苦闘の後半 −20マイル〜ダイヤモンドヘッド〜カピオラニ公園 ―

復路ハイウェイ中間地点、ぴあポイント応援隊に到着。足の疲労がはっきりと出始めた。
右太腿に攣るような感じが現れていた。荒川市民マラソンでは、この状態でペースを落さ
ず、そのまま走りつづけていたら痙攣をおこして完走(最後まで走る)という目標を逃し、
満足のいくレースができなくなった。その教訓?を生かしてペースを落す。6分/1km位。
このペースに落すと攣るような感覚は和らぐが、再びペースを上げると危うくなる。
ポイント応援隊の数十メートル手前から、スプレーをしてくれというゼスチャーをすると
応援隊のスタッフはそれを察し、スプレーの準備をして到着を待ってくれていた。
到着と同時に、スタッフの女性が二人掛りで両足にコールドスプレーを吹きつけてくれる。
スプレーの効き目よりもこの一生懸命な姿に元気付けられた。これは何が何でも完走しな
ければという強い意思を吹きこまれたような気がする。『有難う、何とか行けそうだよ』と
声を掛け再出発しようとすると、『飴、持っていって』と苺ミルクキャンディーを手渡され
た。さあ行くぞ!という気持ちを込めて走り出すものの、気持ちとは裏腹に足は動かない。
それでも気持ちで足を動かす。気持ちと足の運びにかなりの差があったので、相当ペース
ダウンしているのだろうな?と思っていたが、6分/1kmのペースは守れていたようだ。
これまでは気持ちを込めなくても足が勝手に働いてくれた。これからは気持ちで足を動か
さなければ...気持ちさえ折れなければ完走できる。今よりペースダウンしても4時間30
分を切れる。そうこの辺りでは、4時間30分というタイムを意識していた。それは前日の
結団式で、自己申告タイムを4時間40分としていたから...(この自己申告タイムは
チームぴあのテント到着時間なので、4時間30分でゴールして、シャワー浴びてゆっくりと
歩いていたらテントまでは10分かかるだろうという読みから、はじき出したものだった。)

K枝 
その頃私は、ハワイカイを一周するための最後の 
曲がり角あたりを走っていた。角を曲がった瞬間、
視野が広がったと同時に刺すような太陽の光線を
受けた。あらためて、常夏の島でのフルマラソンは、
過酷なんだということを思い知った。気分転換に
視野に入ってきた仮設トイレに立ち寄り、ふたたび 
走り始めた。急に足を止めたせいか、ひざが自分の 
ひざでないような変な感覚がしたけれど、あまり気に 
せず、ゆっくりと少しづつ元のペースに戻るよう、
スピードをあげながら走った。
そして再びハイウエイに...

(→ハワイカイの陽射しを受けて走る姿)

21マイルを過ぎたところで黄色いぴあの帽子を見つけた。復路に入ってから往路を行く
ぴあのメンバーとは数多くすれ違い、時には『ワオー!』、時には『ファイト!』ちょっと
しんどくなってからは『...』(隠れるように)と声を掛け合い、お互いを勇気づけあって
きた。ところが20マイル過ぎで赤い襷をしたメンバー(チームぴあの最後尾)を見てから
ぴあの黄色い帽子を見ることが無くちょっと寂しかったのだが、前方に発見。最後にぴあ
のメンバーを追いぬいたのはハワイカイだったので本当に久しぶり。(そう言えば唯一、
追い抜かれたのもハワイカイだった。)足に相当疲労がきているので、急には差が縮まらな
いが、ようやく追いつた。そして横に並び『きついですねー』と声を掛けると『きついで
すわー!これで最後の坂は大変やナー』と苦笑いしながらおじさんは応えた。苦しいのは
自分だけじゃない。みんな苦しいんだ。でも苦しみながらでもまだ笑える余裕がある。
自分も無理して笑顔を作り、『頑張りましょうね。』と声を掛け先へ行こうとしたが、おじ
さんは着いて来る。そして『寛平さんは、前かな?』と訪ねてきた。『前みたいですよ』
と答え先に行こうとしたが、またしてもおじさんは着いてきた。まずい、ペースメーカー
になっちゃったかな? 以前、走り始めたばかりの頃、キャプテンやヨー娘さんと一緒に
練習をしたことがあった。その時、自分が前を走りキャプテンが後ろについて走ったのだ
が、どうも自分には誰かが後ろについていると過剰に意識してしまい、つぶれるほどに
ペースを上げてしまう癖がある。その時もキャプテンが後ろにいるのを意識してペースを
上げ、それでも余裕でついてくるのでさらにペースを上げ、ヘトヘトになった。
いかん。自分のペースを守らなければ、自分の意識の中からこのおじさんを消そう!と
思い前に集中して走った。しばらくするとおじさんの息遣いが聞こえなくなった。振りかえる
のも何か嫌らしいのでそのまま走りつづける。ん、ひとつ悪魔を振り払えたぞ!と妙に納得
ふと我にかえり、こんなくだらない事を考えられるということは、まだ余裕があるのかな?
と思ったりしていた。コースはハイウェイを降りてカハラの高級住宅街へ...

K枝 
その頃私は、帰りのハイウエイを走り始めていた。 
また長い長いハイウエイだと思い、ブルーになり 
かけていた時、「そこのおねえさん!待ってました! 
がんばれー!」というとても大きな声が。ぴあの 
応援隊が待っていてくれたのだ。ぴあもニクイねー
なんていいタイミングで現れてくれるんだろう。 
そしてふたりの応援隊のおねえさんがわたしの 
左右の足に同時にスプレーをしてくれた。バナナも 
いただいて、食べながら再び走り始めた。 
一本は多かったので半分食べて、隣を並走する 
おばさまへおっそわけ。

(→ハワイカイからハイウェイへ戻る所。 
          余裕なのか? やせ我慢か?)

ハイウェイを降りる少し手前に35km地点があった。通過タイムは手持ち時計(ネット)で
3時間27分くらい。30km〜35kmの区間は6分/1kmをちょっと越えるペースだった。タイム
としては不満はない。残りの7kmをこのままのペースでいけば、4時間9分、グロスでも
4時間15分くらいでゴールできる。このままのペースで行くというのに少し無理はあるが・・・
ハイウェイを降りるところは、応援がすごい。テントを張ってロックを演奏しているバンド
もあった。大きな拍手が途絶えることなく沸いている。まるで自分が来るのを待ち構え
てくれていたかのように(そんな訳は無い)このハイウェイからカハラの高級住宅街へ
入っていく場所は私の一番好きな場所だ。マラソンの壁と言われる35km過ぎにこの大声援。
何よりも有り難い。精神的な支えになってくれる。しかし、肉体のほうはもう限界が近づい
ている。6分/1kmのペースが守れない。カハラの住宅街へ入ると道路の左側に微かな日陰
ができるがそれ以外は強い陽射しに見まわれ、気温がかなり高い。
時間にして午前8時40分頃。これから先、時間が経つにつれてどんどん気温は上がる。
ゴールが遅れれば遅れるほど条件は悪くなるのだ。足が重い。ふくらはぎ、太ももが固ま
ってきているような感じがする。それに暑さのせいか喉が乾くのが早い。給水が持たなく
なってくる。今までは一口飲み、後は口を濯ぐ程度の給水だったが、ハイウェイの後半か
らは、アミノバイタルをコップ1杯分全て飲み干し、水で口を濯ぐ。そのために給水に
要する時間が増える。まだ未熟なので走りながら飲む事ができないので、給水中は歩かざ
るを得ない。給水を終えて、走り出すのが苦痛になってくる。あと約3マイル( 5km )
これが1年間、待ちに待ったホノルルマラソンの試練だ。誰に強制された訳でもない。
自分が走りたくて目標にしてきた大会だ。もう少し、あとひと踏ん張りだ。

K枝
その頃私は、まだハイウエイで、もがいていた。次の給水所を予告する看板だけを探し
ながら走っていた。でも、かなり気温があがってきてしまい、次の給水所にたどりつくまでに
頭がぼーっとしてしまいそうだった。だから、つめたい水をいっぱい含んだスポンジをすぐ
に捨てないことにした。走りながら、ときどき帽子をあげて、直接頭にしぼり自分に刺激を
あたえたかったから。次の給水所の看板が見えてくるとカラカラになったスポンジを捨て、
少しピッチをあげ給水所まで走り、コップ一杯のアミノバイタルを飲みほすまで歩き、
もう一杯の水を足や腕にかけ、再び走ることを繰り返すことにした。

23マイル地点から24マイル地点の間にぴあのメンバーを3名
抜いた。自分のペースが落ちてきていることは確かだが、周り
のペースも落ちている。抜かれる事もあるが、抜く方が多い
感じがする。そして24マイル地点を過ぎたところで、この大会で
2人目のチームぴあのランナーに抜かれた。『もう少し、頑張り
ましょう!!』と声を掛けてもらった。『有難う』と応えるのが精一杯
ついていきたい気持ちはあったが、身体がそれを許してくれな
かった。手で足を触り調子を確めるが、『足:...』反応が無い
心臓はまだ大丈夫。必至に身体中に血液を送ってくれているようだ
ペースは6分30秒〜7分/km近くまで落ち込んで来ている。それでも
一歩、一歩、足を前に出せば、ゴールは必ず近づいてくる。すると
さっき抜かされたぴあのランナーが、道端でストレッチをしている。
『頑張りましょう!』と声を掛けるのも嫌味な感じがしたので、手で
合図して先に行く。意地でも止まるもんか。このままゴールまで走り
つづけてやる。
(→カハラ高級住宅街での力走? 本当に辛そうだ!!)

24マイルのやや手前から、ホノルルマラソン最大の難関、ダイヤモンドヘッドの坂が待ち
受けている。帰りの坂は厳しい。体力的に弱ってきているところに斜度も往きに比べると
急だ。おまけに暑さも加わっている。周りにいる、殆どのランナーは歩いていた。この坂
に限って言えば、この状況では走っても歩いてもそれほど変わらないかもしれない。
それでも走って上る。この1年間に坂を意識した練習をしてきた。暑さ+坂という意味で
は鳥取の梨マラソンのほうがきつかった筈だ。24時間リレーの時も暑さ+坂と闘った。
子供の国でも...荒川マラソン以降、どのレースだって一度も歩かずに走り続けてきた。
今度も同じ。自分にとっては歩かずに走りつづけることに意味がある。ゆっくり、ゆっくり
と坂を登る。さっき抜いたチームぴあのメンバーに抜き返された。また『頑張りましょう』と
声を掛けられた。本当にきつい。気を許すと止まってしまいそうになる。暑さで心臓も
バクバクしている。足元をみつめ、ゆっくりゆっくり前へ進む。あともう少し。坂の頂上付近
がようやく見えてきた。左に見える海は輝いているが景色を楽しむ余裕はなかった。
真っ青な海と雲一つ無い空が、暑さを余計に引きたてていた。見えている頂上になかなか
届かない。右腕にしているビーズのお守りをじっと見つめる。キャプテンの顔が、A子さんの
顔が、ヨー娘さんの顔が、そしてサムズ・アップみんなの顔が思い浮かんだ。それから、
どこかで同じ苦しみを味わっているK枝の姿も...(その時どこに?)

K枝
その時私は、ハイウエイ後半で苦しみを味わっていた。足が重くて、一歩一歩がつらく
なってきた。すこし足の爪にも痛みが。そうして、もうろうと走っている時、去年も見かけた
サンタ姿のお婆さんが今年も同じように沿道で椅子にすわってバイオリンを演奏していた。
ちょうど、通過するとき曲が終わったので、声をふりしぼって「Thank you!」と声をかけたら、
とてもおだやかな笑顔で手を振ってくれた。その笑顔を見たとき一瞬、はっとした。
たぶん今の私の顔は、そうとう厳しい表情をしているんだろうなと。まあ、いい笑顔はゴール
までとっておくことにして、ふたたび前を向いて走りつづけた。そして賑やかな声援が聞こえて
くるハイウエイの出口の坂をおりていった。


ついに上りきった。ダイヤモンドヘッドの坂を上り終えると残り約2km。あとは坂を下り、
カピオラニ公園に入り1kmの直線を残すのみ。これで何とかなる。さっき抜いて行った
ぴあのランナーがまた、立ち止まりストレッチをしている。(この人も忙しい人だな...)
勢いよく走ったり、止まってストレッチしたり。まあ人のことを気にする余裕はないんだ
けど...そしてチームぴあの幟が見えた。最後のポイント応援隊。手を振り大声で呼んで
くれた。『頑張れーー! もう少しだーー! ラストスパート!』 頑張るし、もう少しという
のも分かってる。でもラストスパートはちょっと...それでもここから先は下り。上り坂で
落ちたペースを取り戻すチャンス。下り坂でペースを上げ、残り2kmを12分以内で乗り
きろうと思い、ストップウォッチのボタンを押した。しかし、いつもなら気持ち良く下って
行けるであろう適度な下り坂なのに、ストライドが伸びない。無理して上ったツケがまわって
きたのであろうか? 下り坂ということでかろうじて足は前へ進むが、思ったほどペースは
上がらない。そうこうしているうちに坂を下りきってしまった。今度は平坦な道が上り坂の
ようにきつい。足が前へ出ない。今まで味わった事の無い感触だった。足がまるで棒に
なったようで、関節がうまく動いてくれない。どうしたんだ?動いてくれ! 
もう少しだ、ラストスパートしようよー『足:...』完全に足が別人になってしまった。
痛いとか、ダルイとかそんなのは乗り越えて、ただ動かないと言う感じ。
沿道から『お疲れ様、お帰りなさーい』と声がとぶ。『ラスト1キロー』の声が聞こえる。
見えた!! カピオラニ公園の入り口が、Last1kmの看板が、最後の花道が...
ついにやってきた。


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