君と僕

-半屋のバレンタイン3-



 「たくみ、あんた誰がいるでしょう」
 家に帰ると、まるでそこが自分の住んでいる家であるかのようにくつろいでいる姉が突然そんなことを言ってきた。
「アァ?」
 なに意味不明なこと言ってんだ?コイツは。
「あんた近頃落ち着いたもんねぇ。で、どんな人?」
 あまりにも意味がわかんないので、少し考えた。
―――コイツまさか、オレが誰かとつきあってるとでも思ってるのか?
 そのとき一瞬、ぬぼーっとしたウスラ馬鹿のことを思い出してしまってぞっとした。
「んなヤツいねぇよ」
「これさ、ケンちゃんに作るチョコレートなんだけどさ、あんたの分も作ってやろうか?」
 きいちゃいねぇ。
「誰がンなもん食うか」
「あんたにあげるなんて一言も言ってないでしょ。その相手にあげろって言ってんだよ」
「アァ?」
 コイツまさか知ってんじゃねぇだろうな。
 そんなことになったら最悪だ。たとえ寝てるだけとはいえ、相手は男だ。
 ―――切るか。
 それが一番いいような気がする。
 気がつけばずるずるとつるんできたが、いい加減潮時だろう。

 これまでも何度か考えたことだったが、なぜか成功したことはない。今度こそはホントに切ろう。
 そう決意してオレは大きく息を吐いた。
「何ため息なんかついてんの。
 そういえばさ、あんた、なんでバレンタインってこんなに流行ったかわかる?」
 オレが黙ってると姉は勝手に話し出した。
「だからさ、好きだとか口に出せない人間がさ、この日チョコレートを使えば言わなくてすむわけじゃない? 
 その後だって言わなくたっていいんだし。
 だからね、あんたがチョコレートをあげなさい。どうせ一回も言ったことないんでしょ」
 相手が男だとバレたわけではなかったようだ。
 一瞬ほっとして、すぐ間違いに気づいた。だからあんなバカとつきあってないんだ、オレは。
「で、チョコいるの?」
「いらねぇよ。つきあってるヤツなんかいねーつってるだろ」
 まだなんか言おうとしている姉を無視してオレは自分の部屋に帰った。
 姉の言葉と八樹の幸せそうな顔が、オレの中のどこかに、ほんの少しだけひっかかっていた。

 

※   ※   ※

 

 そして2月14日。一応一時間目に出る予定だったが、9時過ぎに起きたので適当にテレビなんかを見てから家を出た。

 校門から少し離れたところに、ライトココアを売っている自販機がある。

 これは恐ろしくまずい。鉄の味のする湯を飲んでいるようにしか感じないほどまずい。
 鉄錆だらけのパイプを通った水道水を温めてスカスカした人工甘味料を入れたような味だ。とにかくまずい。
 あまりにまずいから―――これを八樹に飲ませてやってもいい。
 単にまずいから飲ませるだけだ。たぶんあのバカはあまりのまずさにへんてこな顔をするだろう。それが見たいだけ―――ただそれだけだ。

 

 昼休み。こんな真冬によく毎度毎度くるもんだと思うが、相変わらず妙に愉しそうに八樹がやってきた。
 八樹は試合がせまっているというのに左手に包帯を巻いている。練習のしすぎか? 相変わらず加減を無視してるのだろう。
「それどうしたんだよ」
「あ、うん。ちょっとやけどしちゃって」
「バカかてめェは。試合の前だろ」
 このバカは練習中、ランニングの途中だかなんだかに一人でこっちまで走ってくるのだが、その時にでもあのまずいヤツを飲ませよう。まずいし走ってりゃ気持ち悪くなるだろーし、丁度いい。
 そんなことを考えている間に昼休みは過ぎていった。

「半屋君、これ……」
 そろそろ昼休みも終わろうかというころ、八樹はキレイにラッピングされた箱を差し出してきた。
 オレは悪い予感がした。
 この時期に左手のやけど。妙に浮ついたこのラッピング。
「まさかチョコレートだとかいうんじゃねーだろうな」
「う、うん。そうだけど……」
 信じらんねぇ。コイツあきらめやがった。
「あ、これ俺が作ったんだ。半屋君の口に合うかわからないけど」
 信じらんねぇ。あんな欲しそうにしてたクセに。あきらめて自分が傷つかないように先回りしやがった。

 何が手作りだ。ふざけんな。

 オレは八樹の手からその物体を奪い取り、ヤツの足下に投げ捨てた。
 八樹は固まっていたが、そんなのオレのしったこっちゃなかった。

 

※   ※   ※

 

「たくみー、で、あんた八樹君にチョコレートあげたの?」
 ムカついたまま家にもどると諸悪の根元がのうのうとくつろいでいた。
 どうもこのまま夫婦でこっちに引っ越してくるらしい。オレはそんなトコにはいたくないので、絶対家を出ていこうと決めていた。
 ―――まて。今、こいつはなんて言った?
「んだと?」
「この前チョコあげろって言ったじゃん。あんたあげそうな感じだったから、どうしたのかなと思って」
 そうじゃねぇ。その前だ、前。
「ああ、八樹君。カッコいいよねーあの子」
「あ?」
「あんた相変わらずバカだよねー。アタシだって相手が男だって知ってなきゃチョコあげろなんて言わないよ」

「………」
「あんたが変わったのには前から気づいてたんだけどさ、この前見たんだよね。
 あんたがぶすっとして歩いてるから声かけようかと思ったら、なんか背が高いカッコいい子が微妙な距離をとって歩いてんじゃん。
 バレンタインの飾り付け見て幸せそうにしてるし、ああ、これがあんたが変わった原因かと思って」
 姉はなんだか得意げに話し続けている。すぐに黙らせたかったが、体が動かない。
「で、隣にいたケンちゃんに訊いたら体育科の八樹君…だっけ? 前あんたを病院送りにした子だって言うからさ、ああなるほどって思ったんだよね」
「んなんじゃねーよ」
「ワケわかんないこと言ってんじゃないよ。
 アタシとしてはさ、相手が男だろうと女だろうとあんたとつきあって幸せになれるなんて人間がいるなんて思ってなかったからさ、祝福してるわけ」
 そういいながら姉はオレの頭をたたいた。
「違うってんだろ!」
「めったにない貴重品なんだから大事にしなさい。
 しかしあんなカッコいい子がねぇ、何を好きこのんであんたなんかなのかねぇ」
「違うってんだろ、さっさと家帰れ」
「はいはい。
 あ、アタシ来月引っ越してくるからさ、あんた出ていってよ。あの子と同棲でもなんでもしていいからさ」
「てめぇ……」


 こうして半屋のバレンタインは過ぎていった。
 次の年のバレンタイン、半屋は受験をごまかすことに気を取られていてすっかり『つきあってないつもり』だったのを忘れ、八樹にチョコレートをあげてしまった。
 半屋がそれを再び思い出したのはホワイトデーの日、卒業旅行という名の団体旅行に嫌気がさした半屋が部屋で寝ていた時、八樹がすごく嬉しそうにバイトで買ったとかいうプラチナのピアスを出してきたその瞬間だった。
 

 
 

 


ようやく終わりました。もう真夏の真っ盛りです(笑)。

 



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