(またかコイツ―――) 隣を歩いているぬぼーっとでかいバカ男が店先のディスプレイに吸い寄せられるように足を止めた。 どうも無意識らしい―――そのバカは我に返ってこっちに向かって歩いてきた。 今自分が何をしてたのか、気づいてないぞコイツは。 バレンタインのディスプレイを見つけるたびに、ぼーっと立ち止まるような奴の側にはいたくないので、そのたびに離れて歩こうとするのだが――― 「半屋君!」 ―――こうやって呼び戻されるのだ。 コイツは時々こうやって脳ミソあふれてるんじゃないかって時があって、近くによると溢れた脳ミソに汚染されそうで気持ち悪い。 「あのね、半屋君―――」 ついにきたか。どんなとんでもないことを話されるのかとオレは身構えた。 しかし八樹が話し出したのはまったく関係ない、しかもまったく興味のわかない剣道の話で、オレはすっかり拍子抜けした。 どうでもいい話をしながら八樹はまたハートの飾り付けに目をやっている。 口に出して言ってくればさんざんバカにして終わらせることもできるのに、八樹は一人で勝手に想像して、こっちに伝えてこようとすらしない。 てめェの話したいことはそれじゃねぇだろと怒鳴りつけるわけにもいかず、仕方なく適度な距離を保ったまま八樹のくだらない話を聞き続けた。
※ ※ ※
こういうことになった原因はオレの方にあるといえないこともない。 だからなんとなく終わらせることができないまま、ずるずるとこういうことになっているのだ。
半年ぐらい前だったと思う。 オレは八樹の態度がなんとなくおかしいことに気づいた。 その前からおかしいことには気づいていたが、オレは八樹を無視していたから、なにも関係なかった。おかしいのは性格自体じゃなくて―――…こっちが無視してんのに、しつこく話をふってくるその態度だった。 たいていのヤツはそもそも話しかけてこない。 たとえ話しかけてきたとしても、無視すれば勝手に消えていく。 無視しても気づかないバカも中にはいるが、八樹は気づいているはずだった。 だから気づいてないヤツのようにうざいわけではなく、よけいに扱いづらい。
そしてある日、オレはぴんときたのだ。
もともとオレはそういうのには敏感な方だった。 そして―――これがそもそもの大きな間違いだったと今なら断言できるのだが、そのときオレは妙に気分が良かったのだ。 八樹がホモでオレに惚れてる。 オレは八樹に『勝った』ような気がしていたのだ。
「てめぇこの後ヒマか?」 梧桐に押しつけられたくだらない用事が終わった後、オレは初めて八樹に声をかけた。 「え?」 せっかくこっちからふってやってるのに八樹はどんくさかった。 「ヒマかって聞いてんだよ」 「練習だけど…」 バカかこいつは。オレはあきれた。 仏心を出してしまったが、当然二度はない。オレは八樹を無視して帰ろうとした。 すると。 「半屋君はヒマなの?」 「ヒマじゃねぇ」 今更おせーんだよ、もうこっちにはその気はないんだという意図を込めて吐き捨てると、八樹はあっさりそれを無視した。 「でもヒマなんだよね?」 なんなんだこいつは。
その日。つきあってやった喫茶店で、八樹はCDを貸すと言ってきた。 なるほどそうくるのか。まあそこそこの手だよな。八樹に対する優越感に支配されていたオレは、うっかりとあまり興味のわかないそのCDを借りると言ってしまった。
次の日、わざわざ昼休みに八樹はやってきて、勝手に横に座って昼飯を食べていった。 万事そんな調子で、図々しいんだかたるいんだかよくわからないままずるずるとメシを喰ったり物を借りたりだけが続いていく。
オレはホモじゃない。 だから男とつきあうつもりなんて毛頭ないし、八樹とつきあおうなんて気もまるでない。ただちょっとからかって、八樹がスケベ心でも出してきたらバカにしてやろうと思っていただけだ。 しかし八樹にはまるでその気配がなかった。 まさか単に『ともだち』になりたかった、なんてぬるいこと言い出さなねーだろうな、と思いながら表情を探っても、もう何がなんだかよくわからない。
だいたいこっちが誘ってるんだから、さっさと乗ってくりゃあいいだけなのに、なにをそんなにノタノタしなけりゃいけないんだ。
だんだんからかっている気分も薄れてきて、いらついてきた頃、八樹は映画のチケットを持って校舎裏にやってきた。 「これもらったんだけど、半屋君一緒にいかない?」 差し出されたチケットは流行りのアクション映画の物で、どうみても『もらう』ことはできそうにないものだ。 (映画ねぇ…) どうしようもなくぬるい誘いだが、リアクションを起こされたことは確かだ。それに八樹がその後どうでるのか興味があった。
しかも珍しく少しみてもいいかと思っていた映画だったので、オレはそのチケットをうけとった。 映画が終わり、なんだかんだ感想をしゃべっていた八樹が「このへんにおいしいラーメン屋があるんだけどいかない?」と言ってきた。 このあたりにあるうまいラーメン屋といえば、ホテル街のどまんなかにあるアレだ。まぁなかなかうまい誘いといえないこともないが、スマートぶってる分よけいに滑稽だと思った。
八樹は変に構えることも、特にコメントすることもなく、気にもしていない様子で所々にその手のホテルがある道を歩いていった。 このオレがこんなところで『疲れてない? 少し休もうか』などと言われるのかと思うとかなりいやなものがあったが、その間抜けさを笑ってやろうと思ってるんだから、そこは我慢しなくてはいけない。
しかしかなりうまいラーメンを食べて、またホテル街を通ってもなにも起こらず、気がついたら駅についてしまっていた。
「てめぇなんのつもりだ?」 オレのいらだちは頂点に達していた。 「え? 帰るんだけど。もしどっかいきたいトコあるならつきあうよ」 だからなんなんだこいつは。もてそうなツラしてカマトトみたいな野郎だ。 「してぇのかしたくねぇのかはっきりしろ」 「え?」 オレが怒鳴ると八樹は一瞬顔を赤くした。 「…気づいてたんだ」 気づいてるも気づいてないもないだろうと思う。 「もしかしたらそうかもな、とは思ってたんだけどそんな都合のいいことなんてないと思ってた。ありがとう半屋君、すごくうれしい」 そういうと八樹はさわやかな笑顔を残して改札口に消えていった。 まて、オレはなにか礼を言われるようなことを言ったか? オレは八樹が消えた改札口を呆然と見つめていた。
つづく
ラブラブです(笑)
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