君と僕

-イベントの季節2-


 


(かなり難しい……)
 八樹は自分の部屋で反省していた。
 考えてみれば自分はこれまでそういう、友情とか愛情とかがあるんだから、ある程度までは図々しくても大丈夫でしょう系の人付き合いをしたことがない。
 自分からはすべて頭で納得できるような人付き合いしかしてこなかったし、うっかり理性が飛んでしまったつきあい方(恋愛面ではなく)をしてしまったのは梧桐と半屋に対してだけだ。
 半屋にはなんというか色々、理性で押さえきれないことをしてしまっているような気もするが、そういうその場その場で突発的にしてしまうことと、意識的に図々しくなろうというのは全く別の話なのだ。
 かなり難しいかもしれない。八樹は考え込んだ。

 でも街はいやおうなくクリスマスだった。
 街を歩いて大きなツリーやイルミネーションを見ていると『どうしても半屋君とクリスマスをしたい! できれば大晦日も初詣も………あ、七草がゆって食べたことないなぁ』という感情が頭を支配し、その悩みをどこかに消し去ってしまった。



※   ※   ※

 


 色々反省点はあるが、とりあえずどうにか連泊することはできたのだ。なので、次の土曜はもっと大事なことを試してみよう、と八樹は決意した。
 なんにもない平日に、半屋の家に泊まることができるか。これを試しておかなくてはいけない。
 それをしておかなかったせいで、今年の夏休みを棒に振ってしまったのだ。
 夏休みは土曜に会えない原因が八樹の方にあったため、自分からは土曜の代わりに別の日に会おうと言い出すことができなかった(当然半屋の方からは言ってこなかった)。『来週と再来週に用事が入って』と言ったときの反応は『ふぅん』というだけだったのだ。まるで英会話を休むときのような事務っぽさだったのだ。
 
 でももし、ただ会いたいという理由だけで、平日に半屋の家に行くことができるようになったら! 
 それはやっぱり少し図々しすぎる気がするし、実行にはかなりの勇気が必要だ。特に八樹には幼い頃『××くんあそぼー』と人の家に言いに行った経験さえないので、この種の図々しさを出すのは非常に苦手だ。
 でも一度これをクリアすれば、半屋に「恋人なんだから八樹が意味もなく遊びにきても当然」だと思ってもらうことができるかもしれない。



※   ※   ※

 


 何度も言おう言おうと思って、結局口に出来たのは帰る寸前だった。
「半屋君、あのね、あの………今度の水曜なんだけど」
 言いよどんでいる八樹に、半屋はかなり不審そうな顔をしている。
 いつもはここでくじけて終わりになってしまうのだが、今日は違う。だって、今やっておかないとバラ色のイベントの季節に間に合わなくなってしまうのだ。あせりが八樹を強くした。
「今度の水曜なんだけど………俺、ここに来てもいいかな?」
 返事がなくシーンとしてしまった室内。なんかめちゃくちゃ図々しいことを言っているような気がしてきた。やっぱり言うべきではなかったかもしれない。
 半屋は八樹を見ている。理由があるなら聞いてやってもいい、という態度だ。しかしあいにく理由などない。
 半屋はまだ八樹を見ている。
 とっさに八樹は何かもっともらしい言い訳を言おうかどうか迷った。例えば来週は会えないから、かわりに水曜に会いたいとか。
 これができるということがわかるだけでも、夏休みのような事態は回避できることになるんだし。
 無言の時間が長くなると、どんどん事態が重くなる。さらっと流して終わらせるとか、嘘をついてごまかすとか………そういうことができなくなってくる。
「ただ会いたい、ってだけじゃダメ?」
「ハァ?」
 あーあ、こんな風に言いたいわけじゃなかったのにな、と八樹は暗くなりかけた。が、半屋の方は気の抜けた返事を返してきただけだった。どうも何かとんでもないことでも言われるのではと身構えていたようだ。
「会いたいんだ」
「?」
 二年以上つきあっていて、会いたいもなにもないよなーとは自分でも思う。でも、もっと会いたい。いつでも、もっと。
「くだんねぇこと言ってンじゃねーよ、バカ」
 半屋がかなり醒めた目でそう言って、この話は終わりになってしまった。



※   ※   ※

 

 そのまま帰るのはさすがにイヤだったので、口実を作って帰る時間を延ばして、まぁいつも通りの雰囲気ぐらいには戻ったかな、という頃に八樹は帰り支度を始めた。
 すると、
「ホラ」
 半屋が何かをはじいた。
 銀色に光るものが八樹の体にあたって、床に落ちた。
 鍵だった。
「え?」
 八樹はしばらくぼうっと眺めてから、身をかがめてそれを拾った。
「なんか用事あんだろ。先入って待ってろ」
 ―――水曜のことだ。
 本当に単に会いたいだけ(あと平日に理由もなく会うことができるのか、という下心だけ)なのだが、こういう嬉しいことをされると、そんなことは言えなくなってしまう。
「半屋君バイトだっけ? じゃあ先入ってるね。これはそのとき返すから」
 半屋は眉間のしわを深くした。
「てめェ、いちいち返してくんな。うぜェよ」
 八樹はもう一度手の中のものを見つめた。多分これはこのアパートと契約したときに渡された合い鍵なのだろう。金属としての光を失い、白っぽくなっている。
 半屋の部屋の唯一の合い鍵。
「いいの?!」
 半屋はどうでもよさそうな視線を投げてきただけだった。

 

※   ※   ※

 


 我慢することが出来ずに、八樹は帰りの電車の中でもその鍵を取り出して眺めた。
(これって、かなりすごいことだよな)
 いちいち鍵を返す八樹の行動が煩わしかっただけなのだろう。今までそういう機会があっても、ものがものだけに、八樹は借りた瞬間にいつどのように鍵を返すかを宣言していた。
 うざかったからなのだろう。それは理性ではわかっている。でも―――
 あの半屋が他に合い鍵を作っているはずはない。だから、もし半屋が鍵をなくしたりしたら、八樹に借りにきたりするのだ。
 いや、そんな小さなところが大事なのではない。大事なのはこれが『鍵』だということだ。
(これってつまり同棲オッケーってこと?)
 いや違う―――そう理性はつっこんでいる。
 一生はぐくんでいきたい想いだから、ラブラブになるのに十年ぐらいかかるったとしてもしょうがないかな、と思っていたけれど、もしかして気づかないうちにラブラブになっていたのかもしれない。
 八樹と会う機会が少なくて寂しかったりしたのかも。
 だからそれは―――
 理性のつっこみの声もだんだん小さくなってゆく。
(ほら、半屋君照れ屋だし!)
 そうと決まればこれからの季節をスペシャルなものにしよう。
 二人でいちゃいちゃユズ湯に入ったり、イルミネーションを見に行ったり、アメ横に買い出しに行ったり、二人で年越しそば食べたり!
 どうもそういう時の半屋の表情が思いつかないのが気になったが、八樹は幸せだった。絶頂だった。



※   ※   ※

 


 『自分の』鍵で半屋の部屋に入り、しばらく幸せに浸っていると、半屋が帰ってきた。
「半屋君おかえり。お茶でも飲む?」
 半屋は持っていたコンビニの袋をわずかにあげ、中からビールを取り出して八樹に投げた。
「ありがとう」
 半屋もその袋からビールを取り出して飲みだした。
(これ、買ってきてくれたんだよね? ……ってことはホントにラブラブ? 勘違いじゃなくて?!)
 これなら、半屋もラブラブだとわかった今なら、遠慮することなく色々な計画を立てることができる。恋人っぽい相談だってしたっていいんだから。
「半屋君、24日なんだけど……」
「バイト」
(―――そうだったバイトの曜日だ。半屋君ってけっこう生真面目だし。いくらラブラブでも、さぼるのはダメなんだろうな)
「じゃあ25日は?」
「バイト」
「……?」
 聞いてみると、普段バイトは入れていない日もバイト三昧で、シフトさえ夢も希望ももてない真夜中ばかり。
「何かプレゼントでも買うの? お姉さんってまだ…だよね」
「しかたねぇだろ」
 半屋はムッとしながら吐き捨てた。
 半屋も高校を卒業してからは少しは社会性が出てきたのかもしれない。確かにこの時期、悪い時間帯は下っ端に押しつけられても仕方がない。
 しかし半屋は
「つきあってんのがいねぇのはオレだけなんだし」
 と、ごく当たり前の声で続けた。
「え?!」
 半屋は今、なんと言ったのだろう。
「い、いないの?」
「ンだよ。いねぇだろうが」
 半屋はかなり機嫌を損ねている。
 そういえばつきあってくれとか言ったことってないよなぁ、と八樹はため息をついた。
 去年はちゃんとクリスマスも年越しもやったのに。
 まぁミユキによるとあれは半屋ではなかった、ということになるし、確かに半屋の頭の中からも消え失せているようだ。
 ラブラブだと思ったのに。夢のラブラブがやってきたのだと思ったのに。
 でもまぁ少しは、少しは前進している気がする。八樹はポケットの中の鍵を思った。
 それにこの調子だったら、いつも通り土日はバイトを入れずに八樹と会うつもりなのだろう。
 ―――少なくとも冬至はできる。
 あと、とりあえず近い内につきあって欲しいと言ってみよう。
(断られたりして。いや、確実に断られるな)
 それはやっぱりやめといて、こうやって少しずつ前進してゆくしかない。
(あと五年も経てばラブラブに―――…五年じゃ足りないかも)
 八樹は深くため息をついた。

おわり



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