕事、仕事、仕事。でも負けない。僕は負けてはいけないのだ。
 勝たなくてはならない。人生には勝利が必要だ。
 執筆枚数6枚

99.11.23
 朝から出勤。三時ごろまで仕事をして、一旦帰宅。夕方よりN君が入院している病院へKさんとお見舞いに行く。元気そうでほっとした。少し話をし、無理せず、ゆっくりと療養することを話して病院を出る。帰宅してからまた会社に向かう。そこで国際競技場で優勝決定の試合があったためひどい渋滞に巻き込まれる。こういうとき、本当にスクーターは便利だ。
 夜九時まで仕事をし、帰る。

 執筆枚数4枚。そのあと連載の修正をし、アップ。

99.11.24
 負けてたまるか。臆病な僕でも勝てるということを証明してやる。
 断じて逃げない。負けない。

99.11.29
 今日は大事な日。勝負の日。
 仕事を切り上げて家に帰ろうと目論んでいたのだが、手伝っている後輩が全然進まないと泣きついてきて、上司と相談した結果、今日から夜勤に回ってほしいと言われる。つまり今日は徹夜である。
どうしてもはずせない用事があると説明し、十一時には職場に戻ると約束し、帰宅。
 N君と合流し、W君、Sさん、Kさん、Iさん、Yさん、Kさん(もう一人ね)と一緒に歓談。とにかく僕はテンションが高かった。
 最高に作戦に最高の行動。これこそが勝利を呼び込む方程式の一部だ。
 僕は戦い、そして勝った。それもこれもすべて暖かき皆のおかげであった。
 一つ勝った。また一つ、また一つと、勝利をしていきたい。
 十一時に会社に戻り、仕事を引き継ぐ。

99.11.30
 朝九時まで食事もとらずに仕事に没頭。後輩のI君の顔色悪し。精神的に追い込まれているためだろう。
 帰宅後パンを食べるも気分が悪くなる。そうそうに布団に入る。
 夜九時出社。I君は呆然とした面持ちでひたすら僕に謝ってくる。目標の仕事量をこなせなかったと。そんなもん、オレがいるから心配すんなよ。安心したらいいんだ。そんでまかせとけよ。
 真剣に取り組んでいる人間に、追い打ちなんてかけられるか。
 どんなことしてでも最高の結果を出したるけんな。

つづく

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